第八話 決戦!ウェンディゴ
第八話、投下です!
迫りくるウェンディゴ。奴のパワーに、バオルたち三人はチームワークで立ち向かいます。
決着は間近。
「忘れるな、バオル。『死を生かす道』は、お主とともにある!」
圧倒的な腕力のウェンディゴに、三人は入れ替わり、立ち代わりで息もつかせず攻めたてる。バオルは何とか命に呼びかけようとするが、集中しきれない。先ほどもハープーンの放った投げナイフが、奴の腕の軌道をそらせてくれなければ、首をもぎ取られていた。
ウェンディゴは先ほどから、バオルに狙いをつけている。初めは、三人の中で一番軽装の自分をつぶしにかかっていると思ったのだが、徐々に予想がずれ始めた。他の二人には軽口を叩くウェンディゴも、バオルが相手だと、黙って拳を繰り出してくるだけだ。その目に憎悪の火が灯り出すのが見て取れる。
「シャーマンに、恨みがあるのか?」
バオルはかわし切れず、クロスボウの胴でウェンディゴの腕を受け止める。マクドナルドの手入れによって頑丈さを保っていたクロスボウは、壊れこそしなかったが大きくひびが入った。もう受けには使えない。
「腹が満たされた者に、飢えの苦しみは分かるまい」ハープーンの矢が、ウェンディゴの後頭部の毛をえぐった。「協会さえ残っていれば、こんなことも無かったのによ」
「どうして協会が?」
「知らないだろうな、統制を失ったシャーマンどもは」
リーサが先ほどよりも大きくなった泥の腕を振り回して、ウェンディゴに殴りかかる。
「逆恨みですか」
奴がかわすと、巨大な質量が巻き起こす突風が、バオルの鼻先を掠めた。
「協会があれば、俺はこうならずに済んだんだ」
「お前はもう歪んでいる」ハープーンが槍を繰り出す。かわした瞬間を狙った一閃の突きは、ウェンディゴの脇腹をかすめた。「私怨で挑むなら、貴様は怪物以下だ」
「黙れ、牛野郎」
ウェンディゴは語気を荒げる。知的な雰囲気が崩れ出しているのは、憎悪で人間らしさが消えようとしているのか。
「やれるのか、貴様ごときに」
ハープーンは煽る。相手が感情をむき出しにしてきた今、機が見え始めた。ウェンディゴの拳を、槍で巧みにさばきながら、二人にアイコンタクトをする。「奥の手」を使う時だ。
繰り出された拳を、あえて槍の柄で受ける。柄はあっけなく折れた。調子づいたウェンディゴは体勢も構わず、つんのめるように拳を打ち込んでくる。回避など念頭にないがむしゃらな攻撃だ。
ハープーンはのけぞり、あごを浅く切り裂かれたものの、ぎりぎりで拳をかわす。彼ももうこれ以上はよけられないが、十分な時間が稼げた。
ウェンディゴの脇腹に、うなりと共に振るわれた茶色の大槌が打ち込まれる。すでに、リーサの身体を上回る大きさに膨れ上がった土のハンマーは、虎視眈々と隙を狙っていたのだ。
ウェンディゴがぐらついた。それを見てハープーンとリーサが、バオルの方へ走り出す。バオルはウェンディゴに向けて、「奥の手」を投擲していた。
遠目には石に見える。だがそれには紐が一本生えており、その先端が火花を激しく散らして燃えていた。発破が奴の背中に触れた瞬間、閃光と爆風が三人の目の前を覆いつくす。巻き起こる砂埃に、目を開けていられない。
「ぶっ飛んでいる」バオルは開いた口がふさがらなかったが、ハープーンが彼をこづく。
「もたもたするな。今のうちに逃げるぞ」
三人は馬の元へ駆け出す。ハープーンは槍を失い、手の内はほとんど晒してしまった。ここで逃げられなければ、なぶり殺しにされるだけ。一秒を惜しみ、三人は走る。
見えた。リーサが作ってくれた、擬態の岩。あれを解除して馬に飛び乗る。それだけのことだ。
「伏せて!」リーサの悲痛な声が、最悪を告げた。次の瞬間、右腕の痛みと共にバオルは宙を舞う。一呼吸おいて急激に迫ってきた地面に、真正面から熱烈な口づけを交わした。頭の奥がしびれて、身体が動かせない。
ウェンディゴはもう追いついてきたのだ。発破の直撃を受けたのに。音で気配を探れないことが、厄介さを極めた瞬間だった。打撃を受けた右腕は感覚が失せている。
だが、あの発破も無意味ではなかった。奴を守っていた剛毛は、至近距離からの爆発と熱風でちりぢりになり、体のあちらこちらで灰色の皮膚がのぞいている。あそこに打ち込まれれば、奴もダメージを受けるはずだ。
事実、今まで突撃一辺倒だったウェンディゴは、ボクサーが行うピーカブースタイルで、二人からの攻撃を、毛のある部分で受け止めることが増えていた。
機は、まだ去っていない。バオルは気絶した風を装い、周囲の命に集中し始める。このようなところで果てるなら、託されはしない。
師が記憶の中で見せた命の使い方。きっと自分にもできるはずだ。後は準備が整うまで、二人が持ちこたえてくれるのを信じる。
時折、二人のうめきや悲鳴が耳に飛び込んできて、意識をかき乱されそうになった。バオルはひたすら命に専念する。逃避ではない。これは自分たちの、勝利への足がかりだ。
