プロローグ
東京の、そしてそれなりに名門である私立西条院高等学校。
都内の中でも上位の進学校で、倍率も毎年かなりのものだ。
その理由としては、あの西条院グループが運営している高校だということが最もたるところだろう。
―――世界的に有名な、西条院グループ。
ITやアパレル、不動産に銀行、噂によれば軍事的な事業にも手を伸ばしているらしく、今やその名前を知らない国民はいないと言われているほど。
そんな会社が運営しているということもあって、設備も私立の中ではトップクラスに充実。さらには取締役自らが「若者にはのびのびとした学びの場を」と、学費も相場よりもかなり低く設定されている。
まさに、受験生にとっては憧れだ。
そんな場所に入学できた時点で、世間でデカい顔して自慢できることだろう。
そして、その学校には。
ある、一人の女の子が在籍していると、校内だけではなく校外……世間でも噂されている───
「ふふっ、おはようございます」
艶やかな、雪景色に似合う銀色の長髪。
整った鼻梁に潤んだ桜色の唇。長い睫に端麗な、あどけなさも残る美しすぎる顔立ち。
歩けば誰もが自然と目で追ってしまう、モデルも顔負けな女の子。
『西条院さん、やっぱり綺麗……』
『何度見ても可愛すぎる……あれで私達と同年代なんでしょ?』
『あぁ、お近づきになりてぇー。付き合ったりできねぇかなぁ』
―――西条院柊夜。
あの西条院グループの代表取締役。多くの事業を纏め、手腕一つで世界的規模まで押し上げた男の一人娘。
いわゆるお嬢様で、高嶺の花。
学校の何人が告白し、玉砕していったことか。
メディアでも何度も顔を出し、モデルでもないのに雑誌で特集を組まれるほどの容姿を持つ彼女は、正に学校内での有名人である。
『馬鹿言え、あの西条院グループの一人娘だぞ? 俺達じゃ相手にならねぇって! 現に、男はおろかまともに同じ女ですら相手にされてないって話だぞ!?』
『けどよ、《《転校生には話しかけてるじゃねぇか》》……ほら、同じクラスの』
そんな彼女が―――
「あら、私がご挨拶しているのにお返事を返していただけないなんて……むすーっ、ですよ。時森さん」
……どうしてか、俺の目の前にいる。
「……お嬢様、ご友人への挨拶はこちらではなく他所だと思われます」
「悲しいことに私の挨拶の予定は時森さんしかいないんです。しくしく、相変わらず私の交友関係の狭さときたら……涙ものです」
俺—――時森望の隣に座り、わざとらしく泣き真似をしてくる西条院。
朝のホームルームが始まる前。まだ教師も来ておらず、皆がクラスメイトとの談笑に興じている中。
隣に座っているお嬢様は、さらに距離を詰めて―――
「まぁ、ぶっちゃけ交友なんてクソ食らえなのですが♪」
なんてことを物凄い笑顔で言うんだこの子は。
「ふふっ、冗談です。もちろん、最低限のコミュニケーションは取りますよ」
「そ、そうだよな……」
「時森さんとは違って」
いけない、涙が。
「ごほんっ! 俺はただ単に日本人との距離の詰め方を測りかねているのであって俺の未来が明るくなることを知らないお嬢様の認知の訂正は一旦置いておこう」
「おや、まるで今まで《《海外に住んでいた》》と仰ってるような文脈ですね」
「………………」
しまった、俺が海外に住んでいたのは秘密だった……ッ!
