やっぱり
やってしまった、というのが強い想いである。
何せ、バレてはいけないのに思わず感情的になってしまったのだから。
反射的に手が……いや、足が出てしまった現状もそうだが───
(まさか、一発でのしてしまうとは……ッ!)
この人、ボディーガードなんだろう? なら、何故!? この程度の一撃で気絶してしまっている!?
日本の警備の甘さと弱さにはがっかりだよまったくもう!
(いや、それよりもだッ!)
問題は護衛の人を勝手に倒してしまったこと。
さらに言えば、西条院にあの時の傭兵だと察せられる要因が増えてしまったこと。
もし、ボディーガードに危害を加えたとなれば……いや、かなりマズいな。
傭兵の件も大事だが、日本で暴力。しかも、西条院の関係者となれば、いくら揉めていたとしても大変よろしくない。
(ただ、なぁ……)
流石にあれは見過ごせないだろ───
♦️♦️♦️
(※柊夜視点)
───私は他人に比べて記憶力がいい方だと思います。
昔から、色々な方と接する機会が多かったからでしょうか? 相手に失礼のないよう、顔や名前、身長や体重、仕草まで……話した会話と起こったエピソードをおおかた紐付けられます。
そして、紐付ける先は……声も、一緒。
あの時、私を助けてくださった彼とのエピソード、会話。忘れるはずがありません。
あとは紐付ける先を覚えていられるかどうか───身長を鑑みるに同い歳ほどで、男性。顔はフードとマスクで分かりませんでしたが、あの少したどたどしい日本語と声音。
その記憶を元に私は実家にいる間、色んな伝手を使って捜していました。
お礼を言いたくて……あの時抱いた感情に従いたくて。
ただ、結局見つけることはできず。
半ば諦めかけ、ようやく私も学校に復学できたある日───とある転校生に出会ったんです。
もしや、とは思いましたが、すぐに頭は否定してきました。
(まぁ、あれだけ捜したのです……近くにいるはず、ないですよね)
しかし、です。
あのバスジャックが起こってからすぐの出来事でしたから、それでも不意にこのタイミングでの転校生が気になってしまいました。
だからこそ、珍しく……《《自分から》》、声をかけました。
『あー、時森望……です?』
その声を聞いた瞬間、周囲にいた皆さんも……きっと、時森さんでさえも気づかなかったでしょう。
私、あの時《《凄く心臓が高鳴った》》んですよ?
それこそ、平静を装うのが大変で、いつ顔が赤くなってしまうか分からないぐらい。
もちろん、なんの確証もありませんでした。
声も一ヶ月前のこと。類似していると思っているこの記憶は、都合よく頭の中で勝手に改変されたものではないのかと。
(ただ、妙に視線を合わせようとしない……私と関わりたくないから? そういえば、あの時の彼も警察に素性がバレたくない様子でした。つまり、私に正体が露見されないよう隠している……?)
そう考えれば考えるほど、あの時の彼と時森さんが合致して。
ただ、それ以上に。
《《私と関わりたくない》》と思ってくださる人がいることに驚きました。
……自分で言うのもなんですが、私は非常に人から好意を寄せられます。
関わりたくない、むしろ関われるものなら関わりたい。そう思う人が多く、そういう人を幾度となく見てきました。
(……だから、なのでしょうね)
それが悔しくて。私の傭兵など関係なく、私の方から近づいてやろうと。
偶然隣だと判明した時にずっと時森さんをどう驚かそうか考えて、《《玄関先で隣の玄関が開く音を待ってみたり》》なんかして。
彼と一緒にお話してみたかったから、護衛の人の送迎を断ってしまって。
そうして───
「あー……すまん、西条院。護衛の人、気絶させてしまった」
申し訳なさそうに頭を搔く時森さん。
地面には、動く気配のないボディーガードの熊谷さんの姿が。
(い、一撃……)
流石の私も驚かざるを得ませんでした。
西条院グループのボディーガードは、それなりの訓練を積んでおります。
対人での訓練、基礎的な筋力量。格闘経験を積んでいる人が相手でも、武器を手にしている人でも対象を守れるよう鍛えております。
しかも、相手は大人で時森さんは学生。
にもかかわらず、たった一撃で……倒してしまった。
(時森さん……あなたは、一体何者なんですか……?)
本当に、冗談で言ったわけでもなく《《傭兵》》だったのか? 傭兵って、本当に実在するのか子供でもなれるものなのか? そんな疑問が湧いてきましたが、私は平静を装って淑やかな笑みを浮かべます。
今、時森さんに申し訳なさそうな顔をさせるわけにはいきませんから。
「いえ、構いませんよ。しかし、お強いのですね、時森さん」
「それは、相手が油断してたから……」
「ボディーガードが油断して倒される、なんてそれはそれでお笑い者では?」
「確かに」
「いい教訓となったでしょう、なので時森さんはお気になさらず」
本当に、熊谷さんの件はお父様に報告しないと。
いくら時森さんが強かろうとも、こうして油断して倒されてしまうなど言語道断です。
「ですが、意外でした。先程までの流れであれば、時森さんはこの人の味方をされると思いましたので。私を車に無理矢理連れ込んで……きゃっ♪」
「おい待つんだお嬢様。その言い方は変態以上のレッテルが貼られる恐れがある」
単に危ない目にって聞くから、と。
困り顔で愚痴を零す時森さん。
(ふふっ、可愛い)
今まで男性にこのようなこと、思ったことありませんでしたのに。
……相手が時森さん、だからでしょうか? どうしてか、ずっと見ていたいと思います。
「まぁ、でも悪かったとは思うよ。手も出されていないのにこっちから手を出したわけだからな」
「あら、では何故手を出されたのですか?」
思わず、そう尋ねてしまいます。
悪いと思っているのであれば、どうして手が出てしまったのか。
すると、時森さんは私の手……先程、熊谷さんに掴まれていた方を指差して───
「痛かったんだろ? 護衛が対象を痛がらせた時点でお終い……っていうかそもそも、《《女の子が傷つけられてるのを黙って見てるほど》》、俺は器の大きい男じゃないからな」
そう、さも当たり前のように口にしました。
だからこそ、その言葉が……私の心臓を、激しく高鳴らせました。
(……あぁ、やっぱり)
西条院グループのお嬢様ではなく。
西条院柊夜という女の子に対して。
関わりたくないはずなのに、それでもただの女の子が困っていると助けてしまう優しさを持っている男の子。
(やっぱり……)
───彼は、私の傭兵……なん、だと思います。
まぁ、彼から言ってくれるまではなんの確証もありませんが。
(だからこそ、私は……)
《《憶測のまま》》、《《憶測が正しいと信じて》》彼と接しましょう。
言いたくない事情もありますし、あくまで彼から言い出すまでは。
「なるほど……かっこいいですね、時森さん♪」
「なぁ、今言うけどいつまで手を繋いでるんだ? この際徒歩通学は諦めるが、流石に迷子の牽引は必要ないと思うぞ」
「何を仰いますか、今時の学生は二人きりだと手を繋ぐものです常識です」
「ハッ! そうなのか!?」
「(……私が言うのもなんですけど、この人チョロくて心配です)」
「なんて言った? 本気で「そうなの?」って思った純心な男の子に向かってなんて言った?」
「ささっ、行きましょう。遅刻は厳禁ですよ」
「おいっ! 今の小言を聞いたあとでも継続なのかこの手は、なぁ!?」
楽しい、ふわふわします。
激しく高鳴る心臓とは裏腹なこの感情に酔いしれたまま、私は時森さんの手を握って通学路へ足を進めるのでした。




