普通に憧れている二人
ちょっと芽衣と話したあとに「さーて、帰ろうかなー」って思っていたら、校門に西条院がいた。
「もうっ、時森さんは酷い人です! 気づかなかったならまだしも、目が合ったのに無視して帰ろうとするなんて!」
茜色の陽射しが射し込む帰路。
隣には、頬を膨らませながら足を進めるお嬢様の姿。
子供のように不貞腐れる姿は大変可愛らしいの一言なのだが……おかしい、何故さも当たり前のように学校の高嶺の花と一緒に帰っているんだろうか?
いや、隣に住んでいるし同級生だし、自然ではあるんだが。
(けど、これもなんか青春っぽいな……)
まぁ、できれば一緒に帰る相手が違えばありがたかった。
人によっては羨ましがられる状況なんだろうけども、俺にとっては泥棒が盗んだ宝石を首から下げているようなものだ。
(とはいえ、ここまでするってことは)
チラッと、俺は隣を見る。
ふくれっ面は未だ継続しているが、それでも見蕩れてしまうほどの愛らしい顔。嫌悪感がまったく感じられず、拗ねているのにどこか楽しそうな空気まで滲んでいた。
それは、きっと───
(多分、あの時の傭兵ってバレてるんだろうなぁ)
本当にしまったなぁ……しかも、部屋が隣ときた。
関わりを持たないようにする方が難しいし。距離を取ろうとしても今日のように近づいてくるだろう。
……西条院といるだけで、俺の想定していたただの高校生活が遠のいているような気がする。悲しい。
「時森さん、聞いているんですかっ!?」
なんて耽っていると、いきなり背中が軽く小突かれる。
「あぁ、もちろんだ」
「……じゃあ、私のこの主張を簡潔に説明してください」
「もちろん、聞いていなかったんだ」
「どうしてそんな真顔で酷なことを言えるんですか」
そう言われても、聞いていないものは聞いていないし。
「はぁ……時森さんは本当につれない方です。他の方でしたら、興味津々で聞いてくださいますのに」
「二人しかいないこの状況で会話を聞いていなかったのは申し訳なく思うが……すまん、次からは気をつける」
「そうです、気をつけて……あ、いえ。今のはなかったことにしてください」
「ん?」
急に話をやめたことに、思わず首を傾げてしまう。
すると、西条院は徐に髪先を弄り始め───
「時森さんの横が落ち着くのは……その、時森さんが他の方とは違うから、ですし……」
赤らんだ頬に、気恥しそうにしている様子。
端麗な顔立ちもあってか、思わずドキッとしてしまった。
「……俺調べではあるが、あんまりそういう発言を軽々しく狼さんに言わない方がいい。襲われる可能性があるからな」
「と、時森さんにしか言いませんっ! 嘘だとお思いなら、毎日寝ている間耳元で聞かせて差し上げます! それで本気度が分かるかと!」
それはとても迷惑だ。
「なので、合鍵を作らせてください!」
それもとても迷惑だ。
「……そういうのが軽々しいって発言の信憑性を高めていると思うんだが」
「他の方だと身の危険を感じます」
「渡す方が身の危険を感じると思うぞ」
確かに、知らない人の合鍵を欲して渡されでもしたら困るのは困るだろう。
ただ、それは勝手に渡された時の話で、望んで手に入ったのなら何も危険に思う必要はないはずなんだが。
「むぅー、時森さんは相変わらずつれないですね。もうちょっと、仲良くなろうという意思ぐらいは見せてくれてもいいと思うのですけど」
「流石に合鍵を勝手に作られるのはとても困る」
「……でしたら、遊びにお伺いするのはどうですか? お隣ですし「帰りが遅くて危ないから!」という心配もありません」
「うーむ……」
帰りの心配をしなくて済むのは間違いない。
学校とは違って、部屋だと周囲から注目を浴びることはないし、変に嫉妬されることもない。
しかも、普通の高校生らしい『友達を家に呼ぶ』という行為ができるのは大きい。
女性が男の部屋に入ってきてもいいのか? という問題さえ無視すれば、是非とも興味がある話だ。
「……俺が男だって認識はあるな?」
「私の瞳には、とても逞しく魅力的な殿方に見えます♪」
「ふむ」
認識した上で遊びに来ようとしている。
となれば───
「分かった、日本の学生が好きそうなゲーム機器を一式揃え、部屋に飾り付けをした上で、高校生が好きそうな料理を学んでおく」
「まさかそこまで前のめりで許可してくださるとは」
いつ遊びに来てもいいように、今日のうちから勉強しておかなければ。
《《その前にやることはあるが》》、睡眠前にでも時間は取れるだろう。
「ふふっ、でも時森さんが許可してくださって嬉しいです」
いつの間にか辿り着いた住んでいるマンション。
そのエントランスの前で、西条院は振り返って嬉しそうな笑みを浮かべた。
「楽しみにしていますね、時森さんっ!」
……もしかしたら、彼女も俺と同じなのかもしれない。
大企業のお嬢様という立場、魅力的な容姿。普通の高校生として人生を謳歌することはできず、こういう『普通』なことに憧れでもあったのだろう。
ふとそう思ってしまうのは、あまりにも嬉しそうな西条院の姿を見せられたから。
だからこそ、俺は思わず口元を緩めてしまう。
「……そうだな、俺も楽しみにしている」
「そうですかっ♪」
そうして、西条院はエントランスの中へと入っていく。
俺はその姿を、エントランス前で立ち止まりながら見送った。
すると、やって来ない俺に西条院は首を傾げる。
「あれ、時森さん……入らないんですか?」
「あぁ、ちょっと電話だけしたいんだ」
「なるほど。では、私は先に戻っていますね」
そして、今度こそ。
西条院はエントランスの中へと姿を消し。
しっかりと見送ったあと、俺は背中を向けて歩き出した。
───エントランス前の、大きな道路。
そこまで顔を出すと、脇に止まっていた黒いワゴン車のドアが開いた。
「……これはどう判断すべきか」
そして、中から。
金属バットを担いだ大勢の男達が姿を現し、ゆっくりと俺に向かって近づいてくる。
「お前が時森望ってガキか?」
「あぁ」
話しぶりに、目的は俺。いや、そう決めつけるのは早計か。
……まぁ、いずれにせよ。
「すべて片付けて吐かした方が手っ取り早いか」




