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時層剥離 ── The Detachers ──  作者: 高槻全壱
CHAPTER 3 [ Stuck Heart ]
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2


「どこまでいくんだよこいつは。もう6マイル以上は歩いたぞ。しかも何も喋りやしねぇ」


 自分の声が、無機質な金属製の隠し通路の壁に反響して、ひどく歪んで耳に届く。脱出ポッドの地表衝突時に歪んだ私の専用ハードフレームベースは、ヴァルターの応急処置のおかげでどうにか動いてはいたが、一歩踏み出すたびに内部のサーボモーターがギチギチと軋んだ悲鳴を上げていた。


「とにかく後をついていくしかないな。敵意があれば、俺たちはあの兵器庫でとっくに細切れのロールステーキにされてくたばってるはずだ」


 ヴァルターはプラズマライフルのグリップを握ったまま、油断なく前方の闇を見据えている。


「確かにそうだけど……妙じゃないか? さっきから歩度を上げて試してるんだが、どうやってもあいつとの距離が縮まらないんだ。まるで空間そのものが引き伸ばされているみたいに、一定の間隔以上は絶対に近づけない」


「ああ、確かにそうだな。それに……」


 ヴァルターが不意に言葉を詰まらせ、ナイトヴィジョンの緑色の光に照らされた髭面を怪訝そうに歪めた。


「それに、何だい?」


「気づいているかもしれないが……前を歩くあいつ、歩行している時に全く『上下運動』をしていないんだ。接地しているはずの足元が、ミリ単位すらブレていない。生物の骨格運動としては、逆立ちしたってあり得ない動きだ」


 言われて目を凝らす。非常用の仄暗い照明が、ボロフードを深く被った謎の人物の足元を一瞬だけ照らし出した。

 デコボコの、粗削りなコンクリートと岩の地面。それを、あいつは歩くというより、まるで氷の上を滑るように完全に水平にスライドして進んでいた。質量を感じさせないその不自然な動きは、現実の物理法則から完全に切り離されているようで、私の背筋に冷たい戦慄を走らせる。


「ゴーストスライド歩法なんて、連合の特殊隠密部隊の最高級インプラントでも聞いたことがないぜ。レトロなアンティークゲームの、出来の悪いキャラクターじゃあるまいしね」


「ウェルギリウス──地球文明で古代の地獄と煉獄の案内人──に付いて行った者が、最後にどうなったか知っているか? 待つのは底なしの破滅だ」


 ヴァルターが私のよく知らない古めかしい地球の知識を吐き捨てるように呟く。


「ハッ、もしあいつが途中で牙を剥いてくるってんなら、サタンだろうがデーモンだろうが、この大口径プラズマの風穴を開けてあの世に送り返してやるさ。任せときな」


 愛銃を一瞥し、重い金属音を響かせてコッキングレバーを引いた。失われた右脚と左脚、そして引き裂かれた頬。ドボゴラに壊された肉体の、目の前で生きていた人たちを殺される喪失感への麻痺を、これ以上恐怖という形で感じたくはなかった。怒りだけが、今の私を動かす唯一の燃料だった。


 私たちは黙々と、地中深くへと続く薄明かりの下り階段を降りていった。

 次第に人工的な壁は途切れ、周囲はゴツゴツとした土塊や、地球外特有の結晶を含んだ岩肌が剥き出しの自然洞窟へと変貌していく。空気は次第に希薄になり、代わりに強烈な地熱と、未知の鉱物が放つ金属臭が鼻腔を突き刺す。


 そこからさらに、どれほど歩いただろうか。

 突然、視界が文字通り消失するほどの圧倒的な空間へと躍り出た。無機質で、見たこともない複雑な幾何学模様が壁一面に、まるで自己増殖する結晶のように広がる軍によって整備されたようには見えない巨大な地下空洞だ。

 その空間の中央で、前方を歩いていた人物が、唐突にその足を止めた。

 音もなく、ただ滑らかに静止し、ゆっくりとこちらに向き直る。


「なんだ? ここまで案内しておいて、いまさら取り引きの変更ってわけじゃないだろうね!」


 直感的な危機感が私の指を動かした。ライフルを構え、銃口をその影の胸元へとピタリと向ける。同時にヘルメットのフラッシュライトを最大出力にして、あいつの顔の、フードの奥の暗闇へと照射した。

