第五声 旅を始めよう
俺の索敵に反応するものがいる、それも近い。
それは長い草に隠れながらクリスに近づいて来ていた。
困ったことに俺が出来る索敵はクリスに伝えることが出来ない。
なぜなら、クリスの索敵能力はまだレベルが低いから俺はそれを報告が出来ない。
この野獣は大きさ的に考えてボアスだと思う。
地球で言えばイノシシみたいな動物だ。
ただし「人を食う」から、クリスは距離が離れている内に逃げないとお終いだよ。
とか言ってる内に、もうすぐそこまで来てしまった。
う~~ん、困った。
どうするかな。
焚火の火で脅すか?
剣で戦うか?
多分ボアスを見ただけで腰を抜かしてしまうだろうクリスにどちらも出来そうもない。
そんなことを俺が悠長に考えている間に、物音にクリスが気が付いたようだった。
「なに?何の音?」
ここまで来ているんだ、今更だが警告はしておこう。
「振り返らないでください、恐ろしい獣が居ます。焚火の薪を一本持って脅しましょう」
しかし振り返るなと言うと振り返ってしまうのが人間だ。
クリスが振り返ってしまった。
そこには長い草陰に潜んでいる大きな動物らしきものの影があった。
「うっ・・・」
クリス、一瞬声は出たが、直ぐに口を押えた。
その後は声を出さないようにしている。
もっとも体はブルブルと震えていた。
よって火のついた薪など持てる訳もない。
クリスは声を出さずに頭の中で会話をする。
(何?あの大きな動物は・・・)
(ボアスです、注意ください。人を襲って食らいます)
(え~~~っ、そんなの無理~~~っ、火の着いた薪って、あんなの相手に出来るわけないじゃない)
(でも何もしなければ、ここで終わりですが・・・・)
(むり~~~~っ)
ゴソゴソとボアスが草の中から出て来た。
本当に大きい、4m近くある。
クリスは腰が抜けているのか動けないようだった。
あれあれ、ボアスはこちらが震えているのが分かったのだろう。
完全に怯えたエサであると認識したようだ。
そして悠々とこちらに近づいて来る。
クリスは意識を保つことが出来なくなって来ている。
その後ボアスがクリスの顔の20センチくらいまで近づいたとき、クリスは気を失った。
「クリス様・・・クリス様・・・大丈夫でございますか・・・・」
何度もクリスに声を掛けた。
十数分は経ったろうかやっとクリスの意識が戻った。
もっとも意識が戻ってすぐに「朝ごはんは何?」とか呑気なことを言っていた。
仕方がないので俺も「朝ごはんはボアスにいたしますか?」とか言ってやった。
そう言われて、クリスは思い出したのか、後ろを振り返って驚いていた。
「これ、どうなってるの?」
そうだろうな・・・串刺し、その表現がぴったりだった。
剣に串刺しにされたボアスがそこには倒れていた。
何が何やら俺ですら分からなかった。
ボアスが近づいて来てクリスが気絶した。
これで終わりだとか思ったんだ。
でも同時にロングソードの柄をクリスがお尻で踏んだんだ。
この剣はクリスの少ない力で振り回すことが出来る、よってそれはお尻でも同じだった。
実は恐ろしく重い剣はそのまま持ちあがりボアスの胸元に突き刺さった。
そうですこの剣はトンデモない重さなのでボアスは自由に動けずそして自力では抜くことが出来なかった。
不幸なことにボアスが必死に動いているとクリスのお尻から柄が外れたのです。
なんと剣は元の大きさに戻った上にその重さで重力の方向に落ち始めたんです。
そして大きなボアスはここで胸からお腹を切除され昇天したという訳だ。
何とも恐ろしい剣である。
それにしてもおかしい通常登場人物の初期段階でこのクラスの野獣は遭遇させないはずだ。
ボアスは危険な動物なのでCランクに認定されている獣だ。
レベルが違い過ぎる。
そう思って少し調べたら、ボアスのお尻に何やら攻撃の痕があった。
この遭遇は人為的に仕組まれたものだった可能性がある。
それとこの大きさの野獣だ、もしかすると魔石を持っているかもしれない。
もし持っていれば魔法を使うはずだが、それも確認できない内に昇天してしまった。
そう言う意味ではクリスに勝ち目は何も無かったはずだ。
気絶してCランクの野獣に勝ってしまうクリスをどう評価すれば良いのだろうか?
