???①
八階建ての某マンション。
入り口にはオートロックや監視カメラ、一階部分の塀やエントランス内、各共用部にもカメラや警報機が取り付けられており、警備という面ではこれ以上ないぐらい厳重であった。
そもそも、犯罪件数が世界的に見れば少ない日本。
標準的に見れば、このマンションは警備に重きを置いているのだと窺える。
「すみません、宅配便でーす」
『はーい』
深く帽子を被った宅配業者。
オートロック前からインターホンを鳴らし、ゆっくりと分厚い自動ドアが開いていく。
宅配ボックスには収まりきらないほどの大きなダンボール。
ゆっくりと、視線を動かしてエレベーター先を探し、男はそのままボタンを押す。
少ししてやって来たエレベーターに乗り込み、再び『8』のボタンを押した。
「………………」
どこにでもある、ありふれた光景。
ただただ、配達先に荷物を持っていくだけのありふれたこと。
エレベーターのモニターがやがて『8』を示し、宅配業者の男はドアが開くと同時に降り───
「上がる階、間違えてますよ」
と、その時。
降り立った正面にマスクを着けた一人の少年が姿を見せた。
(……なんだ?)
自分に言っているのだろうか? そんな疑問が湧き上がる。
しかし、男は気にせず笑みだけ浮かべて口を開いた。
「ううん、間違えてないよ。ほら、伝票には『808』と書いてあるだろう? まぁ、流石に個人情報だから名前までは見せられな───」
「オートロックで呼び出していた人が『602』の人なのに、ですか?」
男の眉が潜まれる。
確かに、八階に上がってきたのであれば、配達先は八階の誰か。六階の人とやり取りしてオートロックを開けてもらったのであれば、六階へと足を運ぶのが普通のはず。
少年が「間違えている」と口にするのはおかしくない話。
おかしいのは───
(どうしてこいつは、俺が『602』と話していると分かったんだ……?)
ここにいるのであれば、後ろで覗いていた……なんてことはあり得ないのに。
「っつたく……平和な日本なはずだろ。大方、六階に住んでる人間がグルか買収したか。いずれにせよ、この段階で俺が知ってるって時点で察しろウスノロ」
「ッ!?」
男の心臓が跳ね上がる。
敬語をやめられたからでも、暴言を吐かれたことに驚いたわけではなく。
───何故、分かった?
分かるはずなんてないのに。
そんな疑問が、男の頭の中を埋め尽くす。
もしかして、《《そっち側の人間か》》? なんて酷い想定まで考え始める。
「しっかし、堂々と『808』とか書きやがって……《《お嬢様は本当に人気なようで》》。噂通り、ダイアの価値は俺が思っている以上に高かったみたいだ」
ただ、そんな同様など感じさせず、男は動き出した。
反射的にダンボールを落とし懐からナイフを取り出して少年に駆け出す姿は《《まるで手慣れているように俊敏で》》。
一瞬にして詰まった互いの距離。男の腕が少年の喉元へと突き立てられる。
しかし、寸前で。
少年は手首を叩き、そのまま男の鳩尾へと拳を叩き込んだ。
「ばッ!?」
「かてぇ……腹になんか仕込んでんな?」
腹部に想定以上の痛みが走る。
だからこそ、男は驚きを隠さずにはいられなかった。
「な、ぜ……鉄板を仕込んだチョッキの上で、ここまで……ッ!」
「知るか、安物頼んだからそうなってんじゃねぇのか? 次からはもっとお高いのでも頼んどけ、高いには高いなりの理由があるから」
「〜〜〜〜〜ッ!?」
男の額に青筋が浮かぶ。
ナイフを握り直し、一度、二度、三度もナイフを容赦なく振るう。
しかし、そのすべてが綺麗に少年の手で捌かれ、代わりに五度も男の腹部や足に蹴りと拳が突き刺さる。
(何故、ナイフを持っている俺相手にここまでやれる!?)
刃物と素手。
どちらが不利で、どちらが有利など言わずとも分かる。
少しでも触れれば、肌は裂ける。まともに喰らえば、致命傷を受ける。拳よりも固く、拳よりも簡単に致命傷になり得る武器。
いくら格闘術に長けている人だろうが、《《訓練を詰んだボディーガード》》だろうが、その不利を咄嗟に与えられて怯まない人などいない。
(しかも、相手は高校生ぐらいのガキだぞ!? どうなってる!?)
おかしい、あり得ない。
見た目は子供で、自分よりも平和な世界で生きている相手のはずなのに。
もしナイフ相手に戦える人がいるとすれば、相手がナイフを持っているのだと理解しているか。もしくは、《《ナイフなど当たり前の世界で生きていた》》人間ぐらいのはずなのに───
「ふざけ……貴様、何者……ッ!?」
今度こそ、弾かれるまいと。
両手で握り締め、胸部左側目掛けて突き立てる。
だが、至近距離にもかかわらず。少年は身を捻ることで避け───
「傭兵だ、元だけどな」
そのまま、捻った勢いを利用して。
ごッッッッッッッ!!! と。男の顔に鈍い音と同時に蹴りが叩き込まれた。
あまりにも重たすぎる一撃。
男の体がその場に崩れ落ち、意識を失ったのか動く様子を見せない。
その姿を一瞥した少年は。
まるで文句でも言おうとせん顔でスマホを取り出し、少しばかり画面を操作して耳へ当てた───
「もしもし……あの、ここって平和な日本でしょ? 早速宝石盗もうとした鼠を捕まえたんですけど、今度からその売り文句変えません? これから訪れる観光客驚いちゃうと思いま…………あー、とりあえず明日も朝早いんで、急ぎめに回収だけお願いします。ついでに、六階の人間も」
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