 だが、信じられないことが起きた。


 照射された強力な光の束は、あいつの顔に触れた瞬間に吸い込まれるようにして霧散したのだ。反射光が一切返ってこない。それどころか、纏っているボロ布のように見えたものは、服でも装甲の類でもなく、物理的な光を遮断・吸収するひどくあやふやな闇そのものだった。


 当たった光の境界線が不自然に消滅し、あぜんとしたことに、その光はあいつの身体を透過して背後の岩壁を照らし出している。

 そこに佇んでいたのは、3次元の立体ではなく、空間にベンタブラックのシルエットだけを切り取って模り、貼り付けたような、冒涜的な二次元の影だった。


「           」


 影の、口があると思われるあたりが、ウゴウゴと生き物のように歪に揺らいだ。何かを、猛烈な熱量で喋っているような挙動。しかし、私たちの鼓膜には、空気の振動としての声は一向に聞こえてこない。ただ、脳の奥の受容体が、意味を成さないノイズを感知して激しく明滅するだけだ。


「チッ! 最初からこうしておけば良かったぜ!」


 ライフルを構え、引き金を絞ろうとした私の前に、ヴァルターが太い腕を差し込んで制止した。その顔は恐怖ではなく、ある種の圧倒的な驚愕と、諦めにも似た納得の表情に支配されていた。


「オリガ、やめておけ……銃もグレネードも無駄だ。恐らくこいつは、古い伝承にある陰りし者──〈オパカス・ラパカス〉だ。プラズマ弾を叩き込もうが、反物質をぶつけようが、こいつのシュヴァルツシルト面の前では、あらゆる相互作用が0に帰す。そもそも、これが『生命体』であるのかすら、宇宙のどの知的文明も証明できていないんだ」


「そのアスパラだか何だか知らない影は、一体全体何者なんだい?」


「その昔、ゼルコヴァ博士という狂った学者が『特異点観測記録』を連合学会に発表した。主張はこうだ──『エクソファス』空間にアクセスできれば、観測者は時間の制約を受けず、あらゆる時空間の座標に任意のタイミングで干渉が可能になる。その存在がオパカス・ラパカスだといった狂ったものだった。当時はマッドサイエンティストの戯言だと嘲笑されていたよ。俺も半信半疑だったが、ここに来て信憑性が上がったよ」


 銃口は下げたものの、外骨格の出力を限界まで上げて警戒を解かないまま、私はヴァルターの言っていることを半信半疑で聞いた。


「お前も歴史の授業で聞いたことがあるはずだ。かつてあの飢えたタブリフターどものターゲットにされたアトラ人が、種族ごと絶滅せずに済んだ最大の理由。リベリオンバーストのグラウンドゼロにも、あの凄惨極まるピーシー戦役時の双子惑星イザギザの内戦データにも、歴史の転換点となる大虐殺の影で、度々このシルエットが目撃されている。高次元の思念体生物の類、というのが後に連合のサヴァン達が出した限界解釈だ」


「大虐殺の現場にばかり顕現するって? とんでもなく不吉でクレイジーな野次馬じゃないか。だがあたしはまだこの目で見た事がなかったね」


「オリガ、まだわからないか? こいつが本物のオパカス・ラパカスだとすると、俺たちはとんでもない【厄ネタ】を引いちまったってことだ……」


 こんなにも眉を顰めているヴァルターを見たのはこれが初めてだった。


「おいおい、その解釈じゃ、この影は地獄からの生還を導いてくれた救世主だろ? 何が厄ネタだよ。助けてくれるってんなら、悪魔の手だろうがゾンビの手だろうが素直に掴んで喜ぼうぜ」


 ヴァルターはフツフツと湧き出す不気味な汗を拭いもせず、トレードマークの髭を弄びながら、神妙な顔で足元の影を見つめた。


「こいつらは……どちらかと言えば『間接的救済者』だ。だが、歴史上こいつらが顕れるのは、決まって惑星単位での超大規模クライシス──つまり、その天体に存在する生命の『完全なる絶滅─エクスティンクション事例』が確定した場合のみなんだよ」


