第二話 カフェで
駅を出てすぐのカフェに移動した。
中に入ると、鮮やかさの中に茶色が溶けたような温かい空気が漂っていた。
僕と高校生は軽く飲み物を注文してから本題に入る。
「お前、高校生だろう。こんなお金を持ち帰ったら色々問題になるんじゃないか?」
「独り占めしたいのか?」
「そういう訳では無い。親と暮らしているだろ? 親になんて言って渡すんだよ」
「親はいないよ。二人とも既に亡くなった。今はじいちゃんとばあちゃんと暮らしてる」
彼の声のトーンが少し落ちる。
「……なんかすまない」
「いいよ。逆にお前は一人暮らしなの?」
「僕は大学生だ。ここからまあまあ歩いたところにある小さなアパートに一人暮らしだよ」
高校生は「ふーん」と遠くを見ながら言った。
その目は何かを求めているかのように見えた。
色鮮やかな雰囲気で包むカフェには全く似つかわしくない、黒色のバッグを机の上に直に置き、目の前の高校生とひたすら話をする。
なんとも異様な光景である。
まあ、バッグはお互いからの距離が等しい所に置こうという話になったので仕方がない。
「とりあえず半分にするでいいよな?」
高校生はそう言って自分の財布を取り出した。
身の程知らずという言葉では言い尽くせないほど小さな財布の登場に、思わず笑いがこぼれる。
なるほどどうやら頭はそこまで良くなさそうだ。
「まあ良いけど、一旦話は戻すが、本当にそのお金をどうするつもりなんだ? いくら祖父母だと言え、そんな大金を孫が持ち帰ってきたらさすがにビビるだろ」
「じいちゃんもばあちゃんも俺のことはどうでもいいと思ってるんだよ。だからもう家を出ようかなと思ってる」
高校生は何か嫌なものを思い出したかのように苦い表情を見せ、目線を逸らした。
「家出なんて、お前未成年だろうから届出が出されて警察に保護されるぞ」
「さっきからガキ扱いしてるけど、俺一応十八歳の高校生だからな。成人してるから」
驚いた。
というか、普通に嘘だと思った。
見た目は高校に入りたての十五歳くらいに見えるのに、案外僕と年齢が近いとは。
「まあでも家出したところでどうするんだよ? 二百五十万円で一人暮らし出来るとでも思っているのか?」
「……思ってる」
なるほど。
典型的な反抗期真っ只中の高校生だ。
自立しようとしているんだろうなあと勝手にしみじみとした気持ちになる。なんだか意地を張っているようにも見えて、いじらしく思えた。
「お前なあ、バイトしてる僕でさえ今カツカツなのに無理に決まってるだろ。この二百五十万円もあっという間に無くなるぞ」
「初めから無理って決めつけるなよ」
高校生は食い気味に反論した。
何かのアニメか漫画かに影響されたみたいなセリフを聞いて、こっちまで恥ずかしくなる。
「馬鹿だな、お前。僕ですらこの二百五十万円をどうするか考えているところなのに。祖父母に迷惑をかけたくなかったら正直に話した方がいいと思うぞ」
「うるせえ。お前には関係ないだろ。とりあえずこの話は終わりだ。半分ずつで良いだろ?」
「分かったよ。僕が中から二百五十万円取るから、残りとバッグはお前にくれてやるよ。そもそもそんな小さな財布に何百万も入る訳ないだろ」
高校生は一瞬恥ずかしそうな顔をしたが、すぐ疑い深い表情になった。
「でも、ピッタリ五百万円とは限らないから中身を確認するべきじゃないか? どっちかが損するかもしれないじゃねえか」
なんでそういう所だけ落ち着いているんだよ。
だったらもっと冷静になって祖父母のためを考えろよ、と心の中でツッコむ。
中身は結局五百二十万円あった。そのため、二百六十万ずつ分け合って取った。
とは言っても、それらは僕にとっても財布に入る訳がない量のお金であり、どうしまおうか困った。
「で、一応最後に聞くんだが、本当に家に帰らないで外で過ごすんだな?」
「あぁそうする」
「高校はどうするんだよ」
「とっくに退学届は出してある。どこか就職して暮らせるようにするから」
どうしてそこまで無計画なことが出来るんだろう。
不思議でしょうがなかった。
求職に溺れて闇バイトに手を出したりしないか、詐欺にあってその大金もパーになったりしないか、払うべきお金が払えなくなって自分の身を利用したりしないかなど、相手は見知らぬ高校生なはずなのに、何故だか心配事でいっぱいになった。
まあいい。所詮は赤の他人。僕は今後の生活の方針をこの二百六十万円と一緒にゆっくり考えるとしよう。
「分かった。じゃあな。頑張って生きろよ」
「お前は俺のお父さんかよ」
高校生は、最後まで反抗的な態度を貫き通してみせた。
僕は呆れの混じったため息をつきながら、大学の資料が入ったファイルにひとまずお金を入れてリュックの口を閉じた。
そしていつか地獄を見るぞという目線を送り、会計を済ませてカフェを出た。




