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時層剥離 ── The Detachers ──  作者: 高槻全壱
CHAPTER 6 [ The Distant Past ]
18/22

3


「━ラ━、━ダ━━、ウェ━━ア?」

『あれは、いったい、なんなんだ?』


 それは、声帯がかつてあった場所へと戻ってきたがゆえの拒絶反応か、あるいは、高次元へと変貌した脳組織が直接受信した幻聴の類だったのだろうか。その言葉を真に聞き届けられる者は、この戦場には誰一人として存在しなかった。


 聖斎場に微かな違和感を覚えたティピニッドは、天空へと翳していた深緑の、そして鋭利なゴールドのエッジを持つ両腕を静かに下ろした。

 そして、彼が視線を巡らせた先には、ファイナルエヴォルーション聖斎場の、理解を遥かに絶した悍ましき光景が広がっていた。


 クロイゾネキューブへと厳かに運ばれていると信じられていたマモワ人たち。しかし、彼らの『肉体』は、データ移行の後で次々とコンベアの隙間から暗黒の奈落へと落下していた。グズグズの肉塊へと変わり果てたそれらが吸い込まれていくのは、ファイナルエヴォルーションの莫大な電力を確保するためだけに設置された、巨大なバイオ燃料タンクであった。


 聖斎場の円環状にそびえ立つ外壁。その内部に配置されたウェイティングルームのマインドピーラー─精神剥離装置に並んだ虚ろな目の市民たちは、前列から機械的に処理を施され、直後、バタバタと意識を失った人形のように倒れ伏す。魂の抜けた元の肉体は、そのままコンベアで中央のバイオ燃料タンクへと無慈悲に投棄されていくのだ。なかには幾重もの防護策をすり抜けて発生した、想定外の天文学的システムエラーにより、完全に意識を保ったまま、統合される狂喜に身をよじり生きた糧とされる者も存在した。


 このバイオ燃料システムは、このギレインだけに留まらず、ボルフォン銀河系の至る所からテラル族の聖別個体のみを取り込み、エネルギー化してクロイゾネキューブへと超空間送信する、銀河規模の巨大な屠殺場に他ならなかった。

 その地獄の光景を前にして、ティピニッドの脳裏に、かつて目にした『ファイナルエヴォルーション強制執行法』の冷徹な一文が鮮烈に蘇る。

 

──なお、当該ハイブアップの完了を条件として、データ移行元となった有機的実体に係る占有、管理、処分、その他一切の物権的請求権を含む包括的権利義務関係は、テ(・)ラ(・)ヴ(・)ァ(・)ラ(・)ス(・)へと当然に承継されるものとする。



 一見すると、官僚主義的な小難しい公文書の羅列。しかし、その欺罔《ぎもう》を剥ぎ取り、本質を理解した時、そこには『精神がデータ化した瞬間、残された身体の所有権をテラヴァラスが強制的に没収し、バイオ燃料として燃やし尽くす』という生命を冒涜する契約書が完成していた。


 美しい有名人や著名人を広告塔として起用し、至高の救済として喧伝されていた『ファイナルエヴォリューション』。そう、ティピニッドとシェルサファが誕生する前から、この白磁の街に氾濫していた幸福なイメージのすべてが、大衆を自発的な死へと誘うために虚像で彩られた、醜悪な洗脳プログラムの茶番に他ならなかったのだ。


 その真実を確信した瞬間、彼の内部で憎悪がさらに激昂する。だが同時に、彼は冷静になり微かな奇跡を願っていた。シェフィーがまだ、あのバイオ燃料の濁流に流されていない可能性を。奴らは『サイコディバイン』を特別視しているに違いないと。