 その言葉が洞窟の空気を凍らせた。

 オパカス・ラパカスが、ゆっくりと再び前方へと向き直る。そして、そのあやふやな闇の右腕を持ち上げ、巨大な地下空間の、さらに奥深くの暗闇を指差した。

 その直後だ。あいつの輪郭が、まるで激しい突風に巻かれた黒い煙のように、一瞬で形を崩して空間へ霧散し、完全に消え去っていった。

 あとに残されたのは、絶対的な静寂。

 あいつが指差した方向へナイトヴィジョンの長距離測量モジュールを向けると、そこに眠る信じられない形状の影が、緑色の世界に浮かび上がった。


「ヴァルター……! 向こうに、何か船のようなものが見えるぞ」


 合図も無く同時にスタートダッシュをキメて走り出す。


「はぁはぁ…なかなかやるじゃないか歳の割に」やはり反応が遅い。ラッシュオーダーのフレームじゃ少なく見積もっても70%のパフォーマンスといったところか。


「フッ……最悪の絶滅の予言者かと思ったが、俺たちにとっては、どちらにせよヴェアトリーチェだったようだな」


 ヴァルターの視線の先、地下の巨大な空間に佇んでいたのは、およそこの遠未来の宇宙連合のドックではお目にかかれない、極めて奇妙な形状の船だった。


「物好きなやつだ。宇宙海賊の隠し財産か、それともスクラップの寄せ集めか……こんなタイプの船、連合の最新カタログにも載ってないぜヴァルター。でもやけに綺麗だな」


「この形で空を飛ぶ船……おいおい、まさか。ガキの頃に古物商のホログラフで見たっきりだ。ハハッ、こいつは腕が鳴るぜ、オリガ!」


 ヴァルターが右の人工肩関節をギチギチと回し始め、男特有の、メカニックに対する少年のマニアックな輝きを瞳に宿した。


「何かわかるのかい? 私にはただの巨大な太った魚に見えるけど」


「こいつはな、もう何十世紀も前に宇宙航行技術の進化によって廃れちまった、テラ古来の軽航空機──『ブリンプ─飛行船』だ。しかも見たところ、装甲を戦闘用に換装し、大気圏外航行用のカスタムまで施されてる。一体どこ

のどいつが作ったか知らねぇが、最高に変態的で素晴らしいセンスだぜ」


「元・超弩級戦艦の特級パイロットだったアンタがそう言うんだ、動くんだろうね。だったら話は早い、早速こいつを分捕って、ボスやカサンドラ、それにヘンリーを探しにいくよ!」


「操縦なら任せな。どんな骨董品だろうが、推進器と舵が付いてりゃ俺の庭だ」


 地下空間の宙空に静止しているその飛行船は、係留索で繋ぎ止められているわけでもなく、ただそこに質量を無視してプカプカと浮きながら、新しい主を待っているようだった。

 表面は鈍いメタリックな光沢を放つ超分子装甲で覆われており、船体の上部は、さながら巨大な308口径のライフル弾のような、先が尖った流線型のエンベロープ。その後部には、異様な存在感を放つ大型の推進エンジンが5基、星の配列のようにマウントされている。そして船体の下部には、人が乗り込めるガラス張りの、滑らかに突出した四角いブリッジルームが、私たちを誘うようにロープラダーが垂れ下がっていた。

 エアロックを抜け、内部に足を踏み入れた瞬間、私はその構造の異常さに声を失った。


「ちょっと待ってよ……外から見たサイズと、内部の広さが明らかに計算に合わない。空間が歪んでるのかい?」


「操舵アシスト、3軸アングルアジャスター、音速ドライブエンジンに、極小ワームホール発生器まで完備されてやがる……。それからこの異常な船内の広さ、やっぱりな。連合の最高機密である『UR技術─アンフォールディングリアリティ:展開現実』が空間骨組に組み込まれてる。外見はただの飛行船だが、全体のスペックは沈没した俺たちの哨戒艦エリシオンより遥かに充実してるぞ。ポリーも移植できたら良かったんだがな……」


