相応しいのは
「うわぁー、見るからに面倒臭い展開じゃないですかー」
《《マンションの七階》》。
廊下にある塀に腕を置き、ケラケラと双眼鏡片手に笑う女の子。
艶やかな茶色のセミロング。ひと房の三つ編みが愛らしさを一層に強調しており、整った顔立ちを相まって自然と目を惹き寄せられる。
一方、その横では整った顔付きでありながらも目つきの鋭い青年が少女と同じ方へ視線を向けていた。
「熊谷悟。西条院グループのボディーガード隊に四年前に所属。お嬢様の専属になってからは一年……特技は格闘。持ち前の体格を持って相手を制圧するのを基本ベースとする。融通が利かず、それ故に真面目。人一倍、この仕事に誇りを持っている」
「うげぇー、要するに堅物に変なプライドが宿ってるパターンでしょ? そういうの、女の子に嫌われるジャンル上位枠ですよ」
本当に嫌いなのか、舌を出して嫌いな食べ物を差し出されたかのように顔を顰める少女。
しかし、青年は気にせず視線をエントランス前へと向ける。
「様子を見る限り、どうやら今からの護衛の件でトラブルがあったようだな」
「こりゃ、お嬢様は彼にお熱ですよ。やっぱりヒーロー補正って強いんですかね? 乙女なら誰でも分かる乙女な顔してますもん……くふっ、めっずらしいー。まぁ、彼私好み的にもかっこいいですもんね」
「まぁ、逆にそれは好都合だ。《《我々の仕事もしやすいし》》、《《クライアントの望み通りの展開》》だからな」
「かといって、私達の件を知ってる人間がごく一部っていうのも問題だと思いますけどね。ほら、もしあのボディーガードに話が少しでもいってたらスムーズにこのお話終ってましたよ? 乙女が凄いこと言う前に大人しく引き下がってくれてたと思います」
はぁ、と。
少女は大きなため息をついて塀の手すりに頬杖をついた。
「まったく、お嬢様に「普通の高校生活を送らせてあげたい」って要望……結構無茶なような気もしますけどねぇ。親心を理解できなくもないですけど、そのために周りに秘密にしたところで、結局価値の高い宝石であることは変わらないですし。ひっそりと守るのもいつか限界がくると思います」
「それをこなすのが、我々の仕事だ」
「まぁ、金をもらってるわけですし異議はないですけど」
そして、少女は。
そのまま背中を向けて、近くの玄関扉へ手をかけた。
「どこへ行く?」
「どこへって、着替えるんですよ。私、《《傭兵でもありますけど学生ですし》》。今から着替えないと遅刻も遅刻です」
そう言って少女は、青年を一瞥することなく扉を閉めた。
残った青年は再び、エントランス下へと視線を落とす。
「まぁ、どんな要望だろうが金が発生すれば実行するのが傭兵だ。あいつも、そこら辺は分かってるだろう」
これ以上は見る必要がない。
そう言わんばかりに青年も。少女とは違う玄関の扉を開いたのであった。
♦♦♦
このお嬢様は何を言っているのだろう? そう思わずにはいられない。
……馬鹿じゃん。
これ、俺が傭兵だったこと察せられたから出た言葉じゃん。
ここからどう巻き返したら面白い展開になるんだよ。俺が視聴者ならちゃぶ台替えしてるよ、俺が望んでるのはアオハルな群青劇なのに。
(いや、《《一緒にいる方が都合がいい》》のは分かってるけども!)
ただ、それとこれとは話を別にしたいわけで。
その辺のことは事前にリカバリーできるようにしているはずだし問題ないはずなのに……このままでは俺の普通の学校生活がァ……ッ!
っていうか、大人しく車に乗ろうぜ命あってのお話じゃん。
「……お嬢様、ご冗談を。いくらなんでも、その少年が私よりもお嬢様の護衛として相応しいなどあるわけがありません」
静かに口にするボディーガードの男。
平静に諭しているように聞こえるが、声音にそっと冷たい怒りが宿っている。額にも薄らと青筋が浮かんでいて……きっと、自分が俺よりも下だと言われたのが癪に触っているのだろう。
(まぁ、実際にしっかりと訓練を積んだボディーガードと、そこら辺の高校生が一緒にされちゃ怒るのも無理はないが)
ただ、この程度で怒るのもなぁ、と。思わざるを得ないのも本音。
護衛なら、対象を護るために常に平静を保ってほしいものだ。傭兵時代、よくボスから「私情は持ち込むな、感情的になるな」と教わったし。そうでないと、普段のポテンシャルが発揮されず、動きに乱れが出るとかなんとか。
「いいえ、時森さんの方が優秀です」
「何を根拠に───」
「時森さんなら両足縛られた状態で海に放られても私を助けられます」
無茶言うな。
「痴漢の冤罪をかけられてる最中でも彼は助けに来てくれます!」
もしそこから俺が駆けつけたら単なる痴漢を認めた逃走犯だ。
「まぁ、今のは冗談ですが……少なくとも《《こう言われて感情的になってしまうあなたよりは間違いなく》》、です」
……そして、それを護衛対象に指摘されちゃ本当にお終いだ。
「ッ!?」
「確かに、これは私の我儘です。私自身も根拠なんてありませんし、願望が混ざってるのも事実。ですが、護衛として相応しくないのはその通りみたいですね」
そう言って、西条院は俺の手を引いて男の横を通り過ぎる。
「お、おいっ! 西条院!」
「あなたは、今後この任から外れてください。お父様の方には、私の方から言っておきます」
俺の言葉を無視して、西条院は男を置いて歩き続ける。
すると―――
「お嬢様は間違っておられるのです!」
今度は、男が。
西条院の手を掴んで引き留めてくる。
「い、いたっ!?」
いきなり掴まれたからか、西条院が痛がる。
きっと、掴む手の力の加減が慌てたことによって間違えたのだろう。
「……………」
けれども、男は離さない。
「どう考えてもおかしいでしょう!? 私よりもこのガキの方が優秀!? あり得ません! 普通に考えれば分かることです、お嬢様だって我々護衛の実力をご存知でしょう!? 一時の熱に惑わされて間違った行為は恥ずべきことです! あなたは西条院グループの―――」
「おい」
そして―――
「な、ばッ!?」
ゴッッッッッッ!!! と。
反射的に出た俺の蹴りが男の顔面を捉えた。
「そりゃ、護衛としての実力はそっちが上だろうが……」
白目を向き、崩れ落ちる男の体。
俺はそれに向かって、吐き捨てるように口にした。
「護衛対象をてめぇで傷つけてどうすんだ、阿呆が。自尊心だけで護ろうとするならさっさと辞めちまえ」




