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時層剥離 ── The Detachers ──  作者: 高槻全壱
CHAPTER 6 [ The Distant Past ]
17/22

2

 どこまでも続く新緑の丘陵。眩烈な太陽に照らされた大地で、別々の健やかな肢体を持った僕とシェフィーが、あどけなく笑い合っている。マモワのシステムも、差別も、非対称の呪いもない、夢にまで描き続けた真のアルカディア。そこから始まる、僕たちの新生活──。


「うう……ここは、どこだ……」


 脳を苛む激しい眩暈とともに覚醒した瞬間、美しかった幻影は無慈悲に霧散した。


「ここはファイナルエヴォルーション聖斎場の南東にあたる地下排水路。俺の一時拠点だ」


 鼓膜を揺らした見知らぬ低音に、反射的にシェフィーを庇おうと首を伸ばす。だが、重心の崩壊した肉体は言うことを聞かず、不恰好に空間を泳ぐだけだった。引き剥がされた右側の首の断面から、内臓ごと裏返るような鋭い激痛が走り、僕は視界を明滅させた。


「うぅ、あ、あ……」


「おい、まだ無理に動くんじゃねえ! お前は酷い外傷を負っているんだぞ!テラリスに攻撃されて生き残ってるなんて奇跡だ」


 視界はひどく薄暗い。漂うのはカビの胞子と、頽廃した湿気。どうやら、今は使われていない旧時代の地下幹線水路のようだ。

 ぼやける視界の先、一人の男が携帯燃料式の煙草に火をつけた。燐光に照らされたその相貌を目にした瞬間、僕は息を呑んだ。

 テラル族の象徴であるはずの大理石のごとき白磁の肌。その至る所に、まるで叩き割られた磁器を強引に繋ぎ合わせたような、無惨な亀裂が走っている。


「俺はキル=ザ・マティ・パ。キルザと呼べ」


 男は自嘲気味に、ふっと赤煙を燻らせた。


「この後天性のツラが原因でな、『ミシフィト』の烙印を押されたのさ。反吐が出る話だろ?」


「すみません……そんなつもりでは……」


 露骨に凝視してしまった無礼を慌てて詫びる。


「気にするな。お前だって、同じ『こちら側』の住人だ」


 キルザの言葉に、心臓が凍りついた。

──右側が、軽い。

 常に僕の視界を優しく牽引し、温もりを分け合っていた絶対的な存在。それが消失した空間を、僕はただ、狂ったように左の翼手でなぞることしかできなかった。触れるのは、粗雑に止血処置が施された、生々しく濡れた肉の断頭面だけだ。


「シェフィー……嘘だ、シェフィー……!」


 脳裏に、あの最悪の瞬間がフラッシュバックする。突如として部屋に踏み込んできたテラリスの鋼鉄の腕。青白いレーザーカッターの閃光。眠らされたシェフィーの美しい顔が、僕の肉体から引き剥がされ、カプセルへと閉じ込められていく光景。あの時、僕は薄れゆく意識のなかで、庇おうともがいたけど結局、何もできなかった。


「喜べ、とは言わねえが。レスパーのキルザが、辛うじてお前を回収してやったんだ」


 キルザの口調には、慰めを拒絶するような淡白な響きがあった。


「お前はティピニッドの方だろ?」


「はい……でもなんで僕の名前を……?」


 驚愕に嘴を震わせる僕を見下ろし、キルザは吐き出した赤煙の向こうで目を細めた。


「あの悪法が可決される遥か前から、俺たちは最高決定機関『テラヴァラス』に対する反抗組織──『レスパー─不完全体』を組織していた。各特区にエージェントを潜伏させ、俺たちのような苦渋を舐めるミシフィトを救出してファイナルエヴォリューション前に宇宙へ逃がすのが今の仕事だ。当然お前さんたちのことも調べてあった……シェルサファのお嬢さんのこともな」


 僕の必死の逃亡計画も、あのテラヴァラスの老人に縋ってしまった愚かな選択も、最初からこの男たちに見られていたというのか。胸の奥から、やり場のない戦慄と羞恥が湧き上がる。