「ああ…そうだな」ヴァルターの沈む肩強を静かに叩いた。


「……オリガ、このコンソールの船内マップを見てみろ。兵器庫にお前好みのオモチャが山ほど眠ってるかもだ。今のうちにフルカスタマイズしてこい」


「おいおい、サイコーじゃねぇか! オパカス・ラパカスの旦那に、安物のスコッチの一本でも奢ってやりたい気分だね!」


「のんびり喜んでる暇はねぇぞ。早速俺は船がちゃんと動くか確かめる。あのクソ虫どもがこの熱源に気づけば、すぐにでもここへ群がってくるはずだ。パーティータイムだ」


 飛行船の上部第1層には、最新鋭の重兵器庫と自動サーバールーム。第2層には、快適な乗組員室と船長室が配置されていた。

 私は弾む心を抑えきれずに兵器庫へと飛び込み、その場にある凶悪な兵器群を貪るように物色し始めた。


 メインウェポンには、対装甲用の大口径「50ミリオートガトリング」を選択。そのバレル下に、ディタッチャーの肉を骨ごと吹き飛ばすためのグレネードランチャーを無理やりドッキングさせる。さらに、機能が低下していたハードフレームの改修。ハンドキャノン用のマウント部に、射撃時の超反動を完全に殺す外付けのショックアブソーバーをボルトで直付けした。


 ゴリゴリに重装甲化されたMODで全身を固めると、私の見た目は、もはや歩くフルパワーアーマーと大差ない質量になっていた。仕上げに、不意の接近戦に備え、K.H.C.Q.C用の劣化ウラン製大型コンバットナイフと、近距離用のハンドプラズマ集束ガン、バラニエケプス社製のプラズマ対応アサルトライフル─95アムライを腰のラッチにマウントする。


「よっしゃ! これで連隊が相手でも、そう簡単にはヤられないぜ!」


 私は重厚な足音を響かせながらブリッジへ戻り、発信準備を進めていたヴァルターの前に立って、これ見よがしに重武装を見せびらかした。ヴァルターは私の姿を見て、呆れたように、しかし頼もしそうにニヤリと笑う。


「ヴァルター、アンタにはこれをプレゼントするよ。オールドスクールの最高の相棒だ」


 私は兵器庫の奥で見つけた、重厚なスチール製の44マグナムリボルバーとヴァルターの体格に合わせたトマホークを差し出した。シリンダーには、直撃と同時に内部から肉体を木っ端微塵に粉砕するツーショット爆裂弾がフルロードされている。


「予備の弾薬もバックパックにたんまり詰め込んでおいたからね」


「ハッ、さすがはオリガだ。男のロマンってやつをよく分かってるじゃねぇか。最新の電子トリガーもいいが、地獄の戦場じゃこういう旧式のアナログメカが一番信頼できる」


「そう言うと思ったぜ。そっちも準備完了か?」二人でニヤついた顔を見合わせる。


「ああ、こっちもメインシステムの火入れが終わった。エリシオンの二の舞は、死んでも踏ませねぇ。野郎ども、出発だ!」


 ヴァルターが操縦桿を押し込むと、後部の5基のエンジンが重低音の咆哮を上げて青白いプラズマの炎を噴き出した。同時に、前方の岩壁に隠されていた古代の巨大な防爆ゲートが、重々しい音を立てて左右へと開き始める。


「マップと慣性ナビを確認した。ここは惑星ギレインを南北に引き裂く、ハーフスプリット大亀裂付近の地下8.1マイル地点に建設された、古い地熱発電地殻観測基地だ。もともとあった空洞を軍がコンバージョンしたらしい。ここから主要都市ゴルドまでは約100マイル。この高速飛行船なら、そう長い旅路じゃないぜ」


 だが、安堵の息を漏らすよりも早く、エンジンの重低音に混じって、あのけたたましい不快な羽音がブリッジの外部マイクから拾われ始めた。

 メインモニターの前方パッシブセンサーが、一瞬で真っ赤に染まる。


「早速ヤツらのお出ましだ。数が多すぎて、船のメインコンピューターがスタックしてやがるぜ」


「ハッハァ! 拷問部屋のフラッシュバックでイライラしてたところだ、滾るぜ!」


 備え付けの50ミリガトリングの給弾ベルトをカチリと固定した。


「オリガ、この船の外部デッキはただのオープンデッキしかねぇ! 外に出るなら、自分の身体のロックを忘れるなよ!」


「言われなくたって、バックアップの一切ない状況でリアガードに10人で投入された時よりはマシな環境さ!」


 円形に迫り出したオープンデッキへと飛び出し、フリースライド形式の腰部固定ベルトを四方のセーフティレールに叩き込んでロックした。これでどれだけ船体が傾こうが、私の身体は空中に放り出されることはない。


