14話 報告
辺りには、焼けた土と肉の混じった臭いが漂っている。日の暮れた薄暗さの中、熱せられていた土が少しずつ冷やされて湯気が立っている。
「……本当にやるとはね」
俺達しかいない外壁の上で風に吹かれながら、オルタが感心しているような、呆れたような声で言う。
「ああ。自分でもあんまり実感はないけど……町まで攻められなくてよかった」
1名、犠牲者は出てしまったが。オルタによれば、オークキングが指揮した群れが攻めてきて、犠牲者が1人で抑えられたというのは奇跡的らしい。それも、有力な冒険者がいないところでこれなのだからひとしおだ。
「まぁ、これから厄介なことが待ってはいるんだけどねぇ……」
「え、そうなのか」
厄介なこと……町が救われたのだからそれでいいじゃないかとは思うのだが、どうやらそうもいかないらしい。
今回のような大規模の襲撃があった場合などは、冒険者ギルドが中心となってその対処に当たるのが常である。冒険者ギルドは、冒険者に対して依頼の斡旋や素材の買い取り、また依頼の仲介などを行うが、それ以外にも冒険者にまつわることは大体ここが管理している。
今回の騒動も真相を知っているのは八千代達の3人だけとなるため、冒険者ギルドに報告する必要があるらしい。しかし、そこで問題となるのが……、
「あんたが迷い人だってことなんだよなぁ……」
「俺が迷い人だと、なんで問題なんだ?」
「身分証になるものがないからね……」
この世界でも身分証は重要らしい。冒険者ならばギルドから冒険者証というものが配布され、それが身分証代わりになるのだとか。
「じゃあ、登録すればいいんじゃないのか?」
「その後で未登録の冒険者が魔法の一撃でオークの軍隊を沈めたって報告するのかい?」
「だめなのか?」
長いため息をつかれてしまった。……むう、だめなのか。
「ただでさえ加護持ちの迷い人だってことで大騒ぎになるだろうに、そんなことをしたら国の兵器にでもされるんじゃないかね」
「国の兵器……」
それは嫌だな。なんだか自由もなくひたすら命令された挙句国によって消されそうだ。
「でも、そしたらどうするんだ?結局報告はしなくちゃいけないんだろ?」
「そうだね……」
しばらく考えるオルタ。目を瞑り、悩ましげな表情を見せている。
「……私がやったことにしてもいいかね」
おもむろにそう口にする。やったことというのは俺の放った爆嵐だろう。
「……手柄?」
珍しく口を挟んだヴェルゼが言葉少なく問う。俺の不利益になることには敏感なのだろうか……。
「いやいや、そんなこと考えちゃいないよ。ヤチヨのやったあれは異常なレベルだ。少なくとも名の知れていない冒険者にはできないことだろう。……もちろん冒険者じゃない人間にもね」
言いたいことはわかる。オルタは結構力のある魔術師らしいし、そのオルタがやったことにすればそこまで波風立たないのではないかということだろう。それを聞いてヴェルゼはいつもの無表情でおとなしくしている。
「それに、私はこの町のギルドには少しコネがあってね。多少のことは多めに見てくれるはずさ。ヤチヨのことは上の人たちにゃしばらく隠しておこうかと思ってるんだが……どうする?」
俺はこの世界に来てまだ日が浅く、常識と言われることもほとんどわからない。何故か言語は通じているようだが、文字は完全に読めないし書けないだろう。オルタの部屋に置いてあった本も、タイトルすら読み取ることができなかった。
それらを考慮して、オルタは俺がある程度の知識をつけるまで匿ってくれると言っているのだ。元よりこちらについての知識はオルタから教わる予定だったし、ここで暮らすことになるのだろうことは予想していた。オルタの案に乗ったところで、変わるのは冒険者登録が少し先になる程度だろう。
「わかった。オルタに任せるよ」
「あいよ。じゃあ、何とかしてこようかね……」
町のほうを見下ろせば、急な爆風と火柱によって何事かと騒いでいた人たちが、監視塔からオークの殲滅を聞いたのだろう、にわかに騒がしくなり始めていた。
「いろいろ面倒が起こる前にあんたらは家に戻っておきな。私はいつ戻るかわからないから、買ってあるの食料を適当に食べて寛いでてくれ」