 男のコンバットスーツの胸部には、当局への当てつけのように、『P』に『×』を重ねた不穏なシンボルが、深紅のスプレーで殴り書きされていた。


「そんな……それなら……」


 逆恨みだと分かっていても、喉の奥からドス黒い怒りが込み上げてくる。嘴を激しくカチカチと鳴らし、男を威嚇した。


「なぜ、もっと早く来てくれなかったんだ! そうすれば、彼女は、シェフィーは連れ去られずに済んだのに!」


「……言いたいことは山ほどあるだろうが、今は星を脱出する宇宙船に乗るのが先決だ。時間がねえ。ハイブアップのファイナルステップがもうすぐ始まる今がチャンスなんだ」


「嫌だ! シェフィーを置いていくなんて絶対にできない!」


「我が儘を言うな! お前がこの区画の最後の回収対象なんだよ、これ以上は待てねえ!」


「それでも僕は行く! 彼女を助け出す!」


 男は一瞬、自身のなかの重い後悔の記憶を思い起こしたのか、苦悶の表情を浮かべて、こう続けた。


「……お前みたいな無鉄砲を何人も見てきたがな、どいつもこいつもテラリスのレーザーに蒸発させられて、悲惨な最期だったよ。お前を犬死にさせるために、俺はリスクを冒してここまで運んだわけじゃねえ!」


「彼女がいない世界なんて、僕には生きている価値がないんだ!!」


 悲痛な叫びが、湿った地下水路に反響する。死ぬことは、シェフィーと永遠に別れることよりも遥かに辛く、耐え難い恐怖だった。

 僕の鳥類の眼に宿る狂気的な決意を悟ったのか、キルザはしばらく険しい沈黙を保った後、諦めたように短く吐き捨てた。


「……その子がまだ解体されず、生きてるって確証はあるのか?」


「ある! テラリスは『重要確保検体』と言ってカプセルに入れたんだ!」


「何!?と言うことはその子はサイコディバイン保持者か」男の目の色が変わるのがわかった。


「そうだ、でも彼女はそんなものなくても特別なんだ」


「……分かったよ。それが本当なら勝率は高そうだ。お前のその身体は俺たち用の構造に合わせた武器を持てないだろう。……なら、これを持っていけ」


 キルザは傍らの小型プロテクトケースから、片手サイズの滑らかな球体を掴み出した。一切の継ぎ目がない、完璧な光沢を放つ金属のスフィアだ。


「これは『エイヴ─空の器』だ。お前の手足となり、足りないものを補ってくれる」


 彼の手を離れた球体は、重力を無視してふわりと浮遊すると、僕の全身を緑色の光線で走査した。


『──登録者認証完了。システムを起動します』


「な、なんだこれ!」


『ワタシはプロトタイプA.E.V.V、個体識別名「リポ」。これより登録者の戦術支援を開始します』


「ただの、ドローンAI……?」


「レスパーの技術班が、テラヴァラスの技術を盗んで作った『何でも屋』だ。だがな、そいつは安全装置が外された未知のテクノロジーで創られたジャジャ馬だ。エンジニアが言うには「損傷率が80%を超えたら、何が起きるか分からない」そうだ。ヤバいと思ったら、迷わず機能を停止しろ。いいな?」


「……ああ、分かったよ。たとえどんな代償を払ってでもシェフィーを助ける」


「あそこの導水管の先を進めば、地上へ出られる」


 キルザが薄暗い闇の先を指し示す。


「何から何まで、本当にありがとう」


「死ぬなよ、ティピニッド。そこら中はもう、テラリスの網の目だ」


「覚悟の、上さ」


「……腹を据えた、いい顔だ」


 キルザは皮肉な笑みを浮かべ、再び煙草の煙を吐き出した。


「なんで、見ず知らずの僕にそこまでしてくれるの?」


「俺がレスパーだからってのもあるが……何より、あの完璧を気取ったテラヴァラスどもの思い通りになるのが、反吐が出るほど気に入らねえだけさ。それにお前みたいなバカヤロウは嫌いじゃねぇ。さあ、行け。俺は他のエージェントと合流してみんなを宇宙へ逃がす仕事がある。クズどもの鼻っ柱を折ってやれ」