一ヶ月経ったし、ある程度染まれたとは思うんだが……とにかく、ここは多少強引でも話を逸らさなければ。
「実は今日、俺の下着は黒なんだ」
「唐突なセクハラにびっくりです」
しまった、本当にしまった。
これじゃただの変態だ。
「ちなみに私はレースのピンクです」
恐ろしい……変態の発言にこうも堂々と女性が話に乗っかってくるなんて。これが日本か。
「そ、そもそもっ! 学校で過ごす三年間の主立った思い出の中で語られるのは友人との青春だと教わったんだが……」
「そうは言いますが……私に話しかけてくる方々はサンタさんのプレゼントほしさですよ? 西条院グループの恩恵か、この容姿。悲しいことに、今までの体験談的にその二つです」
「ふむ」
まぁ、確かに西条院からしてみれば、そう思ってしまうのも無理はないと思う。
何せ、モデル顔負けの容姿に、将来は安泰どころか富豪とさえされている父親の威厳。
仲良くなろう、と思っている中に下心を抱いていない人など数少ない。
まったくいない、までは言いすぎだとは思うが、西条院が警戒してしまう理由も分かる。
ただ―――
「なぁ、その理屈で言うと俺も同年代でかつ男だし、サンタさんのプレゼントを待つ子供枠なんだが……」
「ふふっ、そうですね。確かに、私は言いすぎたかもしれません」
そっと、西条院の手が俺の手へと伸びてくる。
わざわざ避ける必要もない。けど、《《今まで異性と関わる環境にいなかった》》俺は異性の免疫が悲しい話あまりなく……触れた瞬間、思わず背中が跳ねてしまった。
しかし、そんな俺の態度が面白かったのか。西条院はあどけなさの残る美しい顔に笑みを浮かべて、視線を合わせてくる。
「……ついこの前、私は乗っていたバスでハイジャックに遭ったんです」
そして、今度は。
違う意味で背筋が跳ねてしまう。
「父親が軍事事業に手を出し始めたからでしょう。目的は私……恐らく、娘を誘拐して事業を潰すかいいように利用でもしたかったのでしょう。実行犯は、そんな人達に依頼を受けた外部の人でしたが」
「……………」
「護衛の人もあっさり倒されてしまい、本当に絶望しました。今から何をされるんだろう、どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないのでしょう、と」
けれども、そんな事件に巻き込まれても西条院は今ここにいる。
だって、それは―――
「けれど、その時……彼が助けてくれたんです」
もう、解決した事件なのだ。
世間でも騒ぎになった。今時にしては珍しい、ハイジャックの事件として。
だが、それは自衛隊と西条院グループの活躍によって解決したと報じられたはず。
しかし、当事者の発言は違っていて。
「心細かった私に手を差し伸べてくれました。《《同い年》》ぐらいのはずなのに、犯人相手に果敢に立ち向かい、立ち回りはプロと呼べるほどのもの……どうして、そんな動きができるのか不思議ではありましたが、その時の私はそんなこと考えられないほど泣いていました」
「そ、そうか……」
「結局、その人一人でハイジャック犯を倒してしまったんです―――約束を守ってくれた。救ってくれた。嬉しくて、名前を聞きました。恩を返したいとも言いました」
それでも、言わなかった。
だって、きっと《《そういう目的で助けたのではない》》はずだから。
「その代わり、彼は「傭兵」とだけ。顔はフードにマスクをされていたので分からなかったのですが。彼からはそれだけを教えていただけました」
そっと、西条院が体を寄せてくる。
「報酬はほしくない。素性が分からなかったとしても、この容姿を見ても何もほしそうにしなかった。きっと、掛け値なしにお優しい方のでしょう……自分の命のこともあったのでしょうが、彼はなんの対価も求めず私を助けてくださった」
「ちょ、近いって西条院……」
「分かっているのは、同年代で男の子。一番に声ですね」
甘く鼻孔を擽ってくる甘い香り、肩越しに伝わってくる温かくも柔らかい感触。
何より、横を向けば美少女の唇が触れてしまいそうなこの距離。
だが、それよりも俺は。そんなことが気にならないぐらい。
《《何回も聞かされているこの話を聞いて》》、《《未だに心臓が激しく脈打っていた》》。
「あの人にもう一度会いたい。お礼を言って、仲良くなって……できれば、私の傍にいてほしい。他の誰でもなく、その人に一緒にいてほしい。守ってほしい、その他すべてを支えてあげたい―――あの日から、どうしてもその想いが強いのです。その人以外は、絶対に嫌です」
嫌、と言いながらも。
学校の誰にも見せたことのない表情で。
学校の誰にもしたことのないような距離感で。
「私、意外にも記憶力はいい方でして……」
そして―――
「できたら、その人から名乗りを上げてくれたら嬉しいですね♪」
そう、俺の耳元で言い残し。
席を立って、上機嫌な様子で教室を出て行った。
―――時刻は、そろそろホームルームが始まらんとしている頃。
西条院とは違うクラスだ。自分の教室に戻るのはとても自然。
ただ、どうしてか俺には『言いたいことを言って余韻を残させている』ようにしか見えなくて。
「はぁぁぁっ……」
思わず、ため息が零れてしまう。
周囲から、改めて聞こえてくるヒソヒソとした声。
まぁ、クラスのただの平民……どこにでもいるような男が、あの西条院と仲良さげに構われていたのだ。気にならない方がおかしな話。
けれども、毎度のことながら。
もうすっかり何度も聞かされたこの話を受けたあとの俺の頭の中は、周囲の反応など気にできる余裕はなくて―――
「多分、バレてるよなぁ……《《俺が助けたって》》」
そうでなかったら、あの西条院グループのお嬢様がこんなに構ってこない。
……あの日、あの時。
俺があのタイミングで帰らなければ―――いいや、それだと西条院が。
(い、いやいやっ! まだバレていない可能性もある! だからまだ……そうっ、まだ大丈夫っ!)
そう心の中で思いながら、俺は思わず西条院柊夜という女の子と初めて出会った時のことを思いだした―――
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次回は12時過ぎに更新!
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