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元傭兵と少女と

次回は本日18時に投稿します!!!


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 自分の親が誰なのか、という記憶はない。

 記録も残ってなければ誰かが知っているわけでもなく、分かっているのは時森望という名前と日本人であるということだけ。

 物心ついた頃には日本とは違う中東の国で生きていて、幼い頃から色々なことをさせられた。


 ───ナイフを握らされ、体術を覚えさせられ、銃の使い方を教わされ。


 俺が育った場所は、PMC——―いわゆる、民間軍事会社である。

 その国では直接的な軍を派遣するのではなく、政府がPMCに依頼することが多く、他にも多くのPMCが政府のリストに名を連ねていた。

 ただ、ちょっと自分が育った場所は少し特殊で、身寄りのない子供などを拾ってきては育てる……なんて慈善事業のようなことをしている。

 俺もその一人で、結局同じように軍人……いいや、違うか。


 ―――傭兵。


 金をもらって依頼を受け、武器を持って敵と戦うのだからそう言った方が正しいだろう。

 そうやって、何度も戦場に出ては倒して。同じ育ってきた子供や面倒を見てくれた達と共に生き抜いて。

 もちろん、常に戦場に出ていたわけではない。

 依頼がない日は普通に同じ施設の子供達と遊んだり、一般教養を学んでいたりと普通の生活を送っていた。

 やがて、十五歳を迎えたある日—――俺は、日本へやって来た。


(まさか、傭兵を辞めて日本に来る日が訪れるとは……)


 揺れるバスの中。

 ふと、奥の座席から窓の外の景色を眺める。

 ……これが日本。

 自分が生まれたかもしれない場所であり、《《あの人が教えてくれた》》平和な国。

 正直、ここに来るのをとても楽しみにしていた。

 聞けば娯楽も多く、食べ物は堅いパンも非常食なんて比にならないほど美味しく、人は優しくのんびりとしているらしい。


(日本語は学んだ、最低限の学力も身に着けた。あとは、現地でさらに調査と生活慣れに徹し……《《ごく普通の高校生としてこの日本に過ごしていくだけ》》!)


 ここは日本だ。

 犯罪件数はほどよくあれど、銃火器の所持が禁止されているほど平和な国。

 戦争も起こらない場所で「実はー、元々傭兵でー」なんて言えば、間違いなく浮くだろう。

 ……まぁ、そもそも信じてもらえるか怪しいところではあるが。

 とはいえ、本当に傭兵だと露見してしまえば、傭兵という職業のない日本では騒ぎになるかもしれない。

 それに、普通の高校生は戦場に出たことのない子供ばかりだ。喧嘩も傭兵らしいことも極力は避けなければ目立つことは必然。


(フッ……環境下が違うとはいえ、色々な場所を飛び回っていた俺は順応には自信がある。一ヶ月もあれば、立派にこの国の住人として生きれるはずだ)


 何より───


(皆とも約束したもんな、「これからは普通に暮らせ」って。せっかく日本の生活のことを教えてもらって送り出してくれたんだ、《《事情はあれど》》心配かけないよう俺は日本人らしい普通の高校生を送ってみせる!)


 そう、思っていたのに―――


『おらっ! 騒ぐんじゃねぇ! ぶっ殺されたいのかッ!?』


 ……まさか、バスジャックに遭遇するとは。


(なんだろう、泣きたくなってくる……『平和な国、日本』のワードは何処に……)


 二人掛けの座席の間。そこには覆面で顔を隠し、泣く子供に怒号を上げる男の姿。

 手には銃が握られており、男の雰囲気に気圧されたからか、それとも武器の存在が怖いのか。

 乗客の大半が怯え、男が声を上げる度に震える体を跳ねさせていた。


(日本は銃の持ち込みが禁止されていたんじゃなかったのか? もしバスジャックが起こるのであればメインの武器はナイフのはず……いや、それよりもこの状況をどうするかだな)


 同じように体を震わせ、周囲に合わせながらチラッとバス全体を見渡す。

 ―――立っている男の他に運転席の方に一人、出口を塞ぐように一人。武器はハンドガンタイプの武器が一つではあるが、ナイフ等の存在が忍ばされている可能性あり。バスジャックが起きているにもかかわらずバスが動いているのは運転手も仲間の一人だからか……いや、そうであれば運転席の方に一人を配置する必要はない。要するに、目に見える三人さえ制圧すればバスは安全に停まる。


