再びの出会い
……まさか、あの西条院グループのご令嬢がお隣とは。
思わずもう一度廊下の手摺りを飛び越えてしまい、しばらく頭を冷やして戻ってくると再び警察に話しかけられてしまった。
まぁ、いつまでも逃げるわけにはいかない。
お隣さんという事実には驚いたが、これが現実というのであれば受け入れるしかないだろう。
「ごめん、ちょっと驚いて逃げ出してしまった」
「私も驚きました。八階から飛び降りられたので」
いけない、どうしてか西条院が少し冷たい瞳でこちらを見てくる。
八階から飛び降りるなんて、降り際に手摺りを掴み直せば衝撃を緩和できて降りられる。
これは普通のことだ、変に思われるはずもない……にもかかわらずこの視線。一体、俺は何を間違えてしまったというのか。
「とりあえず、大丈夫そうで何よりです」
「あぁ、暇を持て余した警察に声をかけられたが、大丈夫だった」
「暇ではない警察を呼ばれるほど大丈夫ではなさそうですが……まぁ、いいです」
そうだ、俺が降りた降りてない警察呼ばれた呼ばれない関係ない。
それよりも先に───
「じゃあ、また学校で会うことがあったら」
「待ってください」
ガシッ、と。
部屋に戻ろうとした俺の腕を西条院が掴んでくる。
「ど、どうかしたか……?」
いきなり腕を掴まれたことに、思わず動揺してしまう。
しかし、西条院は俺の反応など気にしていない様子で俺の方へと顔を近づけてきて、
「(やはり、どこかでお会いしたような……いや、やっぱりあの時の人……)」
何やらブツブツと呟き始めた西条院。
何を言っているのか聞き取り難かったが、整いすぎた顔と鼻孔を擽るような甘い匂いが……その、あまり異性と関りを持ってこなかった俺にとっては少し辛いもので。
何を言っているのか聞きたかったのに、顔が熱く鼓動がうるさくてまったく耳に入ってこなかった。
「……なるほど、《《灯台下暗し》》でしたか」
満足したのか、西条院が俺から顔を離した。
何やら俺と同じく薄っすら西条院も顔が赤くなっているような気がするが、変わらず淑やかな笑みを俺へ向けてくる。
「ふふっ、失礼しました。少々気になったことがありまして……ふぅー、少し暑いですね」
顔の熱を冷ますように手で仰ぎ始める。
もしかして、赤くなった顔を誤魔化しているのだろうか?
「気温的にはそこまでだと思うが……」
秋だし。
「いえ、サハラ砂漠並みです」
凄い、これほどにない異常気象が日本に。
「というわけですので、うちで涼んでいきませんか?」
「というわけ」
「私は一人暮らしなので、お家には誰もいませんよ? というわけですので!」
「というわけ」
話題の振り方が多少強引なような気がするんだが……それに、俺が調べたところ日本の女性は中々異性を部屋へ上がらせないとあったような。
なのに、家にそう気軽に上がってもいいのだろうか?
「積もる話もありますし」
「い、いや……別にそれは大丈夫なんじゃないか?」
積もるほど積み上げてきた時間はないし。
「(なるほど、意外とガードが固いですね。この容姿であれば大抵の男性は自ら針を口に刺すほど釣れるはずですのに)」
悲しきかな、今度はちゃんと聞こえている。
まぁ、確かに西条院ほどの容姿があれば家柄関係なく思春期の男子は喜んで部屋にあがりそうなものだ。
(ただ、西条院は間違いなくバスジャックの時の子だし)
あれほど綺麗だった容姿の人を間違えるわけがない。
となれば、西条院は俺が一人でバスジャック犯を倒した俺を見ているということ。
もし今の俺とバスの中の俺を紐づけられでもしたら、平穏な学生生活に支障をきたしてしまうかもしれない。
せっかくのお隣さんではあるが、なるべく関わらないようにしないと。
「(最悪、薬を盛れば……いけますね)」
本当に関わらないようにしないと。
身の危険がすぐそこまで迫ってきている。
「まぁ、機会はいつでもありますしね。時森さんが私のお部屋でお話ししてくれるのを一日千秋の想いで待つことにします♪」
薬を盛ろうとしている人間がとても一日千秋の想いで待つとは思えないが……まぁ、これ以上は深掘りしないようにしよう。
せっかくの平和な日本なのに、俺はお隣さんを常に警戒しなければいけなくな―――
「ん? 時森さん、ポケットが震えていますよ?」
話している最中、不意にポケットに入れていたスマホが震え始めた。
「………………」
それを受け、俺はスマホを手に取る。
「すまん、多分誰かから電話だ」
「時森さんはとてもかっこいい方ですし、入学早々もう早速異性からのお電話ですかそうですか」
「……別に違うが」
異性どころかロクにクラスメイトと話せなかったんだが。
芽衣とは話させてもらったが、連絡先など聞いてないし。
「本当ですか?」
……何故疑われるのだろう?
笑っているようで冷たい瞳が少しばかり怖い。俺が一体何をしたというのか。
「まぁ、違うというのであれば問題ございません。お電話をお邪魔するのも変な話ですしね」
そう言って、西条院は自分の部屋の玄関へと手をかけた。
そして、扉を引く直前。俺に向かって淑やかで……歳相応で、愛らしい誰もが見惚れるような笑みを―――
「これからよろしくお願いしますね、時森さん。また明日です」
バタン、と。ようやくお隣さんの姿が消える。
あまりに意外な展開。隣にとんでもない美少女がいた。
その事実の余韻に浸るように、俺は少しばかり呆けたまま固まってしまっていた。
(……西条院って、あんな笑い方するんだな)
今日見かけた時は、誰かと話した時あのような表情は見せなかったような気がする。
まぁ、それほど西条院と話したわけでもなければクラスも違って普段の様子を見ていない。
だからこそ、《《俺だけ》》なんてことはなく。きっと、誰にも見せる表情の一つかもしれない。
(まぁ、あんまり気にするようなことじゃないか)
俺はそのまま大きく背伸びをする。
そして、ポケットからマスクを取り出してそのまま《《玄関の扉を背にして廊下を歩き始めた》》のであった。
「……仕方ない、やるか」




