もしかして
(※柊夜視点)
「ありがとうございます」
『行ってらっしゃいませ、お嬢様』
たった一度のはずなのに。
以前に送迎を断ったことにより、こうして車で通学すると「久しぶり」という感覚が襲ってきます。
……不思議なものです。
別に、懐かしむほど自分の足で学校へ向かったことはないというのに。
(昨日の一日が、あまりに濃かった……ということでしょうか)
校門前で降り立った私は、足を進めながらふと思います。
―――時森望。
きっと、昨日一日が濃く感じたのは、間違いなく彼と話すようになったからでしょう。
私と同い年の同級生。数日前に転校してきた男の子。
クラスは違いますが、偶然家がお隣で……それだけの、ただの普通の子供。
(ふふっ、何を言っているのですか私は)
彼が普通? いいえ、間違いなく《《特別》》です。
一緒に話していて楽しい。打算と下心がなく、時折感じられる優しさが心地よい。
今まで、彼のような人物と出会ったことはありませんでした。
私利が混ざらない純粋な好意を向けてくれる人など、家族以外はいないさえ思っていましたのに。
(それに、彼は……私の―――)
……やめておきましょう、余計に名残惜しくなるだけです。
今日も一緒に登校して、カバンを置いたらすぐに教室に向かうつもりでしたが、そういうわけにもいきません。
あの竜胆さんに目をつけられてしまえば、きっと面倒なことになります。
毎日、しつこいように私に話しかけてくる彼。
周囲からは慕われているようですが、私の瞳にはどうしても……人一倍、欲深い方に映っています。
(何せ、私をアクセサリーのように……自分のものにできると思っているのか、すでに自分のものだと勘違いしているのか。いずれにせよ、すでに独占欲が滲んでいます)
時折、私が誰かと話している姿を目撃すると、一気に表情が変わります。
すぐに平静に戻りますが……あの表情は、どうにも異常な執着を感じてしまうのです。
西条院グループほどではありませんが、しっかりと上場している日本有数の大企業。その令息ともなれば、周囲へ与える影響力も持っている力も相当なもの。
《《いくら彼が暴力という一点では決して流されない》》人間だとしても、力というのはそんな単純なものではありません。
(時森さんは普通の高校生活を送りたいみたいですし、余計な問題は与えないに限ります)
だから、迷惑はかけてはいけません。
時森さんと極力学校では関わらず……お家、だけで。
(ですが、学校でこそ話したかった……なぁ)
だって、《《それが普通の高校生っぽい》》から、なんて。
私には難しいことに焦がれていても仕方がありません。
「およ? 西条院さん、おはよーです!」
考えことをしていると、いつの間にか辿り着いていた教室。
入り口で、相変わらず愛らしい顔をしている来栖さんが話しかけてきます。
「えぇ、おはようございます」
来栖さんとは、他のクラスメイトとは違って少しだけお話しします。
こうして挨拶を交わすのは毎日で、この前は恋愛話も一緒にしました。そういった点では、来栖さんも私の中で時森さんと同じ『特別』な人なのでしょう。
私は軽く挨拶を返すと、そのまま自分の席へ足を進めます。
『ねねっ、聞いた? 転校って……』
『うん、聞いた聞いた! 竜胆くん、転校しちゃうんでしょ!? ショックだな……でも、本当なの?』
『今日まだ来てないっぽいし、そもそも先生が話してたのから本当っぽいよ』
教室内で聞こえる、クラスメイトの談笑。
いつもは軽く聞き流していたというのに……今日に限っては、思わず反応してしまいます。
(竜胆さんが、転校……?)
私には関係ない。いいえ、執着されなくなったことに関しては、申し訳ありませんが喜ばしいこと。
ただ、どうしてこのタイミングで? 《《竜胆さんのせいで頭を悩まし始めた》》このタイミングは、まるで―――
「よぉ、西条院」
と、その時。
いきなり背後から声がかかってきました。
反射的に、私は振り返ります。
すると、そこには……朝から「会いたい」と。そう思っていた彼の姿がどうしてかありました。
「タッパー、返すわ。それと、やっぱり俺の舌は世界一には勝てんかった……次があるなら、日本の少年漫画よろしく底辺から頼む」
あまりにも普通の態度。
それこそ、放課後に……あの、お隣で話す時と同じ感じで。
昨日、距離を取ろうと話したばかりなのに。
「……どうして」
「ん?」
「昨日、私は学校では関わらない方がいいと」
しかし、彼は。
素っ頓狂な顔を浮かべたあとすぐ。
口元を綻ばせ、昨日の夜と同じように私の頭へ―――
「《《前みたいに好きな時に会いに来てくれよ》》。もう、お前が気にすることなんてなんにもないから」
ざわざわ、と。私の頭に手を乗せたからか、私が拒絶しないからか。
クラス中が一気にざわつき始めます。
ただ、時森さんはそんなこと気にせず。私の机の上にタッパーを置くと、そのまま教室を出て行ってしまいました。
(……まさか)
まさか、とは思いますが。
一瞬、呆けてしまったことにより開いた距離。私は慌てて教室の外に出て行った時森さんを追いかけます。
そして、廊下を歩く時森さんの背中に向かって、
「あのっ、時森さん!」
すると、彼は。
振り返って、無邪気な笑みを浮かべて―――
「やっぱり、学校で同級生と話すのは普通の高校生っぽくていいよな」
その、可愛らしい笑顔と。
確証も証拠もない。どうやったのかも分かり得ないこの状況であるにもかかわらず、彼が話しかけてくれた理由に思わず。
「か、かっこよすぎますよ……時森さん」
私は、激しく高鳴る心臓と赤くなりすぎた顔を隠すように、その場で膝を抱えてしまいました。
♦♦♦
廊下を歩いていると、ふと後ろから背中を叩かれる。
振り返ると、そこには愛らしい笑みにいたずらっぽさを乗せた笑みを浮かべる来栖がいて。
「昨日、早速手伝ってくれって言ったのって、このためです?」
「黙秘権を行使する」
「あらあら、照れなくてもいいじゃないですか、傭兵さんー」
俺は気恥しさを隠すように、来栖の頭を乱雑に撫でるのであった。