(さて、どうするべきか。下手に動いて解決でもしたら騒ぎだ。日本の学生がバスジャック犯を制圧するなんて話聞いたことないし……アオハルな高校生活の第一歩が身バレから始まるなんてたまったもんじゃないぞ)


 そう考えている最中。

 唐突に、俺の横の座席から一人のスーツ姿の男が飛び出していった。


『んだとッ!?』


 体勢は低い。恐らく、的を小さくして体当たりでもしようとしているのだろう。


(……馬鹿が)


 あくまでそれは対一での話。

 仮に組み伏せたところで、他の二人を刺激してしまえばお終いだ。


(いや、銃が偽物だと判断したのか)


 何せ、日本では銃の持ち込みや製造は禁止されて―――


『きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』


 ……その考えはどうやら捨て去る必要があるようで。

 室内に響き渡る銃声に誰かが悲鳴を上げ、突っ込んだ男はその場に崩れ落ちてしまった。

 幸いなことは、単に太ももを撃ち抜かれただけ。致命傷ではない。


(けど、お前が突っ込んでどうすんだよ……)


 体格、スーツ、横に座っている少女の反応からするにボディーガードのような者だったのだろう。

 あくまで推測ではあるが、もしそうなのであれば……守るべきはずの護衛対象が一人になってしまうという、この状況は想定していなかったのだろうか?

 幸いにして、入り口を塞いでいた男がすぐに止血の準備を始めた。生かさなければいけないのか、もしくは殺した方が面倒だと思っているのか。変わらず、目的は不明のまま。


『いいか、下手な真似をするんじゃねぇぞ!? この銃は本物だ! 大人しくしてりゃ、着くまでは誰も殺したりはしねぇ!』


 銃が本物だと分かったからか、乗客全員は今度こそ静まり返った。

 嗚咽を堪え、騒がないように必死になって口元を押さえている。

 そして―――


「(た、助けて……誰か、お願いします……)」


 横にいる少女もまた、同じように震えていた。

 歳は同い年ぐらいだろうか? 《《どこかで見たことのあるような顔》》ではあるが、残念ながら日本に知人がいるわけでもなければ世間にもあまり詳しくない。


(……本当にどうするべきか)


 ───日本の高校生らしく普通の生活を送れ。

 ここに送り出してくれた皆との約束を守るためにも

 目立つわけにはいかない。けれど、この状況を放置しておくと自分の身が危険に晒される。


「(怖い……石畑さんが、撃たれて……わたっ、私……)」


 ……いや。

 何を、悩んでいるのだろうか。

 ここで目立って心配をかけさせてしまうかもしれないが、自分の命と天秤に賭けれるほどのものじゃない。


(それに、泣いている女の子がいるんだ)


 育ててくれたあの人達が、どうして武器を取って戦っていたのか。


『俺達は金をもらって戦っちゃいるが、なんでも受けるわけじゃねぇ。お前らみたいな親もいねぇような子供が生まれない、平和な国にしてぇからだ』


 そんな人達だったら、きっとここで何もしないなんてことはあり得ない。

 そう思い直し、俺は通路にいる男の視線が外れた

 瞬間—――少しだけ、横にズレた。

 怯えて震えている女の子の手をそっと握り、小声で口にする。


「(大丈夫だから)」

「(えっ?)」

「(怖がるな、絶対に助ける)」


 女の子が不思議そうな顔をする。


「(な、何をなされるんですか……あの、相手は三人で銃を……あなたが、傷ついて……)」


 こんな時に、俺の心配。

 よっぽど優しい女の子なんだろう。

 けど―――


「(《《三人ぐらいなら》》、問題ない)」


 一瞬、視界に入った女の子の顔があまりにも綺麗で見惚れそうになったが……気にせず、懐から十円玉を取り出した。

 それを座席越しに弾いて飛ばし、入り口のドアの方へ当てる。


『なんだ!?』


 静寂の中に乾いたコインの音が聞こえた。

 もちろん、相手は勝手に反応する。


(……今)


 その瞬間、一気に駆け出す。

 狭い通路は直線状。射線が絞られている状態。


『おまッ!?』


 だが、ただのバスの通路だ。

 気を取られている間に気づいたとしても、引き金を引くよりも先に俺の足が銃を弾く方が早い。

 弾かれたことにより怯んだ男の顔を掴み、そのまま膝を叩き込む。

 ───まず一人。


『にゃろっ!』


 止血していた男の銃口が向けられる。

 ……こんな狭い空間で銃を撃たれたら誰に当たるか分からない。

 だからこそ、もう一度銃を蹴り飛ばし、そのまま踵を頸椎目掛けて振り抜く。

 ───二人目。


(あと一人)


