3
神の思考は、数万数十万の細胞を同時に統べる。
惑星ギレインの各所で、一度は沈静化したかに見えたディタッチャーによる蹂躙が、より苛烈な第二波となって再開されていた。ヤツらの捕食と侵略の本質は、単なる殺戮ではない。ありとあらゆる生命体に取り付き、寄生し、その自由意志を内側から簒奪して完全なる支配下に置くことだ。
その魔の手は、炭素ベースの有機生命体たる人間や原生生物だけに留まらなかった。無機物であるはずのサイボーグ、戦闘用アンドロイド、自律型重ロボットにいたるまで、ディタッチャーは漆黒の神経接続節を傲然と伸ばし、電子回路の隙間に強引に割り込んではその制御権を掌握していった。
そして、その天文学的な数の端末─ディタッチャーを、大元で一括して操る単一の絶対意志──それこそが、偽神と称される超越存在〈ミューニュー〉であった。
一個体ずつを個別、かつ完全に同時に操作するスーパーマルチセイム。これを数万、数十万、あるいは数百万単位で遅延なく処理できるその超次元的な演算頭脳は、まさしく人類が古来より恐れ、崇めてきた『神』そのものと言っても過言ではなかった。星の全域で同時に行われる捕食と進化のすべてが、ミューニューという単一のニューロンが描く、巨大な絵画の一筆一筆に過ぎないのだ。
だが、そんな宇宙規模の災厄の全貌を知る者は誰もいなかった。
「ヴァルター! 冗談きついぜ、何の真似だ!?」
インカムに向かって叫ぶが、返ってくるのは不気味なホワイトノイズだけ。
戦場での悪い予感は往々にして的中する。
私の脳裏に、さっき装甲の隙間に見えた、あの生き物の髭のような黒い糸[#「黒い糸」に傍点]の残像がよぎった瞬間、ブリッジ側からヴァルターの怒号が兵器庫に据え付けられた艦内放送用無線機に割って入った。
『──なんだ? レーダーには何も映ってねぇぞ! 警告灯が全部イカれやがった! おいオリガ、そっちで変なスイッチでも押したんじゃねぇのか!?』
通信の向こうで、彼が狂ったように物理スイッチを叩く音が聞こえる。
「風評被害はやめてくれヴァルター! あたしはこう見えてもアトラ星の航宙軍事アカデミーを首席で卒──」
言いかけた言葉は、脳髄を直接ノコギリで挽かれるような、ひどく冷徹な思念によって遮断された。
〈……アンリーシュ……アンリーシュ……〉
低く、かつ無数の人間の声を重ね合わせたような、不快な合成音声が脳内を直接通り過ぎていく。
「な、今度はなんだってんだ……っ!」
私はバイザーのフラッシュライトを点灯させ、閉じ込められた兵器庫の四隅を見廻して索敵に入ったが、目に見える不審な影はどこにも見当たらない。
その直後、狂ったように鳴り響いていたアラートの渦が、ピタリと、文字通り一瞬で止んだ。
訪れたのは、耳が痛くなるほどの完全な静寂。
そして──。
フワリ、と身体が浮き上がった。凄まじいマイナスGが全身を襲う。
「うぉぉぉぉぉぉ!」
天井に背中から叩きつけられてすぐさま地面を舐める。
「グハァッ!」
船体が不自然な角度で傾斜し、ブリンプは凄まじい速度で急降下を始めた。
「オリガ! どこかに掴まってろよ!」
壁の隙間から、熱で焼け付くエンジンオイルの、鼻を突くツンとした悪臭が兵器庫内へと充満してくる。幸いなことに、この船は超分子装甲で固められた頑強なブリンプだ。船体上部の巨大なエンベロープに充填された、ヘリウムガスによる浮力がある程度は確保されていたため、推力を失っても一気に自由落下することはなかった。
「言うタイミングが一足遅かったよ……」
しかし、その重いメタリックな機体は、目に見えて徐々に、だが確実に高度を落とし続けていた。
まるで、大地の底に潜む巨大な捕食者の口へと、磁力で吸い寄せられるかのように。
私たちの船は、惑星ギレインを南北に切り裂く、あのハーフスプリット大亀裂の、光すら届かない最深層の暗闇へと引き寄せられていく。
