お嬢様は誰にも近づかないのに
「……ねぇ、望くんって何者?」
おっと、これはこれは。
どうしてこう最近は女の子に疑われることが多いんだろう?
「な、何者……って?」
教室に着き、席に座ってすぐ。
《《異様に周囲から視線を浴びている中》》、正面に座っている芽衣からジト目混じりにいきなりそんなことを言われた。
(まさか、芽衣にも傭兵だったことを勘づかれている……?)
馬鹿な、別に芽衣の前では変なヘマは起こしていな───
「あの西条院さんと手を繋いで登校したんでしょ!?」
……あぁ、そっちか。
「よかった……本当によかったよ……ッ!」
「よ、よかったって!? な、ななななななななななんのお話してるの!?」
どうやら勘づかれているわけではなさそうだ。
けれども、不思議だ。どうして目の前の女の子は顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしているのだろうか?
「(よかったって……の、望くんは何を言ってるの? も、もしかして……もう、えっちなご関係じゃ……!)」
日本の高校生の思春期は青に似合わないピンクばかりで本当に困る。
「待て、誤解だ。西条院と一緒に登校したのは、家がご近所さんだったことが判明したからで」
「……車登校のあの人が?」
「歩きたい気分だったそうだ」
嘘は言っていない。
勘づいている件で話を聞きたかったから歩きに変わったんだろうが、それは俺の気のせいだと思うことにしている。きっと、そういう気分だったに違いない。現実逃避とかじゃなく、うん。
「それでもおかしいよぉ……西条院さん、本当にあまり誰とも深く関わろうとしないし《《自分から近づこうとしない》》んだよ? 挨拶とか学校のこととかでは話してくれるけど、それ以上のプライベートなこととか……今まで誰とも一緒に帰ってる姿なんて見ないし」
「ふむ」
「ずっと教室で誰とも話さず本読んでるんだもん! そんな人と一緒に登校……ましてや、手を繋ぐなんてもうすっかり学校中の噂になってるよ!」
なるほど、だからさっきから妙に視線が痛いのか。
本当に、思っていた以上に西条院柊夜という女の子の影響は強いみたいだ。
先程の話なのに、まさかすでに学校中の噂になっているなんて。
(やっぱり、平凡な学校生活を送るには無闇に宝石に触らないことだな……)
できるだけ接触をさけなければ。
このまま常に西条院と関わることで話題の中心にされてしまえば、「ごく普通」が「特別」に変わってしまう恐れがある。
まだ同性の友人も仲良く放課後寄り道もしていないのに、このままでは誰からも距離を取られてしまう。
ただ───
「……教室でいっつも本を読んでるんじゃないのか、西条院?」
「ふふっ、今日はお休みです♪」
「うぉっいつの間に!?」
……もうすでに、関わりに来てるんだよなぁ。
「何やら私の話をされているようなので、気になって来てしまいました」
「隣の教室から聞こえるなんて凄い耳だな。壁に耳でもついてるのか?」
「障子に目もあります」
「……本音は?」
「本音は時森さんに会いに来ただけです♪」
「………………」
いつの間にか横にいた西条院が、あざとさ満点の笑みを見せてくる。
これが本気で言っているのか、それとも冗談なのか……顔のよさで本当に測りかねてしまう。
「(さ、西条院さんが私の目の前に……の、望くんとお話しただけなのにかぐや姫が月から……っ!)」
いきなり西条院が横から現れたからか、芽衣が目を回しながらパニックに陥っている。
それだけじゃない、周囲にいたクラスメイトも先程以上にざわつき始めてしまった。
「西条院がドッキリ企画を立ち上げたせいで、クラスのマドンナがパニックを起こしてるんだが……」
「あら、私としては普通に足を運んだだけですよ。というより、まさかここまで驚かれるとは思いませんでした」
「透明マントを羽織ってるんじゃないかって思うぐらい息を殺してたからなぁ」
「ですが、時森さんは驚かれませんでしたよね?」
そりゃ、視界に入る情報に違和感があれば普通は……って、やめておこう。
角度的に見えやすい位置にいたはずの芽衣が気づかなかったのに俺が気づいていたって知られたら、余計な誤解を生みそうだ。
「というわけで、時森さん。クラスメイトとの交流も大事ですが、お隣さんとの交流も大事かと思います」
