一緒に登校?
家の玄関を開くと、同時に隣の部屋から玄関を開ける音が聞こえた。
「あら、奇遇ですね時森さん」
……まぁ、隣が開いたならそうなるわけで。
お隣に、変わらず淑やかな笑みを浮かべるお嬢様がいらっしゃった。
「お、おはようございます……」
「はい、おはようございます♪」
なんだろう、朝から美少女の笑みが眩しい。
日本の陽射しがキツいからだろうか? もしかしなくても、朝一でこの笑顔を見られた俺は幸せ者なのかもしれない。
(……しかし、どうするべきか)
西条院柊夜とはあまり関わりたくない。
というのも、あのバスジャックの一件で居合わせた女の子だからだ。
平穏な学生生活を謳歌するため、「バスジャック犯を捕まえた少年!」というレッテルは非常に邪魔になる。
けれど、すでにお隣さんは確定。そして、こうして鉢合わせてしまったのであれば───
「おっと、バスの時間が! これは早く向かわなければ!」
「時森さん、ここからならバス通学ではなく徒歩通学だと思います」
「いや、バスに乗った方がはや───」
「最寄りのバス亭から向かうバスは逆方面です」
……………………。
「そうです、せっかくなら一緒に学校まで行きませんか?」
……こういうことを言われそうだから一人で行こうとしたのに。
「………………」
「あの、嫌……でしたか?」
「イカセテイタダキマス」
ここで断るのはかなりおかしな話。
向かう場所が同じで、こうして一緒のタイミングで鉢合わせているのであれば、ごく自然な流れ。
もし予定もないのに断ろうものなら大々的に「あなたを避けてます」と言っているようなもの。
そうなれば、余計にやましいことがあるのではと疑われてしまう恐れがある。
それに、上目遣いで不安そうな顔されて断れる人なんていない。男の子だもの。
「ふふっ、嬉しいです。では、早速向かいましょうか♪」
上機嫌な様子で、《《俺の手を掴んで》》エレベーターへ向かう西条院。
……逃げやしないので、是非とも手を話してほしいものだ。
(にしても……柔らかいな)
手に伝わってくる、柔らかな感触。
たとえ女性であっても、今まで出会ってきた女性の手にはナイフや銃を使っていた形跡が残っており、手の皮も固くなっていた。
(うーむ)
……本来、女性というのはこうなのかもしれない。
平和な環境で生きていれば、こんな柔らかな───
「……あの、時森さん」
エレベーター前で足を止めた西条院が、不意に振り返ってくる。
どうしたというのだろうか? 先程とは違い、薄らと頬が染まっている。
「そんなに手をむにむにされると……その、くすぐったいですし、恥ずかしいのですが……」
なるほど。
「気にしないでくれ、女性の手を味わっているだけだ」
「とても手を離したくなる変態ですね」
ここ最近、変態なレッテルを貼られることが多くて悲しくなってくる。
「嫌なら離すが……」
「いえ、嫌というわけではないのですが……なるほど、これが異性と手を握るということなんですね」
「ん? 繋いだことないのか?」
エレベーターが到着し、中へ入ると同時にボタンを押す。
「……私、異性とお付き合いしたことがありませんから」
「ふぅーん……モテそうなのにな」
「モテるからといって、お付き合いするかどうかは別問題ですよ。私だって、出された料理全部を食べろって言われない限り好きな物だけを食べたい女の子ですので。手を繋ぐなんて、私的に余計にアウトです」
「じゃあ、なんで俺は……」
チーン、と。
エレベーターが到着する音が響き、二人同時にエレベーターを出る。
すると、西条院が俺の顔を見ず───
「もう逃がさないため、ですかね」
「……………………」
なんだろう、そこはかとなく反応に困る発言だ。
こう、《《まるで俺のことを知っているかのような》》……。
(声で察せられたのか? いや、でも一ヶ月も前のことだし、大して会話も交わしていない相手の声を覚えるなんて……)
うん、あり得ないだろう。気のせいに違いない。
だったら余計にどういう意味で言ったのか気になるが、とりあえずは気にしないようにしよう。
そう思い、エントランスを抜けると───目の前に、一台の黒い車が停まっていた。
しかも、その前にはスーツを着た大柄の男が立っており。
「お待ちしておりました、お嬢様」
……流石はお嬢様。
まさか、送迎が存在するとは。
(ただ、これはチャンスだぞ……)
送迎があるのであれば、俺が一緒にいる必要はない。
だからこそ「あー、流石に俺が乗るわけにもいかないですもんね歩いていきますねー」という言い訳が効く状況。
特に《《護衛の人間がいるのであれば》》なおさらだ。
「あー、流石に俺が乗るわけにもいかないですもんね歩いて───」
「今日は歩いて行きますので結構です」
……Oh。
「お嬢様、何を言い出されるのですか!? いくら近い距離とはいえ、お嬢様を歩かせるわけには! それに、私が傍におらねばお嬢様の身にもしものことがあれば……ッ!」
「そうだぞ西条院! 大人しく車に乗って送ってもらった方が西条院のためだ!」
「何故時森さんまでそちらの味方をするんですか」
だって、一緒にいたくないし。
「私はこちらの時森さんと一緒に行きますので大丈夫です。いいではありませんか、学生らしく友人と一緒に登校するぐらい」
「でしたら、そちらの方も一緒に───」
「少しでも長い間お話したいんです。車だと早く着いてしまいます」
いいじゃないか、早く着いても。
転校ワード以外に、会話のレパートリーが多いわけじゃないし。
(……まぁ、順当に考えればバスジャックの時の人間だと疑っていて、探りを入れたいからなんだろうけど)
だとしたら、余計に一緒にいたくない。
なんとしてでも、ここは車に乗らせるよう誘導しなければ。
「西条院、あんまり我儘を言うんじゃない。こういう時、大人の発言は───」
「時森さん、うるさい」
うるさい。
「……お嬢様。学生ですし、気になっている男性と一緒にいたい気持ちは分かりますが」
「き、気にっ……!? ち、違いますから! 私は単に気になることが……い、いえっ、気になっていないわけでもないのですが、そもそもお隣さんだったという話なのでとても自然な───」
「お嬢様は御身が狙われやすい立場にいらっしゃいます。《《先日の一件》》のこともあったからこそ、一ヶ月本家で過ごされたのをお忘れですか?」
「……ッ!」
男の言葉に、西条院は押し黙る。
(……なるほど、一ヶ月もいなかったのはそういうことか)
恐らく、この家は学校に通うために借りていて、本当の自宅は別にある。
西条院グループのご令嬢が住むぐらいだ、きっとここ以上に警備が手厚いのだろう。
バスジャックの一件も、俺は知らないがもしかしたら西条院の身柄ほしさの犯行だったのかもしれない。
であれば、命の危険に晒されたことで手厚い警備のある自宅へ一時的に様子を窺うため住むことになった。
(んで、色々落ち着いたと判断したから戻ってきた……)
順当に考えれば、こんなところだろう。
だったら、余計にも護衛の言っていることは理解できる。
だったら、私情とか関係なく西条院の安全ためにもここは送ってもらった方がいいだろう。
「なぁ、西条院。なんだったら俺も乗るし、ここは大人しく───」
「(……時森さんがいます)」
「ん?」
俺が説得しようとしていると、不意に西条院が呟き始める。
そして───
「時森さんがいらっしゃれば、なんの問題もございません……何せ、彼は《《うちのボディーガードよりも優秀》》ですから」
何を言い出すんだこの子は? と、思わざるを得なかったのであった。