「……僕もそんなに強かったらよかったのに」


「お前は十分強いよ。無事にお嬢さんを助け出したら、ここから南の、街の外れまでこい。集結してから宇宙へ脱出するまで、まだ時間はある」


「ああ、必ずシェフィーを取り戻して、南の街外れに向かうよ」


 数多の触手脚を蠢かせ、僕は湿った泥水を跳ね上げて走り出した。推力機構も見当たらないのに、リポは僕の速度に完全に同調して浮遊している。


「おい! 忘れるなよ! 損傷率が80%を超えたら、絶対にリポをシャットダウンさせろ──!!」


 背後から響いたキルザの絶叫は、轟々と鳴り響く濁流の音にかき消されていった。


「リポ! 何でもできるなら、僕の半身、シェフィーの場所を追跡してくれ!」


『……』


「頼む、なんとか言ってくれよ!」


『──外部電波の解析完了。対象の生体波形を、聖斎場隣接のウェイティングルーム内にて検知。ルートを脳内網膜へ直接投影します』


「やっぱりあそこか!」


 街の中央広場にそびえ立つ、巨大な精神転送施設『ファイナルエヴォルーション聖斎場』。

 僕は地上へと繋がる垂直梯子を見つけ、強引に触手脚を絡みつかせて這い上がった。重いマンホールの蓋を押し開け、外の様子を窺う。


「……静かすぎる」


 執行の最終段階が迫っているせいか、街からは完全に生気が失われていた。

 かつて白磁の輝きで満ちていた『アルカディア』は、電力を絶たれ、ただの冷徹な灰色の巨大墓標へと変貌している。二つの太陽が中天に輝いているというのに、吹き抜けるのは埃を孕んだ虚無の風だけ。無数に飛び交っていた空中車両も、縦横無尽に張り巡らされたレールを飛ぶ交通機関も停止している。

 絶対的な静寂が耳を劈く。だがそんなことを気にするよりも大事な使命がある。


「リポ、最短ルートで案内してくれ!」


『ナビゲーションを開始。これより自律排除モードへ移行します』


 不自由な触手脚を必死に蠢かせ、無人の大通りを疾走する。不均等な自律神経のせいで蛇行しながらも、シェフィーの元へ一刻も早く馳せ参じたいという一念が、僕の肉体を突き動かしていた。

 死に絶えた白磁のストリートを進み始めて数分、上空から不快な高周波の駆動音が降ってきた。

──『テラリス・スキャナー』だ。


 それだけではない。左右の路地裏から、無機質な純白の装甲に身を包んだテラリスのパトロール部隊が、一斉に姿を現した。光学照準の赤いレーザーサイトが、僕の歪んだ胴体へと無数に集中する。完全に包囲された。逃げ場などどこにもない。

 その絶体絶命の瞬間、僕の横で静かに浮遊していたリポが、突如として牙を剥いた。

 完璧な球体だったリポの装甲が、カシャカシャと時計仕掛けのように精緻に展開していく。その内部から、まるで3次元プリンタで超高速出力されたかのような、電磁コイルの巻かれたバックプレート付きの銃身が左右に突き出した。


 直後、リポの周囲の可視光線が不自然に歪み、一瞬だけ世界が暗転した。日中だと言うのに、まざまざと超高熱の空気の陽炎が走り、強烈なオゾンの臭いが空間を満たす。


『前方のテラリス特殊部隊、全エネルギーの減衰を確認。殲滅完了しました』


 リポの無機質な声が響く。


「え……?」


 呆然としながら数歩進むと、前方に展開していたテラリスたちが、糸の切れた人形のように次々と地面へ転がっていった。外傷は一切ない。しかし、その装甲の隙間や排熱孔から、不気味な焦熱の白煙が立ち上っている。内部の電子脳と、搭乗している純正市民の神経系が、跡形もなく焼き潰されたのだ。

 不可視のガンマ線弾──内部の電子回路や分子結合を直接破壊する、ダーク・ライトニング。これがもし生身の肉体に直撃すれば、一瞬で遺伝子ごと灰に還るだろう。そんな恐るべき破壊兵器が自分の味方であるという事実に、僕の胸の奥で、恐ろしさとともに、これまで虐げられてきた世界への冷酷なリベンジのような、歪んだ高揚感が鎌首をもたげ始めた。この圧倒的な力があれば、世界を、マモワの世界統治システムを壊せるかもしれないと。