明日までかかることはないだろうとのことだ。俺はオルタに礼を言って階段を降りようとするが、ヴェルゼに引き止められた。
「ヤチヨ」
何やら俺の顔を指さしている。……あ。
魔法を撃つ際に鼻血を出していたんだった。もう血は止まっているが、流れた跡が固まっている。
ぐしぐしと袖で拭いつつ階段を降りて、オルタの隠れ家に向かう。家の場所は一応覚えているからなんとかなるはずだ。
歩いてしばらくすると、槍の青年に話しかけられた。
「あ、見てやしたよさっきの! すごかったっすね!」
見ていたと言われて、ギクッとする。まさか俺が魔法を撃つところを見られていたんじゃないだろうな……。
「すごい魔法やしたけど、あんさんがやったので?」
どうやら誰が撃ったのかまでは見えていなかったようだ。悟られないように胸を撫で下ろしつつ答える。
「俺達の出る幕はなかったよ。全部オルタがやってくれた」
「流石姐さん! またこの町を救ってくれたんすね!」
興奮して叫ぶ青年。なんだなんだと人々の注目が集まり始める。……このままだと面倒なことになりそうだ
「俺達はこれから用事があるから、またな」
「あ、そうでやしたか。引き止めてすいやせん」
後ろ手に手を振りつつ、さっさとこの場を離れる。俺の腕を取りつつ、ヴェルゼが付いてくる。
「さっきはいろいろとありがとうな。お陰で町に被害が出なくて済んだよ。……犠牲者は出ちまったけどな」
「いい。私とヤチヨは二人でひとつ。気にしないで」
ヴェルゼが声をかけてくれなければどうなっていたのだろうか。あの時ヴェルゼは焦っていたようだし、少し気になるな。
「なあ、あのまま俺が暴発させてたら、どうなってたんだ?」
「ヤチヨの魔法耐性は現在世界有数」
……どこかで似たようなフレーズを聞いた気がする。
「故に、魔法の制御不能による自傷ダメージは一般人のそれに比べて皆無と言って良いレベル」
それでも鼻血が出る程度にはダメージを受けていたということだろうか?
「間違ってはいない。規格外の魔力量を凝縮したために、魔力回路が焼き切れかけていた。下手をすれば脳が焼けて死ぬことになっていたはず」
頭の奥が熱かったのはそういうことらしい。結構やばかったんだな。
「俺が死にそうだったから慌てていたのか? 死んでも俺は再生するんだし、そこまで慌てるようなことだったのか?」
自分で言って背筋が凍る。死ぬことを前提として動くなんて、生物として間違っているだろう。この考えは持ってはいけない。いつか失ってはいけない何かを失ってしまうような気がする……。
頭をぶんぶんと振って考えを打ち消そうとしていると、ヴェルゼがとんでもないことを口にした。
「ヤチヨが死ぬのは好ましくない。しかしあの場合、それよりも町へのダメージが心配だった」
町へのダメージ?と俺がオウム返しに言うと、頷いてヴェルゼが返す。
「あのままヤチヨの凝縮した魔力が暴発すれば、今頃この町の周囲一帯にはヤチヨを中心としたクレーターができていた」
想像もできない光景に、呆けてしまう。するとヴェルゼは更に続ける。
「ヤチヨが消えなければそれでいいけれど、ヤチヨが町のことを心配していた。だから私も町を守らないといけないと思った」
あくまで俺の意思を尊重した上での選択らしい。ヴェルゼとしては俺がいればいいんだってさ。猟奇的というか、一途というか……。喜んでいいのかもわからない。
「まぁ、お陰で助かった。ありがとな」
腕にしがみつくようにしているヴェルゼの頭を撫でてやる。気持ちよさそうに目を細めるヴェルゼを見ていると、こちらも和やかな気持ちになってくる。
「とりあえず腹も減ったし、帰ったら落ち着いてオルタの買った食料食うか。あ、ヴェルゼはいらないのか」
言ってからヴェルゼに食事が必要ないことを思い出す。するとヴェルゼはふるふると首を振る。一緒に食べたいのだろうか。
「もうすぐ契約が切れる。……ついたらすぐに更新」
――どうやら俺が落ち着けるのはもう少し先になるようだった。
じわじわとPV、ブックマークが増えているようです。ありがとうございます。




