第七話 挑まれた戦い
第七話投下です!
「おい、つぶらやこーら! 『バトル』とタグがあるのに、ここまで一向に戦わんじゃないか! いっぺん〇ねい!」と思われた方。はい、お待たせしました。バトル回です。
この挑戦、バオルたちはどのようにしのいでいくか、ご覧ください。
気がつくと、三人は穴から落ちてくる前のレリーフの部屋に戻ってきていた。エリオットとの邂逅が現実だったのは、ハープーンとリーサのカンテラの破損が証拠だ。
「どうして、エリオット王はバオルの背中を押したんだろうな」
「この力が、シャーマンとして必要になる時が来るからだよ」
「『世界の死すべき時』。一体何が起こるのでしょう?」
「わからない。師匠は自分で探せって言っていた。でも、重たいな」
バオルは見た。王国が滅び行く記憶の中で、降り注いだ炎の雨。あれは天からの血の涙にも思えた。そして、無数の灼熱のしずくを防ぐべく、奮闘する王国のシャーマンたち。
そこには、自分の師匠の姿もあった。バオルの知る姿より、はるかに若々しかったシグルドは、不死の杖を天に向かって絶え間なく振っていた。すると大風が吹き荒れ、秩序なく降り注いでいた炎の雨は、一斉にシグルドへとその方向を変える。そこを、彼を取り囲むようにして配置された魔道士たちが、水の魔法で消火していった。
師匠は炎の雨の寄せ餌となっていたのだ。あの記憶では同じ方法を取っていたシャーマンが他にもいたが、やがて力尽き、一人また一人と、身体にまとわりつく炎によって、骨の髄まで焼き尽くされていく。
次々と灰になる友たちの最期に、沈痛な顔で涙を流しながら、シグルドは死んでいった友の命を吸って、大風を起こし続けた。
シグルドはやはり「世界の死すべき時」に、立ち会っていた。それに対して死力を尽くして戦った結果、友のシャーマンたちも、守るべき家だった協会も、王国も、全部を失ってしまったのだ。
「五十年前のあの日から、死んでいたも同然だ」という師匠の言葉の意味が、ようやく理解できた。そして、やがて再び訪れるやもしれない悪夢、「世界の死すべき時」を乗り越えることを託すために、バオルを選んだのだ。
バオルはいまだに昂ぶっている胸をなでる。二人には、まだ記憶の内容を話すべきではないと思った。話せば、命を投げ打つ人間に対する気遣いが出る。旅の空気が重苦しくなるだけだ。
ハープーンはともかく、リーサは先ほどの様子を見るに、自分を押し留めようとするだろう。使命を果たす時の決心が鈍ってしまう。
「気負い過ぎるな。お前が間違えたのなら、俺がぶちのめしてでも引き戻す」
「わ、私だって、バオルさんを引っぱたいてでも」
「二人とも頼もしい。でも、いいのか、リーサ」
彼女は首を傾げる。深緑の瞳が無垢に輝いていた。できることなら、彼女を巻き込みたくない。
「ゴミ処理と人命救助を目的としていたはずの奉仕活動が、こんなことになるなんて誰が思う?」
バオルの問いかけの意図を察したハープーンが、後を継ぐ。
「もし嫌になったなら、いつでも抜けて構わん。お前は頼れる女だが、別に正式な護衛というわけではないんだ。無理をして、ついてこなくてもいい」
リーサの顔が引きつるのが分かる。バオルも胸が痛んだ。泣き出されたら、どうやって慰めようか、と頭の中をひっくり返す。
「二人とも、ずるいです。私はもらってばかりなのに、そのまま帰れって言うんですか」
私、こう見えても義理堅い女なんですよ、とリーサはツンと顔をそらせた。泣き出さないだけよかったが、別れる雰囲気とは程遠い。
「それに、お二人がこれから成すこと、『世界の死すべき時』を聞いて、放って置けません。絶対に記録させてもらいますからね。嫌でも離れませんから」
こうなってしまうと、彼女はてこでも動かない。
「わかった。好きにするがいいさ」
ハープーンがさじを投げた。説得できない以上は、時を改めることにする。
三人は来た道を引き返す。あと一歩で外に踏み出そうという時。
「ちょっと待ってくれないか」
バオルが先頭を進んでいたハープーンを呼び止めた。肩越しにハープーンが振り返る。
「どうかしたのか?」
「感じるんだ。何か近づいてくる」