『間もなく目的地のウェイティングルーム──ガガ、ガガガ──』


 突如、リポの機械音声が激しく歪んだ。空中でのたうち回るように振動したスフィアは、すべての光を失い、無機質な鉄の塊となって地面へと激しく転がった。


「リポ!? どうしたんだ!」


『警…告、テラリスの対レスパー用電子…結界を確…認。電子ジャ…アアアミングををををを検知──』


 リポの最後の警告が途切れるのと、腹部に凄まじい衝撃を受けるのは同時だった。

 ドゴォン、という重苦しい炸裂音とともに、凄まじい灼熱感が内臓を焼きちぎる。断面からライムグリーンの分泌液が、高圧のポンプのように激しく噴出した。


「が、はっ……あ、あああああッ!」


 あまりの激痛に視界が真っ赤に染まる。僕は引き裂かれた胴体を引きずりながら、近くの瓦礫の陰へと必死に身を隠した。

 ギチ、ギチ、ギチ、と冷徹な駆動音を響かせ、容赦ないレーザー銃撃で瓦礫を粉砕しながら近づいてくる影があった。だが、そこに現れたのは、先ほどリポが瞬殺した通常のテラリスではなかった。

 細密なクロイゾネの紋様が全身に刻まれた、重厚にして洗練された漆黒の金属体。口のない頭部には、不気味に明滅する四つの紅い眼球。それはテラヴァラスが直々に放ったであろう新型のメカユニットだった。


 あいつの四つの赤い眼には、僕に対する憎しみも、嘲笑うような愉悦も、何もなかった。ただ、冷え切った強化硝子のレンズが、工場の検品センサーみたいに淡々と僕の輪郭をなぞっている。

 それが、何よりも心の底から恐ろしかった。

 せめて僕を憎んでくれたなら、まだ怒りをぶつけようもあったのに。奴にとって、僕は怒る価値すらなく、ただ機械的に片付けるべき動く不良品に過ぎないんだ。


 目の前に立った死神は、僕の逃亡の可能性をあらかじめ潰しておくためだけに、決められた作業をこなすような一定のリズムで、僕の触手脚を根元から一本ずつ精密に焼き切り始めた。


「あぁぁぁぁぁあああ!!!」


 ジュウ、と肉が焼け焦げる凄まじい悪臭と、脳の許容量を超える激痛が僕を襲う。ライムグリーンの体液が水溜りを作り、僕は狂ったように泥を引掻いてのたうち回る。だけど、奴の動作には一切の躊躇も、感情の揺らぎもなかった。

 ただ淡々と、事務的に、僕という存在をパーツごとに解体していく。その徹底的な無感情さに、僕はただ、息の詰まるような絶望に呑み込まれていった。死神の硬質な足音が、一歩ずつ確実に、僕の完全な死を運んでくる。


『──警ィィィ…告。登録者の生…存んんん確率、零ろ。エイ…ブブブ損傷ぉぉ率…89%』


 不意に、地面に落ちていたリポから、バチバチとプラズマが散った。


『直ちちちに……強制消ぅぅ失回避ププププログラムを……実行ししします…か……?』


 高速回転を始める思考のなかで、世界の時間が極限まで引き延ばされるのを感じる。キルザのあの警告が脳裏をよぎった。──何が起きるか分からねえ。ヤバいと思ったら迷わず停止しろ──。

 だが、この未知のプログラムに命を賭ける以外に、シェフィーの元へ辿り着く選択肢は──もう、ない。このまま無残に解体されて死ぬくらいなら、世界のすべてを道連れにしてやる。バケモノにでも、悪魔にでもなってやる!