「ま、まぁ……それはそうなんだが……」
「つきましては、私と雑談を───」
そう、言いかけた時だった。
今度は隣に座る西条院の背後に、一つの人影が現れた。
「西条院さん、連れ戻しに来ましたよー」
「……来栖さん?」
明るい茶色のセミロング。小柄で愛くるしい端麗な顔立ち。小動物のような可愛らしさが滲む女の子。
背後に現れたその子を見て、パニックになっていた芽衣が首を傾げた。
「どうかしたの? 珍しいね、うちのクラスに来るなんて」
「お久しぶりですね、小鳥遊さん。相変わらず可愛い顔してます」
「えへへへっ……来栖さんも可愛いよ」
可愛い、と。言われたからか。
芽衣はこれでもかと言うぐらい照れたように頬を搔く。
実際、男目線的にどちらも甲乙付け難いほど整った容姿をしている。目の保養だ。
「あ、望くんは初めましてだったよね! こちら、来栖愛羅ちゃん! 西条院さんと同じ、お隣のクラスの子!」
一歩、芽衣の紹介によってセミロングの少女───来栖が俺に近づき、手を差し出してきた。
「《《初めまして》》、来栖愛羅です。まぁ、隣なんであんまり関わりないかもですけど、仲良くしてください」
「お、おぅ……よろしく」
一瞬、初めましてという言葉に反応しそうになった。
けれども、差し出された手をすぐに握り返す。
すると───
「……時森さん、私も手を繋ぎたいです」
「西条院さんは朝たっぷり繋いだでしょう。あの天下のお嬢様がこんなところで嫉妬心なんて出さねぇでください。お呼びの先生への遅刻の理由を「じぇらしー」にするつもりですか?」
「それもいいかもしれません」
「よくないですぅー」
そう言って、来栖は。
西条院の手を引いて無理矢理立ち上がらせ、教室の外へと引っ張っていく。
とても悲しそうにこちらの姿を見ていたが……やがて、西条院の姿は教室の扉の先へと消えていった。
その姿を見送っていると、芽衣がこちらへどうしてかジト目を向け始め、
「……本当に何者なの?」
「ごく普通の男子高校生だ」
いけない、西条院が現れたことで再び疑われている。
今、唯一話しかけてくれているクラスメイトなのだ。せっかくのこのご縁……普通の高校生活のためにも余計な疑念は早急に払拭しておかなければ。
「いいか、芽衣。この際だから言っておくが、俺は別に───」
「それにしても、望くんは罪深い男の子だねぇ」
「ん?」
「だって、西条院さんと来栖さんに加えて……芽衣ちゃんって美少女ともこうしてお話してるんだからさっ♪」
……ふむ。
「あははっ! 冗談だって冗談、私なんか別に───」
「確かに、言われてみれば贅沢者だな。芽衣って可愛い子と話させてもらっている」
「ッ!?」
「アイドル並みの愛らしさ、親しみやすい距離感、同性でも羨む容姿……男からしてみれば、こうして話している俺は間違いなく羨望の対象だろう」
これは普通の高校生としてあり得る話なのだろうか?
西条院ほどではないが、芽衣は群を抜いての美少女だ。もしも普通の男子高校生なら中々話しかけられないのであれば、俺も身の振り方を考えなければならない。
「まぁ、芽衣の言わんとしてることも分か……って、どうした? 顔が真っ赤だが……」
「にゃ、にゃんでもない……あぅ……」
にゃんでもあるような様子なんだが。
「贅沢なら、あまり話しかけない方がいいか?」
「う、ううんっ! そんなことないからいつでもボーイズアンドガールズウェルカムだからおいでよディ〇ニーシー!」
そこまで言うなら今まで通りにしよう。
顔が酷く赤いところが気になるが、気にしてほしくない様子だし。
「(うぅ……どうしてこう、望くんはストレートさんなんだよぅ……嘘ついてる感じがしないからめっちゃドキドキしちゃうじゃん。他の男子ならなんでもないのにさぁ)」
と、その時───
「おい、転校生。あんまり調子乗ってんじゃねぇぞ」
またしても俺の近くに人が現れる。
振り返ると、今度は女の子ではなく三人の不良そうな男子生徒の姿があって。
「ツラ貸せよ。お前に身の程ってやつを教えてやる」
いきなり、なんの前置きもなくそんなことを言われたのであった。
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