エリオットのいう「死を生かす力」を体験した影響か、命に体が敏感になっているようだ。身体中の毛がピリピリと逆立ち始めるのを、バオルは感じていた。
ほどなく、力のない鳴き声が墓の外から響いてきた。同時に墓の入り口に留まっていた三人の鼻先を、巨大な茶色の鳥がふらつきながら、ゆっくりと横切っていったのだ。トビに似ているが体長はバオルの三倍以上はある。
ルフ鳥だ、とハープーンがつぶやいた。肉食の怪鳥で山岳地帯にその巣を作っている。性格は獰猛で、彼らが巣くう山を越えるのは、山火事に身を投じることと同義だとさえ言われる危険な存在だ。更に、ごくまれではあるが人里に舞い降りてきて、人や家畜が襲われたケースもある。
好んで接触したくない相手。だが、先ほどのルフ鳥は様子がおかしかった。羽が血で濡れていた上に、右肩に矢が刺さっていたのだ。何者かがルフ鳥を追い詰め、狩ろうとしている。
バオルはまた、別の気配を捉えた。
「ルフ鳥が来た方向から十一……十二。まっすぐこっちに向かってくる」
「早くここを離れましょう。囲まれると面倒です」
「同感だ。話が通じる相手とは限らんしな」
「賊」という声が、階段を降り切ったところで聞こえた。声の方を見ると、三十歩ほど先に、よれよれの狩人服に身を包んだ男たちが、弓を構えつつこちらににじり寄っていた。
ルフ鳥を追っていた奴らだろう。彼らの中から、顔面に包帯を巻いた男が歩み出る。一際、大きい生命力の持ち主だ。
「逃げると撃つ。この墓の周りで怪物を連れた不審者が徘徊していると聞いて、狩りのついでに来てみれば、果たしてその通りだな。大人しくしてもらおうか」
彼の言う怪物とは、ルフ鳥のことかミノタウロスのハープーンのことかはわからない。三人は互いに顔を見合わせると、バオルが返答する。
「私はバオル。シャーマンだ。偉大なるエリオット王に哀悼の意を示すため、ここに参った。こちらの二人は私の供だ。私たちに交戦の意思はない。無用の争いを避けたいのは、あなた方も同じではないだろうか」
まだ相手の正体をつかめないので、あえて強気を装った。つけあがらせてこれ以上近づかれても厄介だし、このくらいで頭に血が上ってしまう連中なら、上手くあしらって逃げ出す自信がある。
「シャーマンを騙るのは重罪だ。その杖も他人から奪った物かも知れないし、信用できないな。試させてもらう」
包帯の男がさっと手を挙げると、男たちの間を縫って、犬たちが飛び出してきた。胴体の肉は腐食し、尻尾はちぎれ、足や顔からは骨が露出している。アニマルゾンビをけしかけて、バオルを試そうというわけだ。
だが、こちらは本職のシャーマンなのだから、恐れることはない。バオルが杖を地面に突き立てると、アニマルゾンビたちの走りは一斉に止まった。
「死してなお、さまよいし骸たちよ、我が声を聞け」
バオルは内心、驚いた。今までの自分だと、呼びかけの時点であの類の怪物は動きを止めるだけだったはずだ。しかし、目の前の犬どもはすでに足を折って、地面に這い付くばっている。これなら略式で終わる。
「逝け。お前たちのいるべき場所へ」
バオルが地面から杖を引き抜くと、犬たちの身体はまるで別の生物に擬態した、大勢の虫たちが飛び去っていくように、身体の端から灰となり、風に吹かれて、どこへともなく散っていった。
包帯の男はバオルの手並みに、余裕しゃくしゃくといった様子で拍手を送っている。バオルは目の前の男の得体が知れなかった。怪物を従えるのもさることながら、どうも遊んでいるような気楽さが感じられる。
「お見事、シャーマンの力は本物のようだな。では、護衛の御二方はいかがかな? お前たち、矢のプレゼントだ」
もとより、逃がす気はなかったのだろう。包帯の男が号令をかける。だが、男たちは弓を引き絞った姿勢のまま動かない。その表情には恐怖が張り付いていた。
「そんなに怖がらないで下さい。一日もすれば動くようになりますから」リーサがニコニコ笑いながら告げる。矢を放てないのは当然だった。狩人たちの両腕と両足は、石と化していたのだから。「でも急ごしらえですし、頑張れば動かせるかも知れないですよ」