 一縷の望み──それは、彼女の精神が完全にアップロードされる前に、その肉体と魂をリジョイントさせ、自身と融合すること。


「ど━━い━シェ━━━!」


 一瞬でキューブ近くへ着地すると顔なき頭部から放たれた咆哮は、聖堂の奥深くまで轟々と響き渡った。だが最愛の少女からの反応は一切なかった。

 彼の到着を待っていたかのように、聖斎場に配置されていたテラリスドローンの大群が一斉に駆動音を鳴らし、異物であるティピニッドの排除を開始した。


 一切の警告を挟まぬ、容赦なき一斉射撃。だが、かつてのように脆弱で、怯えるだけの哀れなティピニッドは、もうどこにもいなかった。

 彼が虚空に向けて伸ばした右腕を軽く捻る。ただそれだけの動作で、彼に向けて無数のビームを放っていたドローン群は、まるで見えない巨大な神の手で握り潰されたかのように、グシャッ!と不快な音を立てて空間ごと超圧縮され、鉄の塵へと変わり果てた。


 間髪入れず、背後から地響きを立てて新手のテラリス通常メカユニットが迫る。ティピニッドは振り返ることもなく、そちらへと左手を翳し、ただ心の中で『消え失せろ』と念じた。

 掌の先から空間がねじれ、不自然な歪みが生じる。直後、白昼の聖堂にまざまざと超高熱の空気の陽炎が走り、強烈なオゾンの臭いが空間を完全に支配した。彼の変貌した肉体が、内蔵された未知の融合炉からガンマ線を直接生成し、不可視の熱線として放射したのだ。

 冷酷なる殺人メカユニット達は、表面的な装甲に傷一つ負わぬまま、内部の電子基盤と神経回路を瞬時に焼き潰され、プスプスと焦げ付いた煙を漂わせながら完全に沈黙した。


「邪魔━━るな」


 冷徹に対処する彼の頭上、円環状の建物上部に仕掛けられた防衛用のレーザークリスタルが一斉にチャージされ、多角的な同時交差攻撃が放たれた。

 シェフィーがいるかもしれないこの聖堂を、敵の乱射で破壊させるわけにはいかない。ティピニッドは背部のブースターを炸裂させ、閃光となって上空へと超高速で飛び上がった。追尾レーザーの光線がその軌跡を追ったが、あまりの高度に防衛設備の射程が足りず、ただ虚しく虚空を指すだけで終わった。


 上空1000メートル付近に停留し、眼下に広がる無尽蔵のマシンユニットの軍勢への対応を演算し、思料《しりょう》していたその瞬間、ティピニッドの背部に赤い光学照準がロックされた。

 次いで、遙か遠方の防衛拠点から射出された、亜光速で飛来する大型のサーモバリック爆弾がティピニッドの肉体に直撃した。上空の寒天に、太陽がもう一つ増えたかのような、凄まじい大爆発が連続して巻き起こる。

 しかし、巻き上がった数万度の爆炎と衝撃波は、彼の頭部なき虚無の空間へと吸い込まれるように収束し、霧散していった。


「効かぬ」


 ティピニッドへのダメージは文字通り皆無だった。彼を包む深緑のクロイゾネアーマーもまた、煤一つ付着していない。

 ティピニッドは爆弾の射出方向へと進路を定めると、至高の速度で空間を転移するように移動した。

 光速に近い速度で、深緑の光条が虚空に糸を引く。到着した先で彼が見下ろしたのは、移動式発射台を備えた、雲海を裂いて進む大型のマシン戦艦であった。


 戦艦の管制AIが彼を視認すると同時に、全砲門が解放され、フルサルヴォが敢行される。だが、放たれたエネルギーのすべては、ティピニッドの展開した不可視の障壁によって『反転』され、一瞬の間もなく戦艦自身の直撃となって、その巨体を木っ端微塵に轟沈させた。


 爆煙の向こうを見回した時、彼は己が街の『南の外れ』へと到達していることに気づいた。そして、地上を見下ろした彼の視界に、さらに信じ難い絶望の光景が飛び込んできた。

 そこには、レスパーが宇宙へ逃れるために用意していた最後の宇宙方舟が佇んでいた。だが、その周囲に整列していたはずのパァウストたちは、無残にも例外なく皆殺しにされていた。彼らの頭部は、選別の証として完全に破壊され、大地には血と肉の凄惨な赤海原が広がっている。


