第九話 人助け
――翌日。
僕はバイトだったから、このままだと楓だけ家に残ることになる。
この前のようなことが起きてしまわないように、「看病にでも行ってろ」と言って家に鍵を掛け、僕だけが鍵を持ち楓は家の外で自由にしてもらうことにした。
十二時になって午前の仕事を終わらせ、休憩時間に入るところだった。
楓からラインが来ていた。
『昼飯のためのお金もらってない。お前の職場に取りに行っていい?』
一体何を言っているのか、初めはさっぱり分からなかった。
以前治療費にお金を使ったのは楓だし、実際昨日も昼飯を抜いてもなんとかやれていたし、急に昼飯代をせびるとは思ってもいなかった。
昨日、一万円札を渡しても昼飯に使われなかったことを思い出すと、抵抗ができるのはごく自然なことである。
というか、普通に迷惑だった。
傍から見たら、バイト先に弟みたいなのが来たようなものじゃないか。
『小銭もないのか?』
『ない。まじで頼む。っていうかもう向かってる』
なんでこいつは僕のバイト先の場所まで知っているのかそれも不思議だったが、それ以上に、楓がもうすぐ着いてしまうことに焦りを感じた。
すぐに店を抜けて通りに出て、百六十センチメートルを探す。
下手に店の中に入ってまで来て、無秩序に僕の名前を呼ばれることを恐れていたからだ。
「あ、いた」
「お前なんで本当に来るんだよ」
「しょうがないだろ、腹減ってるんだから」
「今日に限って朝飯食べてないのかよ……」
「お前に勝手なことするな、って言われたしな」
呑気な顔で無邪気に笑う。
楓の言ったことはちゃんと正論で、僕は何も言えなかった。
「てか仕事は大丈夫なの? 今」
「休憩時間」
「あーじゃあお前も昼飯食べるのか。なら、一緒にコンビニ行こうぜ」
「……何故そうなる」
「手間が減って良いだろ」
「元々僕の手間は一つだけのはずだったんだが」
「ごめんごめん」
結局、近所のコンビニに入って、それぞれ適当に昼食を選ぶ。
僕は栄養バランスと価格を見て弁当を選び、楓は特に迷うこともなくパンと総菜を手に取った。
「それで足りるのか」
「足りなかったらまた食うし」
相変わらず計画性のないやつだ。
会計を済ませて店を出る。
空は薄く曇っていて、昼にしては少しだけ暗い。
歩きながら食べるつもりだったのか、楓は袋を開けようとして――ふと足を止めた。
「……どうした」
楓の視線の先を見ると、道端に座り込んでいる人影があった。
年齢はよく分からない。子供にも見えるし、大人にも見える。
ただ、明らかに元気がない。
「腹減ってそうだな」
「おい、何してる」
そのまま近づいていって、袋の中のパンを差し出す。
相手は一瞬戸惑ったあと、小さく頭を下げて受け取った。
「ありがとう」
かすれた声だった。
楓は特に何も言わずに戻ってくる。
「行こうぜ」
何事もなかったかのように歩き出す。
「待て」
僕は思わず呼び止めた。
「それは計画外の支出だろ」
「は?」
「お前の昼食が減る。金も無駄になる。合理的じゃないだろ」
楓は一瞬だけ黙って、それから少しだけ眉をひそめた。
「意味とかじゃねえだろ」
「意味がないならやる理由がない」
「腹減ってそうだったからだよ」
即答だった。
あまりにも短絡的で、あまりにも説明になっていない。
「それでお前が損をしたら元も子もな……」
「いいだろ別に、それくらい」
楓はパンを一口かじりながら、突き放すように食い気味に言った。
「……理解できないな」
「理解しなくていいよ」
それ以上、会話は続かなかった。
しばらく歩いていると、今度は楓がまた足を止めた。
「今度はなんだ」
楓は無言で道路の端へ向かってゆく。
その先には白いバッグが置いてあった。
明らかに不自然な位置だった。
「落とし物か」
僕は気にせず通り過ぎようとした。
だが。
「ちょっと待て」
と言って楓が拾い上げた。
「おい」
「財布入ってる」
中を確認したらしい。
「だからどうした。交番に届ける気か?」
「そうだよ」
当然のように言う。
「ここからだと逆方向だ。時間がかかる」
「でも落としたやつ困るだろ」
またそれだ。
「交番に行ったら名前とか住所を書かされるし、面倒だぞ」
「実家の住所を書くし面倒事にはならないだろ」
何でもないことのように言う。
僕はしばらく考えて、それからため息をついた。
「……好きにしろ」
結局、楓についていく形で交番に向かうことになった。