「相変わらず、えげつないな、リーサ」ハープーンはすでに、自分も弓を構えている。無造作に彼が放った矢は、一人の狩人の弓を、撃ち抜いていった。「それでも、武装解除くらいはさせてもらうか」
ハープーンは文字通り矢継ぎ早に弓を射る。狩人たちの弓は、次々と使いものにならなくなっていった。最後の一人の弓が破壊されると、リーサが「もういいよ」と声をかける。狩人たちの腕と足を固定していた石のギプスは、ひび割れて地面に落ち、炎にあぶられた氷のように、溶けて泥に戻っていく。
狩人たちは腰に山刀を吊るしていたが、飛び道具を相手に接近戦を挑むほど無謀ではなかった。彼らは包帯の男を残し、一目散に逃げ出す。それを見て、包帯の男はまた拍手をしながら、大声で笑った。
「ははは、いやあ見事。大した腕だ。更に一時的な石化術か。興味深い魔法を使う」
「面白いくらいに踊ってくれるのは、あんたの趣味なのか」
ハープーンの弓矢は、油断無く男の胸を狙っていた。
「これが笑わずにいられるか。ようやく、巡りあえたんだよ。本物に」男が拍手を止めると、顔の包帯に手をかけた。「本物のシャーマンと護衛の力、存分に堪能させてもらう」
包帯の下から現れた顔は、無数の刀傷を負っていた。しかし、男が息を吐き出すように口を開くと、彼の両耳の上から金色の角が生え出し、開いた口からはゾウの鼻のように長い舌が垂れた。衣服が弾けとび、筋骨隆々としていた彼の身体は、更にその隆起を増し、毛に覆われていく。
ハープーンが矢を放ったが、男の全身を占め始めた体毛は、木の枝を投げつけられたかのように、その矢を弾いてしまった。
「ミノタウロス? いや、違う。何だ?」
「ウェンディゴ」バオルの問いに、ハープーンが弓を背負い直しながら答えた。槍を抜いた彼の顔から、汗が一筋流れ落ちる。「森で帰る術を無くした狩人が、生きるために手当たり次第に命を貪り食った、成れの果てだ」
「ウェンディゴ、記録させ……てはもらえなさそうですね」リーサは取り出しかけたメモをしまった。「石の拘束が効いていない」
先ほどから彼女が試みていたのは、狩人たちにしたものと同じ拘束術。しかし、ウェンディゴの体の隆起は、それらを容赦なく粉砕する。
「逃げられる?」
「あいつの最速は、馬と互角か、それ以上」
徒歩での逃亡は絶望的だ。バオルはクロスボウを握りしめる。
リーサは先ほど、川で回収した泥を頭から全てかぶっていた。白い顔にまんべんなく泥を塗りたくり、全身から泥が滴り落ちる中で、殺気を帯びた目だけは爛々と光っている。彼女の出身部族「泥の民」が闘いに臨む時の姿だ。
「二人とも、覚悟はいいな」ハープーンが槍を下段に構える。ウェンディゴが吠えた。「死ぬ気で戦わないと、逃げ切ることすらできんぞ」
ウェンディゴは、足音もなく突っ込んできた。散開し、辛うじてかわすが、バオルは見た。足音がないのは、奴が地面すれすれの空中を走ってきたからだ。あれでは、足音を頼りに気配を探れない。常に視界にウェンディゴを捉えて戦わねばならないのだ。
加えてハープーンの言葉に違わない急加速。まばたき一つで骨を砕かれる。
ハープーンが槍をしごいて突きかかるが、鋼鉄の穂先はウェンディゴの全身を覆う剛毛を何本かちぎり取っただけだった。
「刃が通らん!」とハープーンが叫んだのは、他の二人に作戦構築を促すためだ。バオルはクロスボウで牽制し、リーサは自分の右腕を地面に擦り付けた。川の泥とここの土が、彼女の腕を軸に混ざり合う。その隙を突いて、ウェンディゴがリーサに矛先を向けた。
あわや胸を抉り取られるというところで、ウェンディゴの腕をリーサの泥の腕が受け止めた。彼女の腕は、固まった泥で丸太のようになっている。ウェンディゴはぞっとする笑みを浮かべた。
「お堅い乙女だ。もう少しゆるくならないものか」
「あいにく、あなたに触らせるものはありません」
「つれないな」
ウェンディゴの背中で毛が舞った。バオルとハープーンの矢が、ウェンディゴの剛毛を削りにかかっているのだ。
「いいぞ、いいぞ。その調子だ。楽しいぞ」
ウェンディゴが、リーサの泥の腕を力任せに殴り飛ばす。彼女はたたらを踏みながらも、何とか持ちこたえると、身体全体を隠すように泥の腕を構えながら、ウェンディゴに向かって行った。




