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13話 業火

 日は既に暮れて辺りは薄暗くなっている。急襲を避けるためにライトの魔法が使われ、戦場全体を辛うじて照らしている。何かの舞台みたいだな、と場違いに八千代は思った。


 そんな八千代の考えを散らすように、オルタが口を開く。


「じゃあ、でかいの一発お見舞いするからね」


 ヴェルゼを召喚した時にも見たような、仄かに青い光がオルタの手に集まる。両手を前に突き出し、掌をオークの群れに向けつつも、額に玉のような汗を浮かべてうっすらと笑う。


(こりゃあ本格的に厳しいかもしれないね……)


 元より足りないであろうと思っていた魔力だが、オルタの目算よりもその量が少なかったらしい。2発は撃てると思っていた火魔法も、1発撃ったらその次はきつそうだ。


 故に、この一度に全てをかけるように魔力を練り上げていく。発動するのは火の上級範囲魔法、爆嵐フレアストームだ。


 少ない魔力で強力な魔法を放つには、緻密に組まれた高度な術式が必要だとされる。オルタは熟練の魔術師と言って差し支えないが、あくまでメインは死霊術だ。火魔法の高等術式など扱えるはずもなかった。


 それでもオルタが火魔法を撃とうとしているのは、死霊術が攻撃に向かないものであるためだ。基本的に死霊術はゴースト――この世界に彷徨える魂――を喚び出したり、それを物質に憑依させたりすることに長ける。死者の肉体にゴーストを憑依させれば、まさにネクロマンサーという名に相応しい様相となるだろう。尤も、オルタは死霊の召喚に重点を置いていたために、実態は召喚士サモナーに近いのであったが。


 オルタの練り上げた魔力は掌で渦巻き、その濃度を上げていく。目に見えてその大きさが小さくなればなるほどその魔力は凝縮され、強力なものとなっていく。こぶし大だった魔力の渦は、現在小石程度まで小さくなっていた。


 ある程度力のある魔術師は、このように自分の魔力を集め、凝縮することでその威力を増すという芸当ができるようになる。それでもその凝縮率は人それぞれだが、オルタは魔力の操作に長けていた。


 極限まで圧縮された魔力は、今にその力を解放せんと荒れ狂う。己の持てる全てをもってそれを制御するオルタは、魔法発動のための最後の鍵である魔法名を絞りだすように呟く。


「爆嵐……っ!」


 形を与えられた魔力は、その命令に従って姿を変える。炎の嵐とも言うべきそれは、全てを蒸発させるかのような熱量を伴ってオークの群れの前に現れ、先頭にいたオークを端から端までを飲み込んだ。


「すごい威力だ……!」

「これならオークだって余裕で蹴散らせるぞ!」


 その魔法を見ていた近くの魔術師達が言う。彼の言うとおり、オルタの放った魔術はオークを絶命させるのに全く不足はなく、今の一撃で先頭にいたオーク――全体の2割程だろうか――を葬り去っていた。


 しかし、残り8割。オルタにはもう魔法を放つ魔力は残っていなかった。


「……無理だ。悔しいが、私の魔力は今ので尽きた」


「そんな……!」


 魔術師の表情が絶望に変わる。自分たちでは手も足も出ないような相手を一撃で2割沈められる援護が来たと思えば、それは一度限りだったのだ。門まで到達され、町に侵入を許してしまった後のことを考えれば無理もない。


「あ、あぁ……。お終いだ……。皆殺され――」


 その魔術師の言葉が最後まで紡がれることはなかった。


 ドサッという音と共に倒れた魔術師を見て、他の魔術師達が錯乱状態に陥る。

 倒れた魔術師の喉には、オークの放った矢が生えていた。


「ひっ!? に、逃げなきゃ……!」


 我先にと逃げ出す魔術師達。城壁から降りるための階段を駆け下りようとし、転んだ者が踏まれ、悲痛な叫びを上げている。


 どうやらオルタの火魔法でも進軍のペースは落ちず、仲間だったオークの死体を踏み越えて弓の射程内に入ったらしい。

 本来、オークが弓を持つことは少ない。細かい作業が苦手であるために、うまく弓を扱うことができないのだ。それでも今回弓が使われているのは、恐らくオークキングの指示によるものだろうとオルタは考える。


