???②
(っつたく……ガキの喧嘩にうちらを使いやがって)
今となっては、徐々に数を減っていってしまっている暴力団。
当然のことから、世間は暴力団関係者とは距離を取るようになり、逆に繋がりがある人間は貴重な部類。
一度足を踏み入れてしまえば抜け出せないようにする、自分達の存在が公にならないよう不正証拠《アキレス腱》を握る。
そういった暴力的側面は持っているものの、特に何もなければ貴重であるが故にとことん友好的だったりもするのだ。
(まぁ、うちの組長とガキの父親が仕事仲間だから出張ってはきたが……あのガキ、俺らを便利に扱うなんてナメてんのか?)
───指定暴力団、天笠組、若頭補佐。
渋川秀久がこうして足を運んでいるのも、そういった理由の一つである。
(今時の子供なんて、適当に武器チラつかせて痛めつければ話は終わる。文句はあるが、いつも通りつまらねぇ仕事をこなせさえすれば問題ない)
そう、ただ高校生を連れて人気のない場所で脅せばいいのだ。
他人を傷つけることに躊躇のない大人であれば、依頼主の要求を呑ますことなど子供相手なら容易も容易。
大人としての矜持的にあまり受けたくない仕事ではあるが、仕方なければやらざるを得ない。
「おい、お前ら。さっさとそのガキ車に乗せちまえ。通行人に見られる可能性があるからな、三分で終わらせろ」
そう部下に合図を送ったあと、秀久は背中を向ける。
『悪いな、坊主。嫌だろうが、一緒に来てもらうぞ……まぁ、変なやつらに目をつけられたって思って諦めろ』
適当に煙草でも一服している間にすぐ終わる。
だからこそ、秀久は面倒を紛らわせるために懐から煙草を───
「…………ぁ?」
───取り出そうとした、その時。
背中を向けた秀久の横を、部下の一人が勢いよく通り過ぎていった。
ただ、走ってきたのではなく。まるでトラックに跳ねられたかのように吹き飛んで。
まともに受け身も取れず、地面を何度も転がっていく姿。ようやく止まったかと思えば動く気配はなく、秀久は驚いたまま振り返った。
「てめぇら、全員。ここで寝てもらう」
時森望、という名前らしい。
ただの、どこにでもいるような高校生にしか見えない。
いや、ただの高校生のはずだ。《《そういう人間だと依頼を受けて狙った》》のだから、間違いないはず。
しかし、少年の手には赤い血のようなものが付着しており……バットやナイフを持っている大人を何人も目の前にしていると言うのに、顔色一つ変えていなくて。
「まぁ、一人だけは起きててもらうが……最悪寝ても起こしてやるから安心しろ。もちろん、なんで遊んでほしかったか《《無理にでも》》教えてもらうがな」
───一瞬で、空気が変わった。
ただただ、子供一人を拉致して痛めつけ、脅すだけの簡単な仕事だったはずなのに。
(チッ!)
秀久の額に青筋が浮かぶ。
「何やってる! 早くとっちめろッッッ!!!」
同じように驚いていた部下達が我に返る。
それぞれ武器を手に取ったまま、軽く脅すだったことを忘れ……数に任せ、一斉に襲いかかった。
しかし、少年は何一つとして表情を変えない。
淡々と、真っ先に迫ってきた男の手を蹴りで払い、バットを落とした瞬間に膝を顔に叩き込む。
背後からナイフを握って現れた男に対しては手首を掴み、捻ってナイフを奪ったあと、そのまま流れるように手と足を斬りつけていく。
『ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』
その光景にもう一度、秀久は驚かずにはいられなかった。
(ど、どうなってやがる……ナイフの捌きが素人じゃねぇ! それよりも、なんで相手を斬ることにまったく躊躇がないんだ!?)
普通、平和な世界で生きている人間は相手を傷つけることに体が勝手に躊躇を覚える。
それは慣れていない行為に加え、脳内に植え付けられている倫理観が拒否反応を起こしているからだ。
いくら傷つけていることに慣れている暴力団でも、初めはどうしても抵抗感がある。
なのに、目の前にいる時森望という少年には躊躇がない。
殴る、ではなくナイフで斬りつける行為のはずなのに、あまりにもナイフで戦うことに慣れすぎている───まるで、《《そういう世界で生きていたかのように》》。
『く、くそがッ!』
『囲め! 一斉に襲いかかれ!』
『バットで対抗しろ! ナイフを奪われたが、バットの方がリーチがばッ!?』
相手は暴力団の構成員。
人数にして十人近くいるはずなのに。
望は懐に潜って手首を斬りつけ、バットを落とさせて喉元に拳を突き立てる。両サイドから現れた男に対しては先に一人の手首を掴み、勢いを殺さず反対側へ投げる。衝突した瞬間に、二人の頭へそれぞれ蹴りを放った。
それが何度か繰り返され───そうして、いつの間にか。
数でも、体格でも、武器という優位さえ勝っていたはずなのに。
気がつけば、自分の部下は全員地面に倒れ伏せていて。
「案外、日本のヤクザも大したことないな。一人、《《あまりにも手応えがなくてびっくりはしたが》》、どいつもこいつも変わんねぇ……やっぱり、訓練を受けた軍人の方が余計にやりずらい」
「てめぇ……ッ!」
「あとはお前だけだ。さぁ、雇用主のとこから情報を聞かせてもらおうか」
───自分は、腕っ節も含め暴力団の中でのし上がってきた。
ここで倒れている構成員の誰よりも強い自負はある……が、全員襲いかかってきたら、間違いなく怪我はするし勝てる保証もないだろう。
しかし、目の前にいる少年は。
傷一つ付いていないどころか、息切れすらしていなくて───
(勝てるのか!? このガキに負けた、なんてことになったら組での俺の面子が……ッ!)
