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駅で高校生と殴り合っていたら五百万円与えられたので、合理主義の僕がなぜか同居生活を始めてしまいました。  作者: 透明スケ


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第四話 安心できる場所

 人通りの途絶えたビルの隙間で、雨だけが静かに地面を打ち続けていた。

 ひたすら雨に当たる彼を見て、なんとなく、僕はそっと傘を差し出した。


「このままだと、せっかくのお金を失っていく一方の未来しか見えない。それは合理的じゃない」

「だったらどうすればいいんだよ」


 高校生の声は段々弱々しくなっていった。

 そして、雨に濡れた身体をブルっと震えさせた。


 どんよりした雨が、逃げ場のない暗さを積み重ねているように感じられる。

  

「祖父母に渡すのが一番だと思うが……。どうせ無駄にするくらいなら……、僕が管理した方がいい」

「……俺から没収して独り占めするのか?」


 振り絞るように出した涙声に、思わず心が動揺する。

 寒さで活気を失った色の頬に、雨だけではなく涙が伝っているのが見えた。


「違う。お前一人じゃどうせ暮らせないから、僕の家でそのお金を預かってやるって言ってるんだよ。生活費も折半(せっぱん)でやるから」

「俺がお前ん家に住んでいいの……?」

「しょうがないだろ。どうしても帰りたくないってお前が言うんだから。お前はもう成人してるみたいだし他人の家に住むようになったって法的には問題ないだろ。その代わり、そのお金は僕が管理するからよこせよ」


 自分でもなぜこう言ったのかは分からない。

 全くの赤の他人の高校生を家に上げるなんて、どう考えても合理的じゃない。

 それなのに、僕はこう言ってしまった。

 理由は、よく分からない。


 目の前の高校生はまだ震えている。

 さっきまであれだけ威勢が良かったのに、今はひどく小さく見えた。

 どうして僕は、こんな赤の他人を気にしているのだろう。

 そんな義理はどこにもないのに。


 非合理的なのに――――。



 すると、彼は俯いてぽろぽろと大粒の涙を流し始めた。

 そして、涙はすぐには止まらなくなり、しゃがみ込んだ。


 普段、人の感情なんて気にしたこともない僕にでも分かった。


 彼はきっと、帰る場所を失い、恐怖や不安でいっぱいだったのだろう。

 普段の僕なら愚かだと思い軽蔑の目を送るが、この時は違った。

 昨日とのギャップの効いた泣きじゃくる姿に、不覚にも心を打たれてしまったのだ。



「行こう。おい、もう泣くな」

「泣いてないし。これは雨」

「お前はどこまでも生意気だな」



 僕は呆れながら路地を抜けて、アパートへ向かった。


 曇り空はどんよりと暗く、歩道には水溜まりができていた。

 定刻を迎えたのか、連鎖するように街灯が点いていく。


 高校生は声を抑えてすすり泣きながら、水溜まりをぎこちない足取りで避けて歩いていた。

 さっきまでの無鉄砲さはどこへ行ったのか、妙に静かだった。


 暗さを増していく夜道に目立つ光が目に入った。僕は迷いなくそのコンビニに寄った。

 ポケットから財布を取り出して肉まんを二つ買う。


「寒いだろ?」

「…………ありがと」


 高校生は目を合わせずに肉まんを受け取った。


「さすがにお礼は言えるんだな」

「舐めすぎだろ」


 彼はハフハフしながら肉まんを頬張る。

 その姿を見ていると、合理的だとか考えることが、今はどうでも良くなった。


「お前、名前は」

「……今更?」

「今更だ」

(かえで)菊池(きくち)(かえで)


「……そうか」

「お前は教えないのかよ」

「僕は橋本(はしもと)千秋(ちあき)


 楓は「ふうん」と興味の無さそうに言って、また歩き出そうとした。


「おい、傘入って行けよ」

「いいよ、濡れたって」

「お前に濡れられたら家にあげるこっちが困るんだが」

「……分かったよ」

「わがまま言いまくってたら家入れないからな」

「それは嫌だ」


 恐らく、今のは本音なのだろう。

 やはり彼は居場所を探していたのだ。

 どこか、安心できる場所を。



 アパートに着くと、楓はホッとしたのかすぐに座り込んだ。

 強がっていたくせに、玄関に座ったまま動かない。

 疲れ果てて座り込むほど歩き回っていたのだろう。


「床を濡らすなよ。それと、風邪引く前に着替えろ」

「……うん」


 楓は濡れた靴を脱ぎながら、少し小さく息を吐いた。


 僕の二百六十万円を、黒いバッグに加えて部屋の隅に置く。


「少しでも使ったか?」

「まだ」


 楓はのそのそと靴下を脱いでいる。

 思った以上にマイペースなやつだ。


「風呂つかっていいよ」

「湯船あるのか?」

「そっちの浸かっていいじゃねえ。湯船は冬しかやらないんだよ。さっさとシャワー浴びてこい。風邪引くぞ」

「服はどうすればいい?」

「僕の分も一緒にして洗っとくから洗濯機の中に入れといて」

「はーい」


 まるで親子みたいな会話である。

 全く赤の他人のはずのこいつに、何故か母性が出るこの状況がどうにも()に落ちなかった。


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