手を繋いでの登校
改めて、西条院柊夜という女の子の影響力を改めて実感した。
そりゃ、この容姿にあの西条院グループのご令嬢ときた。間違いなく、周囲からの羨望や好感の眼差しを一身に受ける存在だろう。
だから、そんな彼女と―――
『お、おいっ! 西条院さんが車じゃなくて歩いて通学してるぞ!?』
『しかも、手を繋いでやがる……なんて羨ましい……ッ!』
『おい、西条院さんが今まで誰かと手を繋いだことなんてあったか? 誰とも近づこうとしなかった高嶺の花が……?』
……まぁ、手を繋いで登校すればこう騒がれるのも必然というかなんというか。
「……なぁ、西条院」
「はい、なんでしょうか? 手を離したい、という話以外はすべて笑顔でお答えします♪」
「笑顔じゃなくていいから手を離して……」
ざわざわ、と。校門付近を歩いていると、周囲にいる生徒のざわつきと好奇心、及び嫉妬を孕んだ視線が向けられる。
にもかかわらず、どうしてこの子はこんな満面の笑みを浮かべているのだろうか? 俺は気になって仕方ないのに酷く不思議だ。
「時に時森さん。昔何かやられていたのですか?」
「ん?」
「いえ、先程うちの護衛を倒された姿があまりにも衝撃的で。かなりお強いので―――」
おっと、何やら風向きが。
「もしかして、《《傭兵》》……など、されていたりしたのでしょうか?」
いけない、早急に話題を逸らさなければ。
「いやーっ! 西条院の手はまるで羽毛のように柔らかく焼く前のマシュマロというか生まれたての赤ちゃん並みというか……つまりずっと握っていたいぐらいだッッッ!!!」
「あら、ではずっと握らせていただきますね」
しまった、墓穴を。
(っていうか、ヤバい……普通に疑われている……ッ!)
墓穴を掘った、という意味ではこちらの方が強いだろう。
衝動的ではあったが後悔はない。とはいえ、ごく普通の男子高校生ができるような行為ではないことをしてしまった自覚はある。
西条院の中には、俺がバスジャックの時に助けた『元傭兵』というイメージがあり……紐づけられてしまえば、本当に俺が元傭兵であったと知られることになる。
傭兵なんて、普通の日本の高校生ではあり得ない。
だからこそ、この一件は誤魔化し続けなければならないのだ。
そのためにも、西条院とはできるだけ距離を取って―――
「嬉しいです、私も時森さんとずっと手を握っていたかったですので。ずっと握っておきますね」
……教室に行くまでは、距離を取れそうにもなかった。
「お嬢様……あんまり言いたくないが、野郎の手を握りたいだけなら俺じゃなくてもそこら辺にいっぱい握手会のチケットを何十枚も購入できるようなファンがいるぞ。そっちはどうだ?」
現に、こうして歩いている最中に向けられている視線には嫉妬も含まれている。
同性であっても異性であっても、西条院と手を繋ぎたいという人はごまんといるはず。
別に握りたいのであれば、俺でなくてもいいような気がするのだが……会って二日目とかだし。
「確かに、自慢ではありませんが、私には人気も人望もあります」
「だったら───」
「ですが、所詮容姿やステータスほしさなのでは?」
周囲の生徒が集まる中。
西条院の言葉が、真っ直ぐに耳に入る。
「全員が全員、そうではないのかもしれません。けれど、あまり話したこともなければ関わったこともないのに好意を寄せられる……疑ってしまうのです。この人は西条院柊夜という女の子ではなく、『西条院グループのお嬢様』としての私を求めているのではないかと」
「………………」
「そう分かっているのに、わざわざ自分から近づこうとはしませんよ。高級な人形で遊びたい人に、私は何も支払いたくはないですし。手を繋ぐなんて論外です」
……なんとなく。
なんとなくではあるが、言いたいことは分かる。
きっと、これは西条院がお嬢様として多くの人と関わり、多くの人から好意を寄せられたからこその話なのだろう。
ステータスではなく、西条院柊夜としての人間を見てほしい。
確かに、外側だけしか求めていない相手に接するのは無駄かもしれない……だって、西条院は。西条院柊夜という女の子として見てほしいから。
「しかも、時には《《いき過ぎた好意》》もあるのですから困りものです……やれやれです、お人形さんにいくら愛情を注いでも、人形は何もお返しなんてできませんのに」
けど───
「だったら、余計に分からんな。俺だって、人形遊びをしたい人間かもしれんだろ?」
まだ出会って二日なのだ。
普通の高校生活を送りたい俺からしてみれば《《西条院グループの恩恵》》などどうでもいいが、それでも見極められるには時間が───
「あら、本当にそう思ってます?」
西条院は、そんな俺の疑問に対して。
顔を覗き込み、思わず見蕩れてしまうような笑みを浮かべてきた。
「対価を求めず手を差し伸べてくれるような男の子に私のステータスだけを求めている……なんて評価を付けるほど、私の目は節穴ではありませんよ♪」
その言葉に、思わず心臓が跳ね上がってしまう。
対価を求めず助けた、という言葉のせいなのか。それとも、あまりにも美しすぎる笑みに見蕩れてしまったのかは分からない。
《《赤くなった顔》》を見られないよう視線を逸らしながら、俺は足早に校舎へ向かって歩き出す。
「あら、照れてらっしゃるのですか? ふふっ、時森さんはかっこいい時もあれば可愛らしい時もる……乙女の好みを把握した、いいギャップだと思います♪」
「……うっせ」
───周囲に未だ生徒が多くいる中。
校舎に入ったというのに、どうしてか俺は自分の教室に辿り着くまで西条院の手を離すことができなかった。
「ふざけんな……よくも、僕の西条院と手を繋ぎやがって……」