そう、思っていた時だった。
ふと、視界の端にいつの間にか立ってこちらを見ている《《茶色い髪をした少女》》が視界に入った。
いつから見ていたのか、好奇心で見ていたのか、今まで何故気づかなかったのか。
その考えすら湧かず、秀久は一目散に駆け出し───少女の背後に回って首を絞めた。
「おい、この女がどうなってもいいのか!?」
「ん?」
「いいか、大人しく車に乗れ……てめぇのせいで、無関係の女がどうなっても知らねぇぞ!?」
確かに強いかもしれない。
けれども、《《普通に考えれば》》ここまで強くあったとしても無関係の人間が自分のせいで傷つくのは嫌うはず。
(一般人に目をつけられると面倒になるが仕方ねぇ! それよりも、俺の面子だ。依頼もまともにこなせないで高校生に負けたって話になれば……このまま組に帰ったらどうなるか分かったもんじゃねぇ!)
なのに───
「あー……まぁ、どうかなるなら俺も心配するんだが」
「あ゛ァ!?」
「人質取るなら、もうちょいマシな人間選んだ方がいいぞ?」
何を言っているのか? 秀久は一瞬だけ、思考に空白が生まれる。
だが、それもすぐに。
首元に走る痛みによって現実に引き戻される。
「乙女の体に触るなんて、いい度胸してるじゃねぇですか」
「はっ?」
自分が首を絞めているはずなのに、少女の手が自分の首へ伸びていて。
次の瞬間、足が急に払われ、首を掴まれたままアスファルトの上へ秀久の体が叩きつけられた。
「がはッ!?」
あまりにも強烈な一撃。
さらに、続いて顎へ蹴りが振り抜かれたことで、一気に秀久の意識が持っていかれる。
「んで、これってどういう状況なんです? いつまで経ってもお帰りにならなかったんで、ミニスカサンタちゃんはトナカイさんの様子見に来てあげたんですけど」
「対象を狙ってか、俺が目的か。正直、この国に来たばかりだから恨みを買う機会なんてないはずなんだがなぁ」
「ふむ……まぁ、いいです。そういう時は、ちゃっちゃと拷問てもらいましょう!」
「一枚ずつ爪剥いでいけば、すぐに割るだろうしな」
「ちっちっちー……古いですよ、時森さん。今時は物騒ですグロいのノーセンキューなんで! コンプラ的にも、今の時代は目を開かせた状態で二十四時間継続耐久映像ショーですっ!」
「そっちの方が恐ろしいと思うのは俺だけか?」
薄れいく意識の中。
秀久は最後に、顔を覗き込む少年と少女の姿を見て───
「久しぶりなんで、是非とも楽しませてくださいねっ! ヤクザの人は頑丈っすよね? 私が飽きるまでのガッツを期待します♪」
「と言っても、吐いてくれればそれ以上はしない。けど、吐かなかった時は……いや、いいか。《《死んでも他の奴らを連れてくればいい》》だけだしな、好きにしてくれ」
……化物。
そう思わざるを得なかった。
まぁ、無理もない───何せ、平和な世界で弱者から搾取してきた秀久とは違って、正真正銘。この二人は文字通り《《住んでいた世界が》》違う化物なのだから。
♦️♦️♦️
「にしても、このお国も物騒ですねぇ……白昼堂々、善良な高校生を拉致にナンパ、ですもん。自分が普通の女子高生だったら今頃泣いて狼さんの餌食です」
リーダー格と思わしき男が意識を失ったあと。
少女はスマホを耳に当て、少年に声をかける。
「一応、このあとあいつに報告しに行きましょう。多分、いつも通りその場で校長先生並みに欠伸が出そうなお話しが始まると思いますが───って、どうしたんです?」
しかし、声をかけたはずの少年が。
どうしてか、倒れてる暴力団の人間を見ていて、
「……さっき戦った時、一人手応えがなかったやつがいたんだが」
「はい? それって、あまりにも弱かった的な話です?」
「よく分からん。ただ、《《そいつの姿がいつの間にかなくてな》》……」
倒した人数は十三人。だが、今倒れているのは……十二人。
記憶にある人物のうち、一人の姿が消えていて。
「逃げたんじゃないです? 手応え感じないほど弱かったんだったら、死んだフリして気を見て自分だけ助かろうとしてただけかと……あ、はいはーい皆大好き来栖ちゃんですぅー! とりま、処理班を呼んでもらえると───」
どこに行ったのかも分からない。
ただ、勝手に逃げただけなのだと、少女は繋がったと同時に通話へと戻る。
一方で、少年はまだ思うところがあるのか眉を顰めたままだったが……やがて、背中を向けてエントランスまで歩き始めた。
「んじゃ、行くか。早く報告だけ済ませよう。俺は普通の高校生活を送りたいんだよ、仕事は最低限がいいんだ」
「ブラック企業に我儘言っても今通話中なんで……ちょ、ちょっと待ってくださいよぉー!」
そして───
「もしもし? 《《西条院の娘の護衛の話》》だよ。女の方はともかくとして、男の方は間違いなくこっちの業界でもヤバい部類だと思うぜ……ん? 「よく逃げられたな」って? あぁ、やられたフリだけは得意なんだよ。そうやって今まで生き抜いてきたからな」
「………………」
「とはいえ、少数なのは間違いないだろう。まぁ、計画はそのまま進めて問題ないと思うぜ───あの娘さえ手に入れば、こっちのもんだ」




