前の席での女の子
日本で暮らし始めて一ヶ月。
ある程度地理や新しい住居にも慣れ、ついに日本での高校生活がスタート。
向こうでは浮いていたが、同じ環境に自分と同じような日本人が集まるというのはどこか新鮮で、校門前に立つだけで少し浮足立っていた。
私立の、それも進学校であるからか、校舎の中も比較的綺麗で、充実した設備が整っているらしい。
まだ学校の先生に口頭で説明されただけだが、そういった部分がこの学校が受験生から人気の要因の一つ。
しかも、あの西条院グループが運営している学校ともあって、毎年倍率はかなり高いのだとか。
そんな学校で始まる高校生活。
新学期でもなければ春でもない今の中途半端な時期に入学してきたが、数多の戦場を駆け抜け生き抜いてきた俺ならきっと上手くいく―――
(って、思ってたんだがなぁ)
はぁ、と。思わずため息をついてしまう。
ホームルームも終わり、新鮮な授業というものを終えて放課後。
俺は未だ教室で同年代のクラスメイトが談笑している中、一人ポツンと座っていた。
(同年代とのコミュニケーション……難しすぎる)
転校生ということもあってか、初めは皆話しかけてきてくれた。
もちろん、海外で暮らしていたことも元傭兵をしていたことも黙って、あくまで「違う高校から親の都合で転校してきた一般生徒」という体裁で、だ。
―――ごく普通。
転校してくる人自体珍しくはあるものの、『海外暮らし』や『元傭兵』というワードよりも一般的で、親しみも持てるはず。
にもかかわらず、少しの会話をしただけですぐに話しかけるクラスメイトがいなくなってしまった。
(……もしかして、俺は何か地雷を踏んでしまったのではないだろうか?)
確かに、待ち続けるより行動。先手を取った方が後手に回されるよりも遥かに有利に動きやすい。
受け身にならず、自分から積極的に話しかけた方がいいのは間違いない。
ただ、こうも急に話しかけられなくなれば、当然タブーな話をしてしまったのかと疑いたくもなるもので。
「俺は……俺は、一体何をしてしまったんだ……ッ!」
「その自覚がないなんて、転校生くんは凄いなぁ」
俺が頭を抱えていると、ひょこっと。
机越しに、一人の女の子が顔を覗かせてきた。
あどけなくも愛らしい端麗な顔立ち。日本人にしては珍しい金色のサイドテールに、小柄な体躯。
確か、目の前の席に座っている……小鳥遊芽衣さん、だったか?
そういえば、転校の挨拶を終えて一番に話しかけてくれたのが彼女だったような気がする。
同年代の中でも魅力的な容姿と明るい雰囲気を持ち合わせているからか、彼女の近くにはいつも人だかりができていた。恐らく、クラスの中でも人気者のポジションなのだろう。
もう早速クラスの輪から浮いてしまっている俺にも話しかけてくれるなんて、とても優しい子だ覚えておこう。
それよりも―――
「自覚がない、とは?」
「おっと、真顔だよびっくりだ」
本当に自覚がないのだから是非とも教えてほしいものだ。
「いや、だってさ……いきなり「好きな〇V女優は?」って聞いたらそりゃ普通引くよ」
……………………。
「???」
「マジで自覚ないよこの子……ッ!」
おかしい、同年代の思春期の子供達は魅力的な異性の話で盛り上がるとうちの会社調べにはあったはずなのに。
自分ではとても最適な話題の振り方だったと思うんだが……。
「ヤバいよ、どんなピンクな環境で育てられ方のかを疑いたくなるような変態さんがうちのクラスにやって来ちゃった!」
「待て、誤解だ」
「あの話題の振り方で誤解の要素があったの!?」
いけない、このままだと不名誉なイメージからの高校生活が始まってしまう。
なんとかして、彼女の誤解を解かなければ。
「俺はただ、これぐらいの年代は魅力的な異性の話で盛り上がると聞いたんだ」
「それって男子限定の話じゃない!? しかも、お母さんに隠れてこっそりでしか出せない話題!」
