The place where the name is called
リオは、月明かりの庭園で足を止めた。
白い石畳の上に、風ひとつ吹かない。
まるでワンダーランドそのものが、
息を潜めて彼を見ているようだった。
その静けさの中で――
背中に、かすかな声が触れた。
「……リオ」
呼ばれた瞬間、胸の奥が揺れた。
振り返らなくても分かる。
この声は、彼しかいない。
ワンダーランド・ボーイ――
名前を明かさない、謎だらけの少年。
リオが勝手にそう呼んでいるだけなのに、
彼は一度も否定しなかった。
「……どうしたの?」
リオが問いかけると、
少年は少し迷ったあと、歩み寄ってくる。
月光が彼の横顔を照らす。
普段は無表情に近いのに、今日は違った。
言葉を探すように、目が揺れていた。
「名前って……呼ばれたら、返したくなるんだね」
いきなりの言葉に、リオは瞬きをした。
「え……?」
少年は小さく息を吸い、ゆっくりと続ける。
「誰にでも返すわけじゃない。
聞いた瞬間、“行かなきゃ”って思う声がある。
……リオの声が、そうなんだ」
胸の奥に熱が射す。
嬉しさとも照れとも違う、
特別な何かが静かに満ちていく。
「じゃあ……君の名前も、呼んだら来てくれる?」
リオは、ほんの少し勇気をふりしぼって言った。
少年は目を伏せ、少しだけ躊躇した。
名前を隠してきた理由が、
その沈黙の中にすべて詰まっている気がした。
けれど――
「……呼んでくれるなら」
顔を上げた彼の声は、いつになく柔らかかった。
「君になら……返すよ。何度でも」
月明かりが、2人の影を静かに重ねていく。
リオはそっと息を吸った。
呼びたい名前は、もう喉の奥にある。
けれどその一番大事な一音を口にする前に、
少年が小さく笑って言った。
「まだ秘密だけど……
リオが呼ぶ時が、一番いいタイミングだと思う」
その笑顔があまりに優しくて、
リオは思わず立ち尽くしてしまった。
名前が呼ぶ場所――
それは、心が帰っていくところ。
そして今、リオの声は
確かに“彼の帰る場所”になっていた。