 すぐに俺は掴んでいた男を運転席の方へと投げた。

 味方は撃てないのか、運転席にいた男は逡巡し、そのまま味方の体に押し倒されてしまう。

 その隙に駆け出し、両手を膝で押さえ拳を―――


『ばッ!?』


 拳を叩き落とすと、覆面越しに見える瞳が白目を向く。

 動かない三人。恐らく、時間にして一分もなかっただろう。

 すべての状況が終わった、それを確認して思わずいつも口にしている言葉を呟いてしまった。


「制圧、完了」


 少しばかり、俺は内心で安堵する。

 一方で、その……乗客の大半が呆けた顔を見せていた。


(ま、まぁ……平和な日本でこんなことすれば当然ではあるんだが)


 ただ、なんだろう。少し恥ずかしい。

 しかし、すぐに動かないことを悟って安堵したのか、声が漏れ始めた。


『た、助かったのか……?』

『よかった、よかったよぉ!』

『子供のはずなのに、なんて動きだ。銃を持っていた相手を三人も倒したぞ!?』

『凄い……映画みたい』


 周囲の声を無視して、俺はボディーガードの男の方へと近づく。


(……よかった、止血は済んでるな)


 出血か痛みか。気は失っているが、致命傷ではない太ももを撃ち抜かれただけ。

 幸いにして弾丸は貫通しているようだし、止血さえされていれば大丈夫だろう。

 背中を向け、運転席の方へと向かい、運転手へ声をかける。


「適当な場所で停めてください。それと、警察に通報」

『わ、分かった!』


 そう口にすると、バスはすぐに停車した。

 俺は運転手にドアを開けるようにお願いすると、そのままバスを降りる。


(だ、だって……ここにいたら警察来るし)


 今からでも挽回できるなら騒ぎの中に自分はいない。

 そうすれば、俺の顔が世間様に晒されることなく日本にいられるはず……だ、大丈夫だよな? 警察の取り調べさえ回避すればいいわけだし、俺の素性なんて乗客は知らないだろうしバレはしない……そう、だと信じたい俺は今日から普通の高校生……ッ!


「あ、あのっ! 待ってください!」


 なんて思っていると、後ろから。

 慌ててやって来たのか、先程隣にいた女の子が入り口から声をかけてきた。


(……今改めてちゃんと顔を見たが)


 本当に美人さんだ。

 雪原と映えそうなほど綺麗な銀色の長髪に、あどけなさも混ざる端麗な顔立ち。

 日本人の中でも、間違いなくトップクラスな容姿のはず。異性や世間に疎い俺でも、流石にそう感じてしまうほどであった。


「な、中で待っていた方がいいのではないですか……? その、警察が……それと、《《うちの者》》も来ますしっ!」

「あー……」


 そうした方がいいんだろうけど、ほら……その、こちらにも事情が。


「えーっと……乗客の誰かに聞いて、紐か何かで縛っておいて。あと、武器は手の届かないところに隠して、警察に渡せば大丈夫だから」

「えっ」

「それじゃ!」


 は、早くこの場から立ち去らないと。

 通報させたから、すぐに警察も来るだろうし、そもそも変な場所に停車したバスに野次馬が来る可能性も……。


「……ご事情があるようですし、恩人が嫌がるようなことはしません」


 もう一度立ち去ろうとした背中に、女の子からの声が向けられる。

 俺がこの場にいたくないというのを察してくれたのだろう。

 その代わり―――


「お名前だけでも、お聞かせくださいませんか? このご恩、お返ししたくて……」


 名前なんて余計に言えるわけがない。

 警察が来たあと、名前でも挙がれば間違いなく立ち去ったことに対してとやかく言われるだろうし。

 だから、俺は振り返って。少女にただ一言。


「君を助けられてよかったよ」


 紛れもなく、これだけは本心だ。だからこそ、この言葉だけで許してほしくて。

 それだけ言い残して、今度こそ。

 俺は少女の乗るバスから足早に立ち去ったのであった。



 ♦♦♦



 ―――この時、俺は知らなかった。


「見つけ、た」


 この時、あの助けた女の子の顔が。

 不思議なことに赤く染まっていて。


「私に、なんの下心もなく手を差し伸べてくださる方……」


 いわく、乙女のような顔をしていたそうなのだが。

 あの時の俺はすでに背中を向けて、どうしても気づくことができなかった。

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