「ヴァルター! この角度、この速度はまずい! このままじゃ惑星のコアにまで真っ逆さまにたどり着いちまうぜ!」
「大丈夫だ! 俺もまだ、ヤハウェに拝謁するつもりはねぇ。なんとかしてみせる」
ヴァルターの咆哮とは裏腹に、ブリンプはなおも高度を落とし続けていく。ガガガ、と二重装甲が外気圧の急上昇に悲鳴を上げた。
ハッチのロックは、船体の傾斜による電圧の異常変化のせいか、いつの間にか解除されていた。私は兵器庫を飛び出し、手近なハンドガンを掴んで船内を見て回ったが、やはり通路にも、居住区にも、目にみえる異常な敵の姿はない。
ブリッジへ戻ると、ヴァルターが操縦席のコンソールに組み付いていた。彼はモニターから操作できるあらゆる緊急復旧シーケンスを試そうとしていたが、グローヴでタッチパネルに触れても、画面には─ACCESS DENIED─の文字が冷酷に明滅するばかりで、すべての入力を無慈悲にキックされる。
「クソが、これだから全面電子制御の最新型ってやつはいただけねぇ……! 機械はレバーとワイヤーで動くのが一番なんだよ!」
ヴァルターがコンソールを拳で叩きつけ、シートから巨体を起こした。
「俺は直接エンジンルームに降りて、物理バイパスをチェックしてくる。オリガ、メインモニターは死んでるが、ガラス張りのブリッジから肉眼での索敵はできる。オートパイロットもオンになっているからここを頼む、周囲を警戒し続けてくれ」
「わかった。そっちも気をつけてな、ヴァルター」
俺は腰のアックスシースからトマホークを引き抜き、予備のフラッシュライトドローンを数機、宙に放って従えながら、最下層のエンジンルームへと続く重いハッチを開けた。
ドローンが静かに駆動音を立てて先行し、暗黒に沈んだ機関室の眼前を白光で照らし出す。
「チッ、予備電源のライトすらつかねぇのか。完全にシステムがハッキングされてやがるな」
暗闇の奥で、つぶやいた声が低く苦々しく響く。
メインエンジンコントロールパネルの前まで辿り着くと、液晶画面がチカチカと、まるでモールス信号のように不規則に明滅していた。
「これが、制御不能の原因か……?」
髭をさすりながら顔を近づける。乗船時の戦前チェックでは確実に見受けられなかった、ひどく複雑で美しい、幾何学的な「七宝の紋様」が、バグったモニターの液晶ノイズの中に浮かび上がっていた。
「この紋様は……」
その異常な幾何学模様を注視した、その瞬間だった。
ピシャリ、と画面のガラスが内側から弾け飛び、液晶の裏側から、どす黒い有機神経節の束が、まるで飢えた毒蛇のように飛び出した。
標的は、俺の顔面、その眼球。
数々の修羅場を潜り抜けた元特級パイロットの直感が、コンマ数秒の差で身体を後ろへと跳ね上がらせた。
肉を穿つ鋭い音が響く。神経節の突進は頬をかすめ、背後で周囲を照らしていたフラッシュライトドローンを一撃で貫通、粉砕した。
一瞬で周囲が完全な闇に包まれる。
「舐めるなよ、小虫が」
闇の中で即座にカウンターを繰り出した。トマホークが、鋭い弧を描いて空間を切り裂く。確かな手応えと共に、うごめく神経節の根元を根こそぎ切り落とした。
ブリッジで外部を索敵中だった私の耳に、オープンデッキの防音ガラス越しでもはっきりと聞こえるほどの、引き裂かれた悲鳴のような、あるいは金属を引っ掻いたような奇妙な鳴き声が届いた。
「そこかっ!」
私の身体は、思考よりも先に動いていた。外骨格アームの瞬間的な最大出力を活かし、ハッチを蹴開けて船体上部の外部オープンデッキへと力任せに飛び移る。
気流の激しい風圧の中、船体の上部装甲、まさに光ファイバーの配線管が通るハッチの真上に、半透明の皮膚をうねらせた小型のディタッチャーが取り付いていた。ヤツは何故だか知らないが、苦悶に身をよぎらせているように見える。