「全く、これだから大した腕もない奴らは……」


 そう言いながらしゃがみ込み、息を整えるオルタ。先の魔法によって相当な消耗があるらしい。


「で、あんたはどうにかできそうなのかい?ヤチヨ」


 この場に残ったのはオルタとヤチヨ、それにヴェルゼだけだ。それ以外の魔術師たちは皆が這々の体で逃げ、階段で転んだものもよろよろと立ち上がり、降りていったようだ。


「ヴェルゼには、オルタの魔力を見ていろと言われた」


 オルタの問いに答える八千代。

 ヴェルゼに視線を移すと、こくり、と毎度のように頷く。


「魔力放出のきっかけは私が与える。ヤチヨはさっきの魔法を真似して撃てばいい」


 さも簡単そうに言ってのけるヴェルゼ。それを聞いて半目になったのはオルタだ。


「……それで魔法が撃てりゃ、誰も苦労しないよ」


 当然である。魔術というのはそう容易いものではなく、日々の鍛錬が物を言うような世界なのだ。


「できる。私とヤチヨなら、確実」


 どんな根拠なのかはわからないが、ヴェルゼは自信満々である。


「じゃあ見せておくれ。あんたらの力ってやつをさ」


 オルタは心底疲れたように、半ば投げやりに言う。信じきれていないのだろうことが、八千代にも簡単に察せられた。


「だってさ。一発やってみっか」


 八千代が言うと、ヴェルゼは頷き八千代の右腕を自らの両手で包むように掴む。


「今からヤチヨの魔力の一部を強制的に引き出す。それを感じたらヤチヨは先の魔術のように掌にそれを集中して欲しい」


 ヴェルゼの言いたいことはこうだ。

 魔力というのは体の中にプールのように溜まっており、魔法を発動する際にはそこから水道管――本来は魔力回路というらしい――を通るように魔力を引き、出てきた魔力を用いて魔法発動の種を作る。そこに魔法名という変質のきっかけを与えることで、魔法にする。

 ヤチヨは魔力をまだうまく扱えないため、体内の魔力を引き出し、種を作るところを手伝うと言っているのである。


 ちなみに、魔法発動のプロセスについてはオルタが隠れ家に慌てて帰ってくるまでの間に話を聞いていた。興味本位で聞いた魔法についての話が、こんなところで役に立つとはな。


「わかった。初めてでどうなるかわからんが、どうにかしないといけないもんな」


「私が付いている」


 なんとも頼もしい言葉を頂いたところで、ヴェルゼの手が淡く光る。ヴェルゼの瞳と同じ群青色の光が俺の体を包み、浸透してくるような感覚を受ける。


「引き出す。コントロールして」


 という言葉と同時に、オルタを真似て突き出した俺の手から今まで感じたことのない力を感じる。体の中心から伸びているようなそれはどんどん大きくなり、水を出しすぎたホースのように暴れようとする。

 周囲にも影響を与えているのか、召喚の時にも起きたような強い風が辺りに吹き荒れる。


「っおい! これ、どうすりゃいいんだ……!」


 必死に抑えようとするが、全く効果が現れない。むしろ体からさらに引き出して暴れようとしているのがわかる。


「落ち着いて。魔力に一定の流れをつくる。押さえつけるのではなく、循環させる」


「流れ……」


 言われて、魔力に一定の指向性を持たせようとする。循環、回転、ループ……。


「お、お……?」


 僅かに魔力が渦巻き始めた……と思ったら、みるみるうち流れができ、暴れる感覚がなくなった。


「流石ヤチヨ。すぐにできると思っていた」


 どうやら合格らしい。これをあとは凝縮すればいいのか……?と考えると、その通りに魔力が凝縮を始める。


「ヤ、ヤチヨ?」


「おいおい……!」


 何やらヴェルゼが困惑している。やや焦るようなオルタの声も聞こえた気がした。もしかして、凝縮って必要なかったのか……?


 考える間もなく魔力が更に凝縮され、濃くなっていく。頭の奥が熱くなっていき、それに伴ってバヂ、バヂヂ……と、腕に閃光が走り始める。なんだか綺麗だなぁなどと八千代が軽く思っていると、突き出している腕の上に何かが落ちた。


 それは、八千代の鼻から垂れる鮮紅色の血であった。


「……いけない。これ以上は魔力回路が焼き切れる」


 厨ニ心をくすぐるフレーズだ。しかし頭の奥が熱い。考えがまとまらない――。


「ヤチヨ!」


 ヴェルゼの声に、ふっと我に返る。こちらを見るヴェルゼの表情は、珍しく焦りの色を見せている。


「ああ、すまん。少しボーっとしてた。これ、どうすればいいんだ?」


 俺が答えると、ヴェルゼは安心したように表情を戻し、冷静に伝える。


「魔法を放つ。先のものと同じでいい」


「……わかった。やってみる」


 バチバチと閃光は未だに爆ぜているし鼻血も止まっていないようだが、意図的にそれを無視して魔法名を口にする。


「フレア、……ストームッ!!!」


 ヤチヨによって形を与えられた魔力が、凝縮を止めて姿を変容させる。


 オーク達はただならぬ魔法の気配に一様に動きを止め、こちらを睥睨している。一際大きなオークが、隊列のやや後ろに見える。あれがオークキングだろうか。


 などと八千代が考えていた次の瞬間、地獄の業火とでも言わんばかりの熱量がオークの群れ全体を包みこんだ。


 咄嗟にヴェルゼを抱え込み、外壁の陰に伏せる。空には高く、そして幅広く火柱が上がり、あまりの熱によって肌が焼けるような錯覚を覚える。いや、実際に焼けているかもしれない。


 ヴェルゼを更にきつく抱きかかえ、業火が収まるのを待つ。


 しばらくすると、抱きかかえていたヴェルゼがもぞもぞと動き出した。


「……痛い」


「あ、すまん」


 きつくしすぎたようだ。必死だったのでつい力が入ってしまった。辺りを見渡すとすでに炎は収まっており、焼けて露出した地面が赤く照っている以外には、何も残っていないのだった。あまりの惨状に八千代は自分のやったことではないかのように口にする。


「やった、みたいだな……」


 そう言うと、ヴェルゼはいつも通り、しかしどこか満足げに頷くのだった。

日が暮れているのに飛んで行く矢や遠くのオークが見えているのに気づき、慌てて戦場を照らしている描写を入れました……。

やはり計画的に進めないと、後でものすごいミスをやからしそうです。

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