「ロッケン・ロール!!」


 エイムを手前から合わせトリガーを引き絞ると同時に、50ミリガトリングが毎分4000発の鉄の嵐を吐き出した。凄まじい爆音が地下空間に反響し、前方から雲霞の如く押し寄せていたディタッチャーの群れを、肉片の雨へと変えて貫通していく。

 外骨格フレームを軋ませ、左右に激しくスライド掃射しながら、私は飛行船の前方に絶対的なデッドラインを維持し続けた。


「ハッ! 肥溜めに群がるバグみたいに、命知らずに突っ込んできやがる! かかってこいよ、このクソ虫どもが!」


 密集した群れにはグレネードの雨を降らせる。飛び散った肉と体液が船体と私を黄色く染める。

 船体がランウェイを急加速し始めると、気流の風圧が私の頬の傷を激しく叩く。私は銃口を上下左右へと向け、出入り口の崖の隙間から這い上がってくるインセクタ型の群れへ、容赦なく銃弾の雨を注ぎ込んだ。外骨格のアシストにより、エイムを正確に定めずとも、弾幕そのものが敵を次々と撃ち落としていく。


「操縦席のガラスがヤツらの体液で汚れちまって敵わねぇな。俺も一緒にガトリングをお見舞いしたい言いたいところだが、まだまだお出ましだぜ!」


「任せな! こいつの銃身が焼き付くのが先か、ヤツらが絶滅するのが先か、勝負といこうじゃないの!」


 一斉掃射の火線が薄明を切り裂き、ディタッチャーの編隊に巨大な風穴を開ける。


「くそっ! 何匹か抜けて取り付いた! 頼むよヴァルター」


「出口が見えてきた。しっかり掴まっとけよ!」


 ヴァルターは飛行船とは思えないアクロバティックな上下左右の急機動で、巧みに防爆ゲートの狭い隙間を潜り抜けて飛び出した。


「近くで見るとすげぇ迫力だぜ」


 二つの太陽が大亀裂の中を照らし出す光景はまさに雄大。圧倒的迫力が眼前に広がる。


「気を抜くなよオリガ」


 船体の速度に追いつけず、振り落とされたテレスティアル型のディタッチャーたちが、次々と暗黒の渓谷へと傾れ込んでいく。ヤツらは歓声なのか、奇声なのか、あるいは死の間際の断末魔なのか、判別のつかない不快な高周波を響かせながら、大亀裂の闇の底へと消えていった。

 油断は禁物だ。すぐにリロードのために弾薬箱に手を伸ばしたその時。


「グギャァアア!!!」


 まだ残っていたディタッチャーが大口を開けて襲いかかってきたところを、脳髄反射でガトリングを噛ませた。振り解かれるよりも先に腰のコンバットナイフで脳天を突いて抉殺《えつさつ》。噴き出る体液が全身をさらに染め上げる。


「チッ!今のでオシャカになっちまった」


「──待て、オリガ。大亀裂の本流に出るぞ。前方センサーに異常な高エネルギー反応だ。……このバカげた質量は一体何なんだ」


 ハーフスプリット大亀裂。崖から向こうの崖までの距離は最も狭い箇所でもおおよそ280マイル。

 超巨大な天然の裂け目、その隙間とも呼べない深い渓谷の空中を、ぶら下がるような形で移動してくる最悪の巨躯が、私の肉眼でもハッキリと確認できた。

 それは、ギレインの深海に生息するはずの、全長数マイルに及ぶ超巨大な軟体原生生物だった。しかし、その全身は、無数のディタッチャーの黒い神経節にびっしりと覆われ、完全に支配されている。幸いなことに、あまりにも質量が大きすぎるせいか、寄生虫側のマルチリンクが完全に機能しておらず、巨体のあちこちの触手が互いに絡まり合い、動きにまとまりがないまま、空中をのたうち回って進んできていた。