そして感じる、死に切れない命たち。狩人たちの弓。ハープーンの槍。爆散したばかりの発破。本来、もっと他者を傷つけ、命を奪い取る可能性を持っていた彼らの生涯は、終わりを告げた。だが、自分はその遺志を引き継ぎ、奴を討つ。
「死してなお燃え尽きぬ魂。我に応えろ」
心の中で早口に唱える。粗雑な詠唱だが、猶予はない。こうしている今にも、二人の命が少しずつ削られているのが分かる。
バオルの闘志に感化されたのか、あの時以上の勢いで、命の奔流が自分に流れ込んでくる。果たせなかった本懐を、新たな主がきっと遂げさせてくれる。そう信じてくれている魂が心臓に沁みた。右腕は回復するどころか、その時を待ち焦がれて、ひとりでに動き出さんばかりだ。
バオルは、かっと目を見開く。危機一髪だった。リーサは王家の墓の壁面に叩きつけられて息も絶え絶えになっていたし、ハープーンの剣は半ばから折れてしまっていて、攻勢に転じられなくなっている。
もう好きにはさせない。バオルは背負っていた不死の杖を抜き、跳ね起きる。そうすることが昔から分かっていたかのごとく、右手が勝手に、突き刺すような形で杖の先端をウェンディゴに向けた。
自分の中にうずく、熱く危険な何かが右腕に集まり、杖からほとばしろうとしている。
「お前の死すべき時だ」
口をついて出た言葉は、きっと全ての武器に込められた願い。バオルの声にウェンディゴが反応し、こちらへ向かってこようとする。だが、時すでに遅し。
バオルには、ただ杖が光ったようにしか見えなかった。しかし、ウェンディゴが胸を押さえ後ずさると、その身体が燃え出す。油をかけられたように、恐るべき早さで全身に広がった炎は、瞬く間に一本の柱となって天を衝いた。
終わった時、ウェンディゴの痕跡は肉の焦げた臭いしか残っていなかった。だが、感傷に浸る前にやるべきことがある。
バオルは不死の杖を地面に突き立て、散っていったウェンディゴの魂を導く。不死の杖と自分の身体を持ってしても、溢れ出さんばかりの活力。圧倒的な命に、身体が打ち震えているのが分かる。
そして、自分の奥底に眠る黒い欲求が鎌首をもたげ始めた。もっと欲しい。あの二人も殺して喰らえ、と。
あの二人とは当然、満身創痍のハープーンとリーサのことだ。バオルの理性を、本能の大波が打ち砕こうとしていた。重ねた時間など関係ない。今この時の快楽を求めろ。悪魔の囁きが、バオルの胸の中を這い回る。
彼らを楽にしてあげよう。バオルが杖の先を二人に向けた時、視線の端でちらりと何かが動いた。見ると、先ほど狩人たちに追われていたルフ鳥ではないか。もう飛ぶこともできないのだろう。びっこをひいて左右に大きくふらつきながら、ゆっくりバオルに近づいてくる。
「君も、僕に捧げてくれるのか?」バオルはうっすらと笑みを浮かべたが、次の瞬間、目を見張ることになった。
ルフ鳥は首をもたげると、自分の肩口に刺さった矢羽に食らいついたのだ。くちばし全体で覆うようにしてくわえ込み、引き抜こうとしている。傷口から血がにじみ出し、声にならないルフ鳥の叫びが、耳に届く。ついに矢を抜いたルフ鳥は、それをバオルの足下に向かって吐き出した。地面に突き立ったそれは、ルフ鳥の命の証によって、茶色くにごっている。
死ぬ気はないのか。バオルははっとした。
何を考えていたのだ、自分は。死で生を支えることがシャーマンの役目。その生を自ら奪おうとするなど。自分の快楽のために死を欲するなど。
バオルは一度、右の拳で顔を殴る。頭をぶんぶんと振ると、改めて杖を掲げた。
「この命、世界のために!」
バオルはエリオット王との誓いの言葉を叫び、誘惑を退けた。吸い上げたウェンディゴの命を、先ほど杖から命をほとばしらせた要領で周囲へと解き放つ。
ハープーンとリーサとルフ鳥の傷がみるみるうちにふさがり、闘いで削られ、濁った地面が本来のつやを取り戻していった。バオルの中の欲望は、舌打ち混じりに引っ込む。
「一度、道を踏み外せば、お主は希代の死神となって、大いなる災いを世界に呼ぶことになろう」
エリオット王の言葉を思い出し、これでいいんだ、とバオルは確信する。
あの欲望に身を委ねたのなら、もう疫病神では済まない。命が流れ込む快楽に溺れた時、自分は取り返しのつかない闇の中に落ち込んでいく。死神として、命を貪るだけの存在に成り果てるに違いなかった。
多くの命を屠ってきたであろう、ウェンディゴの命が還る場所は自分ではない。この王家の墓を覆う樹海だ。自分たちシャーマンは、命が還る仲立ちをするだけ。
杖と身体から溢れ出す、ウェンディゴの命が無くなるまで、バオルは杖を振りかざし続ける。太陽はすでに地平線へその身体を隠し出し、夕闇が辺りに立ち込め始めていた。
本日の投下は、これにて終わりです。お付き合いいただいた方、ありがとうございます。
続きは数日の間にアップする予定です。