 かつてのティピニッドと同じ、歪で、不均衡な肉体を持った者たち。そして、彼らを救おうとしたのだろう、その肉液のなかには、美しい体躯を持ったマモワ人の死体も無数に混ざり合っていた。


「キル……ザ……」


 赤海の中心、見返りも求めずに自分を救い出してくれた男、キルザの姿があった。その白磁の皮膚に亀裂の入った身体は、引きちぎられ、まるで生ゴミのように無造作に転がっている。

 テラヴァラスが目指す極限の統治。その先にあるのは、聖別思想の果てに待つ、徹底的な非効率の排除という残酷な真実であった。


 その惨状を前にして、ティピニッドは泣くことも、叫ぶこともしなかった。ただ、世界の理不尽に対する底知れぬ悲しみが胸を打ちつけ、顔のない頭部をそっと下へと向けただけだった。

 その時、彼はいつか遠い日に、シェフィーが穏やかな声で語ってくれた古い伝承を思い起こしていた。


『死後の道のりは、とっても危険に満ちているの。だからね、旅の安全を守るための御守りを入れて埋葬する文化が、どこか遠い星にあるんだって、そしてその時はこうやって手を合わせて祈るのよ』


 そんな、今の状況からは妄言にも似た切ない記憶を抱きながら、彼はただそっと両手を合わせ、心の中で念じた。

 瞬間、破壊された方舟を中心に、虐殺された者たちの遺体を取り囲むようにして、深緑のクロイゾネの紋様が刻まれた巨大な光の膜が静かに展開した。


──どうか、死後はその船で、本当のアルカディアへ行けますように。


 ティピニッドは彼らの遺骸を世界の穢れから守り、丁重に葬るべく、あたり一体の分子構造を瞬時に書き換えた。そしてその異次元のパワーを以て、光の膜に包まれたすべてを、大地の遥か奥深く──誰も触れられぬ断層の墓所へと静かに埋葬した。


 テラヴァラスを、この世界のシステムそのものを歪んだ選民主義ごと叩き潰す。

 その純粋な破壊衝動の一心で、彼は再び大気圏を切り裂き、聖斎場へと舞い戻った。

 上空から執拗に彼を狙っていたレーザークリスタルを、飛翔の余波だけで、文字通りすべて粉々に叩き割りながら、彼は中央のクロイゾネキューブの至近へと降り立った。


 その瞬間、天空から新たな脅威が降り注いだ。

 多段式のブースターの出力を狂気的に調整しながら、とてつもない質量とスピードを伴った漆黒の影が、ティピニッドを踏み潰さんと落下してきたのだ。

 ティピニッドはコンマ数秒の猶予でそれを紙一重で回避し、着地した敵を冷徹に凝視した。

 それは、先ほど地下水路の出口でリポと融合した際、衝撃波で吹き飛ばしたはずの、テラヴァラスの新型メカユニット──『テトレ・リュトロ』の残骸であった。


 ボロボロに損壊していたはずの機体は、禍々しいまでの戦術アップデートを施され、かつて見た時よりも遥かに凶悪な姿へと変貌を遂げていた。右肩には巨大なグラビトンキャノン、左肩には9連装ミサイルポッド、右手には陽炎を放つ超高出力プラズマブレード、そして左手には、周囲の空気を弾薬へと変える大気転用マシンガン。どれをとっても、目の前の異端者を塵一つ残さず滅殺するという、テラリスの強いプログラムが具現化した殺戮の兵器仕様であった。


 死神は四つの複眼を真っ赤に発光させ、ティピニッドに対して最大限の警戒モードを展開している。

 しかし、ティピニッドは、コンマ数秒に引き延ばされた時間の世界のなかで、あるのかないのかも分からぬ己の網膜をはっきりと開き、それ以上に、あまりにも残酷で、あまりにも決定的な『違い』を視認していた。