「なんでもありなのは分かったけど、いくら何でもデカすぎるだろ! あの惑星プヲォンの天蓋生物〈メガミダーム・ザルプ〉の群生体だって、これに比べたらただのクラゲの赤ん坊ぜ!」


 私はガトリングをパージし、腰のアサルトライフルを両手で構え直した。装填したのは、対大型生命体用のホローポイント爆裂弾だ。


 ボババ!ボババ!ボババ!!──


 凄まじい3点バーストの反動がショックアブソーバーを限界まで圧縮する。放たれた弾は、巨大軟体生物の、半透明な胴体の奥深くへと食い込み、コンマ数秒後に内部で大連鎖爆発を起こした。絶え間なく深淵から響くような鈍い爆裂音が大亀裂を震わせるが、ヤツの触手の前進は止まらない。

 岩肌を砕きながら、無数の太い触手が、私たちの飛行船を叩き落とそうと、網のように空間を埋め尽くす。


「ヴァルター! アレはやばいよっ!!」


「神にでも祈っててくれ!」


 ヴァルターの神懸かり的な操縦により、船体は機首を垂直に跳ね上げ、触手のわずかな隙間を紙一重で擦り抜けた。衝撃波で船体が激しくバイブレーションを起こす。


「当たったら一発であの世行きだ! さっさとそのデカブツを撃ち落としてくれよ!」


「弾をブチ込み続ければ必ず死ぬ! もう少しこの高度を維持してくれ!」


 一定のテンポで、正確にアサルトライフルを同じ傷口へと叩き込み続けた。ヤツの内部で、爆裂弾が絶え間なく細胞をズタズタに破壊していく。


「おおおおおおお! これで、トドメだぁあ!」


 最後の一発が中心核を貫いた。


 巨大生物の体内で、圧縮されたガスと爆裂のエネルギーが臨界点を突破。ヤツの表面の一部が、火山のように膨張したかと思うと、大音響と共に肉片と黄色の可燃性体液を撒き散らして大爆散した。


「あたしに真っ向勝負とは、舐められたもんだね。エクスガラ!」


 中指を立てて捨て台詞を吐いた。

 辛うじて崖の岸壁にへばり付いていた残りの半身も、自重に耐えかねて四散し、大亀裂の深部へと真っ逆さまに落ちていく。


「次に産まれてきたら誰にも支配なんてされるなよ……」ヴァルターの友愛が耳のインカムを通して伝わってきた。


 興奮でアドレナリンが脳内に溢れ出るのを感じながら、私は残った小型の飛行型ディタッチャーたちに、ハンドプラズマを集束させて追い打ちをかけ、次々と消滅させていった。


「これで上空まで一気に浮上できる道が開けたね! あとは任せたよ!」


「おう、追撃だけは警戒しておいてくれよ」


 快調に唸るエンジンと私を避ける空気の音を聞きながら、愛銃をラッチに戻した。

 ふと、足元の装甲の継ぎ目に目を落とす。気流のせいか、それともただの目の錯覚か、金属の隙間から、まるで生き物の髭みたいな黒い糸がほんの一瞬だけ覗いた気がした。


「……ん?」


 目を凝らした時には、そこにはもう鈍いメタリックの光沢があるだけだった。気のせいかと鼻を鳴らし、兵器庫へと弾薬補給に戻る。

 武器との睨めっこはいつでも楽しい。


──ビ、ビビビビ、ビーーーーーーッ!!


 突然、鼓膜をハサミで切り裂くような耳障りな警告音が、兵器庫のスピーカーから狂ったように鳴り響いた。

 それと同時に、ガチャン! ガチャン! と、隔壁の防爆シャッターが重々しい音を立てて強制閉鎖される。


「おい! なんだってんだ!?」


 電子ノブを引っ掴んでへし折らんばかりに力を込めるが、インジケーターは禍々しい赤色に点灯したまま、びくともしない。マニュアルの解除レバーすら電子ロックされている。

 今、この船のシステムを弄れるのは操縦席のヴァルターしかいないはずだ。

 冷たい汗が額を伝う。その恐怖をガソリンにして、無理やり思考を加速させた


──いや、本当にヴァルターしかいないのか?

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