「そ、そうだったのか……すまん、メモしておく」
「メモとして残す教訓かどうかも怪しい話なんだけど……」
いや、こういう少しの失敗がのちに役立ってくるはず。こまめにメモを取っておかなければ。
とりあえず、同年代の子供に性的な話を振ると変態扱いされるので注意……っと。
俺が真剣にノートへ筆を走らせていると、ふと目の前の小鳥遊さんが温かい瞳で微笑ましそうな表情を浮かべてきた。
「なーんとなく、時森くんのことが分かったような気がするよ」
「ん?」
「非常識」
そんな温かい瞳で言われても。
「あと変態さん」
だからそんな温かい瞳で言われても。
「けど、悪い人じゃなさそう。一周回って面白いっ!」
なんとなく、彼女の周りに人が集まる理由が分かる気がする。
愛らしい笑顔、それでいて他人が一線引いているにもかかわらず超えようとしてくる勇気。
簡単にできそうなようで、簡単にはできないこと。
だからこそ、皆彼女に気を許して近づいてくるのだろう。
「ありがと、小鳥遊さん」
「芽衣でいいよー、こっちも望くんって言うし。背後取られてるのに肩も組めないような距離感とか変じゃん?」
背後を取られたら両手を上げて、普通はなるべく相手を刺激しないようにするのに、この子はむしろ距離感を詰めるのか……。
「日本人は肝が据わっているな」
「なんの度胸を褒められたのさ、日本人さん」
「いや、だって……ん?」
なんてことに感心していると、ふと教室の方がざわつき始めた。
正確に言うと、教室の入り口側なのだが―――
「あー、今日もやってるんだ」
「今日も?」
「そっか、望くんは今日からの転校だから知らないのか」
小鳥遊……いや、芽衣の言葉に思わず首を傾げてしまう。
自然と、彼女が向いている方に視線を移すと、人だかりの隙間から一人の女の子が歩いている姿が見えた。
その女の子はどこか見覚えがあって。
視界に入った瞬間、思わず心臓が跳ね上がってしまう。
「でも、流石に西条院さんのことは知ってるでしょ? メディアでも顔を出してる、ばっちばちのお嬢様だからねぇ」
艶やかな銀の長髪。美しくもあどけない端麗すぎる顔立ち。
歩く姿はまるで芍薬。気品に上品さと淑やかさが滲み、思わず視線が吸い寄せられてしまう容姿。
現に、俺もまた彼女から目が離せなくなってしまっていた。
「あの綺麗な容姿に、ご両親も西条院グループのトップ! 成績も優秀で運動神経も抜群! うちの学校一番の美少女! 誰もが憧れる女の子!」
「……………」
「って言うけど、やっぱり高嶺の花って感じかなぁ……最低限話してはくれるけど、どこか一線引いてるっていうか。今まで色んな男子が告白しても玉砕したし、女の子が声をかけてもさり気なく距離を取られるっていうか。しかも、自分からは近づかない。うちの学校では《《誰も近づけなくて誰にも近づかない》》で有名だったり。あ、嫌われてるとかそういうんじゃないよ? あまりに高嶺の花すぎて嫌いを超えるほどの憧憬があるというかなんというか」
芽衣は話を続ける。
「ま、って言うけどそれでも憧れちゃう存在だし、望くんは運がいいよ! 何せ、クラスは同じだけどあの西条院グループのお嬢様と同じ学年なんだから!」
「そ、そうなのか……それで、何が「また」なんだ?」
「えーっとねぇ―――」
顎に指を添え、可愛らしく思い出そうとする芽衣。
そして、ゆっくりと。考えながら口にした。
「なんか、一ヶ月ぐらい前から色んな教室を覗いて回ってるらしいよ。なんか《《誰かを捜してるような感じ》》。ほら、今だって私達の教室覗いてるでしょ? あんな感じにさー」
それを聞いて、先程跳ね上がった俺の心臓がより一層激しく脈打ってしまったのであった。
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次話から、毎朝9時の投稿です( ̄^ ̄ゞ