「ヴァルターが何かしたのか? あたしたちの船に、気安く触るんじゃないよ!」
手にした劣化ウランプラズマ弾を装填したハンドガンをゼロ距離でヤツの眉間──とおぼしき器官へ押し付け、引き剥がしてから船の外側に向けて引き金を引いた。
ドン、という重い銃声と共に、ディタッチャーの肉体が黄色い汚物となって夜空へ吹き飛ぶ。
即座にインカムの全チャンネルを開き、最下層のヴァルターへ叫んだ。
「ヴァルター! 上のノイズの元は始末したよ! そっちのコントロールは戻ったかい!?」
数秒の不気味な沈黙の後、スピーカーから返ってきたのは、かつてないほどに弱々しく、そして神妙なヴァルターの掠れた声だった。
「……オリガ、ダメだ。上の個体を殺しても、もう遅い。メインコンピューターの基盤そのものが、すでに完全に焼き切れてやがる……コントロールが戻ることは、もうねぇ。俺もすぐブリッジに引き返す」
「……なんとかなるさ」
ヴァルターと合流してからすぐに対応策を協議し始めた。
「こういった船にはパラシュートが積んであるはずだろ?」
「ああ、だがそれは地表に安全に着くための装備だ。奈落の底に何があるかなんて誰もわからねぇ……」
ヴァルターの絶望的な呟きと同期するように、推進力を完全に失い、ただの巨大な金属の塊と化したブリンプは、急激に落下速度を上げ始めた。時速数百マイル。大気との摩擦で、船体のメタリックな超分子装甲が赤黒く加熱されていく。
「グッ……なんとか崖に辿り着ければ」
私たちは、ハーフスプリット大亀裂の底の底、この惑星のコアへと、狂った矢のように引き寄せられていく。
「ヴァルター! 前を見て! 何か、信じられないものがあるぞ!」
ブリッジのガラス越しに前方を見据えた私が、声を裏返らせて叫ぶ。
「……あれは、ギレインのコアなのか……?」
ヴァルターも、その光景を目にした瞬間、言葉を失った。
突如として、言葉にできない奇妙な感覚に陥った。
それは、全身が底なしの濃密な水の中に沈められたようでもあり、あるいは、実体のない虹色の煙の中に包み込まれているようでもある、物理的な認識が崩壊する不思議な感覚。
それこそは、地表の数万倍という極限の地圧と、数千度の地熱によって超圧縮された気体が起こす物理現象──超臨界流体の海であった。気体でありながら液体と同等の密度を持つ、その目に見えない濃密な空間へ突入した瞬間、まるで巨大なマシュマロのクッションにでも包まれるかのように、飛行船の激しい降下は柔らかく、そして確実に制動され、完全に停止した。
「ここは、一体全体なんなんだ……? 船が、浮いたまま完全に止まったぞ?」
ヴァルターがコンソールの高度計を叩くが、針は微動だにしない。
私は、ガラスの向こうに広がる、夢のような、あるいは地獄のような光景から目が離せなかった。
恐る恐るブリッジの外部ステップへ進み、雲のように足元にわだかまる半透明の流体の中へと、外骨格の足を下ろしてみる。
「バカっ! やめろオリガ!」
背後でヴァルターが引き裂くような声で叫んだが、私の足はすでにその領域に触れていた。
「……あれ? よくわかんねぇけどさ、ヴァルター。ここ、普通に歩けそうだぞ?」
私は振り返り、外骨格のバイザー越しに、屈屈なく無邪気な笑みを浮かべてみせた。地表での過酷な戦いと丧失の連続で麻痺していた私のネジは、ここへ来て完全に外れてしまっていたのかもしれない。
「まったく、お前というやつは……度胸があるんだか、ただのイカれたバカなんだか……」
呆れ果てたヴァルターは、怒る気力を失ったように、大きな手のひらで頭を抱え込んだ。
だが、その奇妙な超臨界の平原の向こうに広がる光景は、すぐに私たちの冗談を掻き消した。