 頭部の不気味に明滅する四つの赤眼の中央に位置する部分。そこに、本来あるはずのない深緑に輝く無菌カプセルが、無理やりハンダ付けされるように嵌め込まれていた。

 カプセルの中で浮かんでいたのは──他でもない、美しいシェフィーの、あの頭部であった。


「ああああああ!! シェフィー!!!!!」


 今度こそ、真に魂の張り裂けるような絶叫が聖堂の天井を震わせた。

 機械人形と化した死神は即座に攻撃態勢へと移行。大気転用マシンガンが静かに駆動し、毎分1200発の超高圧縮弾がティピニッドの肉体を執拗に追い回す。ほぼ同時に放たれた誘導ミサイルの大群が、高速で移動を続ける彼の後ろ姿を、飢えた獣のように決して離さない。


「シェフィー、なぜ……なぜあんなことに……!」


 ティピニッドが巨柱の物陰へと滑り込み、射線を切った途端、ミサイル群が着弾して大爆発を起こした。そこへ追い打ちをかけるようにグラビトンキャノンの重質量弾が炸裂し、激しい煙と白磁の埃が視界を遮る。しかし、死神の猛攻は止まらない。高精度スキャナーが、煙の向こうの熱源を完全に捕捉しているからだ。

 どうすればシェフィーを救える。ただ生体パーツとして組み込まれた彼女を力任せに摘出したところで、テラヴァラスの悪辣なシステムからして、生存に結びつくはずがなかった。

 その時、突如として銃爆撃の嵐がピタリと止んだ。


「ティニー、ティニーなの?」


 舞い上がる煙の向こうから、ズシン、ズシンと重い金属の足音を響かせながら、漆黒の怪物が近づいてくる。そこから漏れ出たのは、かつてと全く変わらない、シェフィーの柔らかな、優しい声であった。

 姿を現した囚われの少女の顔は、あたかも自らの意志で覚醒しているかのように見えた。死神の武装はすべて下ろされ、敵対の意思がないことを示している。


「ああ、随分見違えてしまったわね、ティニー。もっと近くで顔を見せて」


 だが、ティピニッドの全能の感覚は、その欺瞞を瞬時に見抜いた。

 カプセルの中のシェフィーの瞳には、一切の精気が宿っていない。彼女の唇は、テラヴァラスの管制AIが生成した合成音声の音波に合わせて、ただ死後硬直の残る肉体を電気信号でピクピクと動かされているだけの、喋る人形に過ぎなかったのだ。

 その瞬間、ティピニッドの精神をこの世界に唯一繋ぎ止めていた最後の糸が、脆く、儚く、完全に千切れ去った。


「喋るな……」


 地の底から響くような地声が沈むとともに、彼は両腕を突き出した。

 刹那、驚異的な空間断絶の力が死神の頭部へと集中する。ティピニッドは優しく、しかし圧倒的な力任せに、シェフィーの頭部が入った無菌カプセルを死神のフレームから剥ぎ取った。そして、左腕で、まるで壊れやすい宝物を抱くように、そのカプセルを自らの胸元へと愛おしく引き寄せ、抱きしめた。

 残された右腕が、用済みとなった漆黒のメカユニットに向けて振るわれる。凄まじい空間の軋みとともに、テトレ・リュトロの巨体はグシャグシャと音を立てて圧縮され、元の5分の1以下のサイズにまで文字通り捻り潰され、ただの鉄屑の塊へと変えられた。

 胸の中のカプセルで、意識があるのかないのかも判然としないシェフィーは、その美しい瞳を開けたまま、静かに彼を見つめているようだった。


「この世界を壊すよ、シェフィー」


 ティピニッドは反転し、巨大なクロイゾネキューブの基幹ネットワークへと向き直った。

 彼の脳から放たれた目に見えぬマイクロ波が、聖斎場のメインフレームへの超高速ハッキングを開始する。

 展開された凶悪なハッキング・コードは、聖斎場が管理する全クロイゾネ・キューブ網を一瞬でオーバーロードさせ、そこに格納されていた数十億人分の意識データを、出口のない論理的な迷路へと叩き落とした。


 本来ならば均一に統合されるはずだった精神のデータ群は、物理回路の崩壊によって行き場を失い、崩壊するコアから漏れ出した未知の時間空間エネルギーとグロテスクに混ざり合っていく。

