実家に行こうと言い出した
「時森さん、私の実家に行きませんか?」
ざわっ、と。
教室中が一気に言葉通りざわつき始める。
「……いきなり何を言い出すんだ」
「あら、好きな時に好きなことをお話するのが高校生らしいのでは?」
「そうは言ったけども」
さて、一日の授業が終わって放課後。
いつものように「さて帰ろう」と思った矢先、なんとなく想像していた「時森さん、来ましたよ」というセリフと教室への来訪を受けてすぐ。
西条院は周囲の視線を無視して、いきなりそんなことを言い始めた。
『おい、今の聞いたか……』
『あの西条院さんの実家に行く、だと!?』
『まさか、家族にご挨拶!?』
異性の実家に行くというだけで、この騒がれよう。
ある程度予想はしていたが、日本では異性の生まれ育った場所に行くというのは特別な意味があるらしい。
「え、実家!? ついに、望くんと西条院さんはそこまで……ッ!?」
そして、目の前の席では顔を真っ赤にして俺と西条院を交互に見る芽衣。
やはり、芽衣の反応からしてもかなり特別なことらしい。
「西条院、俺はあまり詳しくないんだが……どうやら、そういう関係ではない異性の実家にお邪魔するのは大変誤解を生むようだぞ」
「なるほど……しかし、荷物を取りに行こうとしているので、力仕事に自信のある人が。それこそ、時森さんのような頼もしい方のお力がほしいのです」
『西条院さん、俺が荷物を持つよ!』
『相撲部で鍛えたこのボディはきっと役に立ちます!』
『転校生よりもパシリには自信があります!』
「話になりません」
「話にはなりそうだったぞ?」
だって、荷物を持ってくれるって話だし。
「っていうか、荷物だけなら家の人間に運ばせたらどうだ?」
西条院ぐらいの家なら誰かしらは持って来てくれそうなものだが。
ボディーガードが送迎に来てくれるほどだし。
「時森さん、こういうのは自分達の手で運んだ方がいいと思います」
「……というと?」
「ちなみに、私は今度行われる『お家で遊ぶ会』で使用するものを取りに行きたいのです」
「ふむ」
なるほど、言いたいことは分かったぞ。
確かに、西条院ほどのお嬢様ともなれば、物を取り寄せるなど簡単なこと。
だがしかし、必要なものは今度我が家で遊ぶ時のもの―――自分達が高校生らしい「友人の家で遊ぶ」ということをするためのものである。
他人の手を使うのでなく、せっかくであれば自分達の手で揃えることによって、思い出に残るような苦労の果ての実感と経験、楽しさを味わいたいというのだろう。
そういうことであれば、気持ちは非常に分かる。
やっぱり、自分で一から積み上げるのと他人に手伝ってもらうのとでは達成感と実感に大きな差が出るからな。
「おーけー、理解した。そういう話であれば、是非とも荷物係を拝命しよう」
「ふふっ、ありがとうございます」
「ちなみに、何を持ってくるつもりなんだ?」
「ブレアの午前6時、です」
ブレアの午前6時=世界一辛いソース。
「……それを、何に使うつもりなんだ?」
「はい、手料理を振舞おうかとっ♪」
当日は牛乳を大量に用意しておいた方がいいかもしれない。
このままだと、手料理の感想がやはり「辛かった」、「辛い」、「泣きそう」という困った言葉になりそうな気がする。
「ささっ、時森さん。ここから電車を乗り継ぐ必要があるので、早く行きましょう! サンタさんのプレゼントを待ってる子供達が大勢いるのです!」
「子供達も激辛料理に挑戦する聖なる夜は所望してないと思うんだが……」
西条院が上機嫌な様子で、俺の手を取って立ち上がるように促してくる。
ただ手を取っただけ。いつもであればこれだけで周囲から騒がれていたのだが、恐らく「実家に行く」というワードが強かったのか、これ以上のざわつきは生まれなかった。
「っていうわけで、芽衣。また明日な」
「う、うん……また明日」
このクラスで唯一仲のいい芽衣にだけ、とりあえず挨拶をする。
未だ何やら戸惑っている様子だが、芽衣なら西条院と一緒にいても変わらず接してくれる。こうして振り回されたあとでも、変な詮索はしないでくれるだろう。
「(ほんと、あの西条院さんに実家に誘われるなんて……望くんって何者?)」
……いや、詮索はされていないだけで疑われてはいるのか。
傭兵、ということの詮索はないだろうが、もし尋ねられた時の誤魔化し方は少し苦労するかもしれない。
「んで、西条院。実家って言うが、結構遠いのか? あんまり時間がかかるようなら、休みのタイミングでもいいとは思うんだが……」
「いえ、ここから二駅ぐらいのところです。それと、少し私の言い方も悪かったのですが……今から向かうのは、実家というか西条院グループの本社ですね」
「ん?」
「ブレアの午前6時は入手がかなり困難でして、手に入れるには西条院グループを経由する必要があったんです。普通に手に入れようとすれば、私はオークションに手を出さなければいけなくなります」
そこまでしてほしいものか? と素直に思ってしまった。
「だったら、あんな言い回ししなくてもよかったんじゃ……」
実家、というだけであれだけクラスメイトが反応してたし。
いや、本社に行くって方もかなり騒がれる要因になったとは思うんだが。
「あー……その、それに関してはわざとと言いますか」
「わざと?」
「……い、一種の《《牽制》》、です」
はて、誰から何を牽制したかったのか?
不思議に思ってしまったものの、西条院は変わらず俺の手を引いて先を歩き続ける。
その時、何故か西条院の耳は傍から見ても分かるように真っ赤であった。
♦♦♦
そして―――
「はーい! 久しぶりの本社での定例報告にやって来ましたーっ! 手厚いもてなしを期待します!」
「……少し声を落としてくれるかね。代表はもう少ししたら本社に戻って来られるから。というより、いつもより早い時間に来たのは構わないんだが、お嬢様の護衛の役目はどうしたんだ?」
「それは、素敵な傭兵さんがやってくれているので大丈夫ですよ♪」