遠くの虚空には、巨大な岩や引き裂かれた大地の土塊、そして本来なら激しく流動しているはずの赤黒いマグマらしきものが、完全な球体となって、重力をや気温や湿度といった環境を無視してあちこちにプカプカと漂っている。さらにその隙間を縫うように、美しくも禍々しい液体金属の川が空中を蛇のようにのたうち回り、強力な磁場によって幾何学的に編み上げられた、未知の鉱物植物の根が、空間を巨大な網のように満たしていた。
そのどれもが、現実の物理法則を嘲笑うかのような、圧倒的な超越の力によって静止し、維持されていた。
「……とにかく、俺は船体の物理的な亀裂だけでも修理してくる。オリガ、頼むからそれ以上はあまり動き回るんじゃねぇぞ」
「わかってるって、ヴァル──」
私の言葉は、最後まで紡がれることはなかった。
言い終わるよりも早く、私とヴァルターの身体は、まるで見えない巨大な針で空間に縫い付けられたかのように、同時に真上を向いて硬直した。
「あ、が、……ッ!?」
声帯から漏れ出たのは、人間の声とは到底思えない、押し潰された絶叫だった。
凄まじい脳圧の急上昇。網膜バイザーの向こうで、私とヴァルターの目から、ドクドクと赤い血の涙が溢れ出し、頬の傷を濡らしていく。全身の外骨格フレームが、私の意志とは無関係に、限界出力を上げてガチガチと痙攣を始めた。必死に、必死に指一本だけでも動かそうと、目に見えない何かに抵抗を試みるが、それは赤ん坊が巨人の腕に挑むよりも愚かで無意味な抵抗だった。
鈍く重い鉄の裂けるよな音が聞こえ始めた。
ハードフレームが超自然的な力で右脚から左脚、胴体から両手、最後に頭と無理矢理引き剥がされた。
「グググ……」叫び声すら捻り潰される。
空中に静止したフレームの残骸に肉がこびりついて血を垂らしている。
更に脳が締め付けられる感覚が──
「グア、あああああああーーッ!!」
ヴァルターと同時に断末魔のような咆哮を上げ、次の瞬間、視覚情報がシャットダウンした。
二人の巨体は、完全に脱力した状態で、立ったまま意識を失った。
パチ、パチ、と外骨格の電子制御が完全に沈黙する。
意識を失った身体は、超臨界の平原から少しずつ、不自然に宙へと浮かび上がっていく。
やがて、その巨大な地下空洞に、完全なる静寂と静止が訪れた。
浮遊する私たちのすぐ近くで、空間の密度が不自然に歪み始めた。
超臨界の霧が集まり、表面がうねうねと生き物のように蠢く、巨大な「クロイゾネのスフィア」が、その輪郭を明確にしていく。
光の屈折が狂い、空間がパチパチと爆ぜる中──ついに、あの偽神〈ミューニュー〉が、その悍ましくも神聖な姿を現実世界へと顕現させた。
〈……ポラプラシアズモス……エザプロシ……パラシティズモス……キリアルフィア……〉
呪詛の言葉、明確な殺意と法則性を孕んだ単語が、幾重にも重なるエコーとなって超臨界の空間にこだまする。
〈━━━━━━━━━━━━━━━〉
それは、もはや人間のような下等生物の鼓膜では、物理的に聞き取ることが出来ない領域の音だった。超高周波のノイズなのか、あるいは高次元の思念言語なのかすらわからない空気の微振動が、同心円状に、惑星の隅々へと広がっていく。
だが、その神の号令は、惑星ギレインに存在するすべてのディタッチャーたちへと、瞬時に、かつ強制的に伝達された。地表や地中のあらゆる場所で、ヤツらの肉体が、あの不気味な七宝体の紋様を描くように蠢き、その場に一斉に浮かび上がったのだ。
大型、中型、小型、テレスティアル、インセクタ、そして全ての海の生物。さらには、寄生された有機物、無機物を問わず、ありとあらゆる生物の肉体の中で、ディタッチャーの神経節が狂暴に脈動を始めた。
神の意志による強制進化の始まりだった。
ミューニューは、支配した端末たちを、より攻撃的に、より生存に特化させ、あらゆる弱点を削ぎ落とすための超進化を強制的に促した。
地を這うだけの陸生生物の背中からは、肉を突き破って巨大なコウモリのような有機の翼が生え、肺は瞬時に変異して水中での呼吸を可能にした。