そんなことを考えているとクリスが騒ぎ出した。
「どうなっているの?誰かが助けてくれたのかしら」
などと呑気なことを言っているのでクリスがやったんだとさっきまでのことを報告しておく。
偶然にしてもそんなことが起こることに驚くクリス。
「それより、このまま放って置く訳にも行かないので解体することにしよう。
たぶんボアスの血の匂いで他の野獣が来てしまうと厄介だ」
焚火の明かりを頼りに解体を始めるクリス。
俺が解体指導をするのだが指導しながらもなんか動きが悪い。
「眠い・・・うわっ・・血が・・・うぇ~~っ、・・・えぐぃ・・・」
なんともうるさい作業であった。
そりゃそうだろう、動物の解体何てやったことあるはずないからね。
「クリス様、流石にこれはきつそうですね」
「うん、吐きそう」
そんな会話をしながらも手を休めないクリス。
作業自体も道具がロングソードに出来る剣とは言っても、まだ刃が無い剣である。
皮を剥ぐのも解体するのも一苦労だろうと思ったのだが?
あれ?なんかスムーズに進んでいる。
あれ・・・
どうやらさっきの戦い(?)で剣のレベルがまた上がっている。
レベル5である。
初めての剣での殺生・・・それが理由のようだった。
でもレベルが上がるのが早いような気がする。
「クリス様信じられませんが、また剣のレベルが上がっています」
「またぁ?なんか早くない?」
「でも当然でしょう、このボアスは人を食らうのです、それもこの大きさですからね。
それを完全に仕留めましたのでレベルが上がるのは当然でしょう」
「それで何が出来るようになったのかしら?」
「気が付きませんか?今解体するのにロングソードではなくさっきより短いショートソードになっていますよ。
その上先端だけですが切れ味が良くなっています」
「ほんとだ、解体作業ってあまり気持ちが良くないから気が付かなかった・・・」
そう先端だけ鋭い刃が付いているショートソードになる。
この剣はレベル10で武器として使えるはずなのだが、案外早く殺傷能力を持って来たものだ。
これは持ち主が命の危険を感じたからなのだろうか?
それとも通常のレベルアップで、本来はこの程度ではまだ武器とは見なされないからだろうか?
そして大分掛かったが血抜きや解体は終わった。
他の動物が来なかったのは幸いだった。
血は穴を掘ってそこへ流し、骨や不要な部位と共にまた土を掛けて埋めた。
肉は少し炙ってから乾燥させるために焚き火の上に吊した。
皮は水で晒し吊るしてある。
皮の処理の途中で、本当に体力がなくなったらしくクリスは爆睡し始めた。運よくほとんど朝方だったことが幸だった。
最後の言葉は「もう駄目」だった。
夜に眠ってしまうと別の野獣に襲われる危険性もあるが、朝方だったので助かった。
そして彼女自身のレベルがまた上がっていたレベルは3になっていた。
それも剣士ではない「冒険者レベル3」である。
つまり冒険者という職業で一気にレベルが3になっていた。
それだけの経験値が上がるくらいのことを一日でやってしまったということなのか?
俺にもクレア先生から採点が来ていた。
その評価は「マイナス10点。理由は分かっていますね」だそうだ。
そうだろうな・・・機械的なナビが出来ていたとは言えない。通常会話になっていたのだから仕方がない。
でも「通常会話でナビしてしまったのであれば仕方がないので、そのまま継続でナビしなさい」だそうだ。
今後はこの件での原点はしないそうだ、助かりますクレア先生。
クリスが眠っている間は暇なんだが、聞き覚えのある声が響いてきた。
「やっとるな~、どうじゃ転生者は」
あの時の天国の審査官だった。
「いや~、もう少しでお別れするところでしたよ」
「そうか、何とか幸せな転生生活を送らせてやってくれ」
「あなたがそんなことを頼むなんて、どうしたんですか?
俺なんかより、あなたなら幸せにできるんじゃないんですか?」
「儂はできることを既にしてやったのじゃ
実はその子は前世で自殺したんじゃよ。幸薄い子じゃった。
それで幸せになって欲しくて転生させたのじゃがな。
どうも『クリサレスト・シードレル』という子は適切ではなかったようじゃな。
まさかボアスが嗾けられるとわ思わなかった。
何とかその子に幸せを味合わせてやってくれ、頼んだぞ・・・」
「はい」
なんか返事してしまったが、そう言われて頼まれても俺に何が出来るんだろう?
彼女は自殺したのか・・・なぜだろう・・・いや、今の俺には関係ない。
それより狙われたのは転生先の問題か。
可哀想にクリスは本当に不幸が付きまとう子なのかな。
でも、そうさ、これからも一緒に頑張るしかない。
陽が高く昇る。
クリスも目覚めた。
「あ~~あっ、良く寝た!!」
「ナビ君、今日は何しようか?
今日も面白いことがありそうな気がするわ」
「それよりクリス様朝ごはんを食べて出発準備しましょう。
昨日狩ったボアスの肉と皮をマーケットで売って美味しいものでも食べましょう」
「そうね、シャワーを浴びて、美味しいものを食べて、柔らかい布団でゆっくり寝たいわ」
「では今日も頑張りましょう!!」
いかん、完全に友達みたいに主体的な会話モードでナビしてしまっている。
注意しないとまた原点だな。