 それは、エネルギーが物質へと強制回帰する、宇宙の禁忌たる『逆相転移』の始まりであった。

 コアの完全崩壊と同時に放出された天文学的なエネルギーが、聖斎場の地下バイオ燃料タンクに堆積していた無数の有機的肉体、およびアップロードに失敗した者たちの『意識の残滓』と結びつく。クロイゾネ・キューブの暴走した構造化プログラムが、バイオ燃料タンクに溢れる無秩序な有機物質を材料にして、かつて存在した個人の遺伝情報を強制的に再構成し始めたのだ。


「ティニー…だめ……あああああああ!」


 その瞬間、カプセルの中の、あるいはネットワークに溶けかけのシェフィーが保持していた『サイコディバイン』の波動が臨界点を突破し、聖斎場全体を眩い精神の光で包み込んだ。

 だが、惑星の崩壊はもう誰にも止められなかった。

 ギレインの地殻は物理学的な破綻を迎え、惑星のコアが網目状の白光を放って宇宙空間へと露出し始める。大陸が引き裂かれ、世界がスプリットしていくその断末魔のなかで、崩落する聖斎場の床の上から、光の糸に紡がれた無数の肉体たちが、痙攣しながら次々と立ち上がった。


 彼らには、生前の記憶など何一つ残されていない。だが、その再構成された瞳の奥には、ネットワークの永続的な欠落が産み出した、巨大な『祈りの残響』と呼べる、盲目的な狂信の光が宿っていた。

 崩落する星の臨終の中で、シェフィーの意識の断片は、ティピニッドと共になれなかった永遠の後悔、そして、すべての人を救いきれなかった苦悩という名の非論理的データと混ざり合い、サイコディバインのエッセンスと共に、特定の個に縛られない超自然的な特異現象──【オパカス・ラパカス】という名の概念へと昇華していった。


 そして、主を失い、行き場を無くした数十億規模の人々の膨大な意識は、この終末の中で唯一絶対の力を示していた異端者、ティピニッドの肉体へと磁石のように引き寄せられ、融合し──ここに、新たなる概念【ミューニュー】が誕生した。


 それは、神聖なまでの美しさと、空間そのものが狂叫《きょうきょう》したような物理的恐怖が同居する、既存の言語では名付けようのないドゥームズデイそのものであった。

 このシステムのエラーは、すべての終わりであると同時に、始まりでもあった。

 シェフィーの成れの果てである【オパカス・ラパカス】は、エネルギーの飽和によって生じた次元の裂け目『エクソファス空間』へと弾き飛ばされ、大規模な宇宙の大量絶滅を救済する放浪の旅へと出た。

 そして、ティニーの成れの果てである【ミューニュー】は、爆発するクロイゾネキューブの強大な重力檻へと閉じ込められ、次に誰かに発見されるその時まで、世界の深層──ハーフスプリットの深い闇の奥底へと転落していった。


 地表に存在していたありとあらゆる動植物群は、この瞬間にすべて死滅した。

 引き裂かれた惑星ギレインを支配したのは、完全なる無と、静寂だけであった。

 だが、天体は爆発するには至らなかった。

 このエクスティンクションが起きてから、遥か未来の連合軍に発見されるまでの間、ギレインは約3万年という、宇宙の規模から見れば驚異的な短期間で、不気味な『再生』を遂げることになる。

 地表の冷え固まった岩盤の下では、かつてのクロイゾネ・キューブの残留エネルギーがナノマシンレベルで脈打ち続け、地質学的な進化の時間を数億年分もスキップさせたのだ。

 廃墟となった聖斎場のシステムエラーを起こしたバイオ燃料タンクの底からは、今もなお、生命のプロトタイプが次々と自動生成され、地中の岩盤を埋め尽くし、惑星の新たなる進化の糧となっている。

 テラヴァラスというテラル人の生み出した世界の癌は、結局、この地獄の底で、今も無限に増殖し続けている。

 地質は変異し、鉱物は未知の生命的な性質を帯びて異常成長を遂げる。

 死んだはずの惑星は、いまや、新たなる悍ましき進化を育むための、巨大な「神の養殖場」と化していた。


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