海を泳ぐだけの水生生物には、地上で酸素を取り込むための肺呼吸器官が瞬時に形成され、強靭なヒレは強固な四肢へと進化して大地を力強く踏みしめた。
天空を駆ける飛行生物は、深海の超高水圧に耐えうる肉体を手に入れ、水中でも、陸上でも、何不自由なく活動できる究極の肉体を獲得していった。
だが──そこまでの、生物学的な限界を超えた究極進化とも呼べる最終形に辿り着いたとしてもなお、一つの決定的な、そして絶望的な壁が存在していた。
宇宙空間での生存、および活動への適性が、彼らには致命的に欠落していたのだ。
どれほど肉体を変異させようとも、星の重力の縛りに対抗し、真空と絶対零度、そして狂った宇宙放射線が飛び交う外宇宙の深淵で自立活動することは、一般的な生物学の範疇では不可能であるという冷酷な現実。
ミューニューの飢えた野心は、こんな辺境の、肥溜めのような惑星ギレインの支配ごときでは到底満足していなかった。目指す先は、より遥かなる深宇宙、すべての知的生命体が住まう天体の捕食だった。
偽神は、冷徹な演算の末に一つの結論に至った。
宇宙へと進出するための強力な推進力を得るには、莫大とも言えるエネルギーを生産するための巨大な機関を新たに創造すること。そして、その超エネルギーが放つ熱量と圧力に耐え得るための、強固な内外器官や超硬度の外殻の獲得。
現存する宇宙連合の、あの失われた生物船製造技術を応用し、この環境そのものを造り替えれば、自らの肉体と端末を宇宙へと旅立たせることができる、と。
幸運なことに、ディタッチャーが地表で寄生し、脳をハッキングしたある一人の人間の科学者が、まさにその生物船製造技術の核心を握る超一流のエンジニアであった。彼のアドレナリン塗れの脳細胞から、必要とするすべての機密情報は、瞬く間にミューニューの全神経網へと伝達された。
だが、そこで大きな、致命的な問題が浮上した。
現在のギレインにおいて、その航空宇宙船建造に必要不可欠なコア技術や、細胞結合装置──通称〈C・F・D〉の現物は、あの主要都市ゴルドをディタッチャーが力任せに侵略し、灰燼に帰せしめた際、完全に破壊され、失われてしまっていたのだ。
いくら神に等しい頭脳があろうとも、物理的な実体を持たぬ精神体である自身や、単純な寄生・破壊しか行えない肉体労働用のディタッチャーたちでは、航空宇宙船の巨大な建造設備をゼロから再建し、精密な生物船作成作業を行うことは不可能であるというジレンマ。
ミューニューの思考の巡りが、一瞬、不快なノイズのように激しく歪んだ。
だが、その超越存在の視線の先には──静かに宙に浮かび、意識を失って血の涙を流している、二人の優れた人間がいた。
〈……モートゥス・エスト……〉
空間を揺るがす神の声に呼応するように。
「~~~~♪♪」
意識を失い、完全にミューニューの操り人形と化したオリガとヴァルターの唇が、同時に、完璧なシンクロニシティをもって動き出した。
二人の口から漏れ出たのは、この世のものとは思えない、ひどく美しく、そして聞いた者の精神を内側から狂わせるような不思議なメロディーだった。
それは、失われた地球の言語でも、連合の公用語でもない。惑星そのものを呪い、崩壊させるための歌。──完全なる、破滅の到来を告げる古の賛美歌。
ミューニューは、ギレインの完全なる支配と、その先にある外宇宙への進出に向け、星の全域に散らばるすべてのディタッチャーの進路を反転させ、このハーフスプリット大亀裂の深層へと差し向け始めた。
数百万、数千万の黒い群れが、大地の裂け目へと津波のように流れ込んでいく。
この惑星のコアに直接寄生し、地殻そのものを超分子装甲へと造り替え、ギレインという惑星自体を──巨大な、ひとつの生体宇宙船[#「生体宇宙船」に傍点]へと強制同期進化させるという、狂った神の計画が、いま静かに幕を開けた。