「実行……しろ!!」


 僕が叫んだ瞬間、リポは猛烈な勢いで回転しながら宙へ舞い上がった。その表面に、敵である死神と同じクロイゾネの紋様が深緑色の光を放って浮かび上がる。

 閃光が視界を白く染め上げると同時に、失われたシェフィーの首の断面に、燃え盛る融鉄を注がれたような激痛が走った。

 電撃が神経を駆け巡り、僕の肉体が、ブチブチとグロテスクな破壊と再構築の音を奏でる。骨が砕けて結合し、引き千切られた細胞が超高速で増殖していく。


「ぐあああああああああああああッ!!」


──原子融合プロセス完了。


 脳内に響いたリポの冷徹な声と同時に、凄まじい衝撃波が周囲の瓦礫と新型テラリスを吹き飛ばした。

 その時に確信した。テラヴァラスの技術の根底にあるのは、皮肉にもファイナルエヴォリューションを彷彿とさせる、敵のコアそのものの強奪、および融合だったのだ。


 ……身体の感覚が、今までと、全く違う。

 自分の手を見つめた。そこには、醜かったかつての混血種の身体は、もう影も形もなかった。

 深緑に妖しく輝くクロイゾネの装甲と、ゴールドのエッジで縁取られ、鋭利で洗練された『両腕』があった。下方に目を向ければ、あのアホウのような触手脚は綺麗さっぱり消え去り、マモワ族のそれよりも遥かに強靭で美しい、二本の『脚』が地面をがっしりと捉えている。完全なる、人型。


「これが……私の、新しい身体……?」


 内側から湧き上がる異様な全能感に満たされながら、僕は己の顔へと手を伸ばした。

 だが、どれだけ腕を動かしても、指先は何も捉えられなかった。そこには物質的な境界が存在しない、完全な『虚無の空間』が広がっていた。

 息を吸おうとしても、空気が通る鼻も喉もない。声を上げようとしても、震わせる声帯がない。それなのに、脳の神経系には、確かに、かつて存在した鳥類の嘴や目、頬の感覚が、狂いそうなほどの『幻肢痛』として生々しく焼き付いている。

 

 頭部が、無い。

 

 かつてあれほど憧れた美しい人型の肉体を、僕は最も醜悪で、最も悍ましい形で手に入れてしまったのだ。

 だが、この圧倒的な肉体があれば、普通の人のように笑って、歌って、楽しい人生を──。


「いや……こんなことを考えている場合じゃない!」


 脳裏に浮かぶ優しいシェフィーの微笑み。私は己の浅はかな全能感を激しく呪った。

 目的を思い出した私は、背部から音もなく噴射されたブースターの推力に身を任せて跳躍した。


「すぐに、そっちへ行くからね」


 タイムラグのない伝達速度。今の僕にとって、物理的な障壁など紙屑に等しかった。

 標的の建物の外壁を、文字通り身体ごとぶち抜く。凄まじい轟音とともに、五枚の防壁と四枚の天井を塵芥に変えながら、ウェイティングルームへと突き進んだ。

 だが──そこには、シェフィーの入った保護カプセルはおろか、すでに誰もいなかった。


「なぜだ……嘘だ……遅かったのか……!?」


 愕然としながら、視界の端に燦爛とした光を捉え、カーテンウォールへ近づく。

 広場の中央では、すでにファイナルエヴォルーションの最終工程が始まっていた。数万、数十万のマモワ市民たちが、四方から伸びる、巨大なコンベアに乗せられ、中央の『クロイゾネキューブ』へと淡々と吸い込まれていく。その無菌の行列のどこかに、シェフィーの頭部も交じっているに違いない。だが、もう、個としての彼女を識別し、救い出す手段は永遠に失われたのだ。

 私の中から、ティピニッドという哀れな混血種の出来損ないの心が、完全に圧砕された。

 湧き上がってきたのは、涙ではなく、この世界を構成するすべてのシステムと生命に対する、底なしの、永劫なる憎悪。


「━━、━━━、━━━━━!!」


 顔のない頭部から、言葉にならない、宇宙の調和を呪う咆哮が轟く。

 両手を天空へと翳した。私の意志に呼応し、身体の芯から『レゾナントサーモ』の狂気的な波動が全方位へと解き放たれる。


 パキ、パキパキパキパキィンッ!!!


 かつてこの『タルタロス』を美しく彩っていた、周囲のビル群を覆う白磁のナノマシンガラスが、一斉に、悲鳴のような音を立てて粉砕された。

 数百万、数千万の鋭利なガラス片。それが二つの太陽の光を浴びて、狂おしいほどに眩く輝きながら、聖斎場へと殺到する。


 それは、光り輝く殺戮の礫《つぶて》。

 コンベアの上の無抵抗なパァロウルたちを、その美しい刃が次々と分子レベルで貫き、引き裂き、分断させていく。悲鳴すら届かない静寂のなかで、彼らは血を流すことすら許されず、抵抗する素振りすら見せず、まるで光の粉雪のように、美しく、静かに、溶けていった。


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