4話目
私は一階にある第二理科室に向かっている。
第二理科室からアルコールランプを持ってくるように頼まれたのだ。
ああもう、実に面倒臭い。季節が季節であるため、外は明るいが、辺りの教室にはもうほとんど生徒の姿が見えない。
ふと、グランドの方を見れば、二年生位だろうか、サッカーをしている下級生の子が見える。
実に元気である。体力面はともかく、不器用な私にはあのように器用にボールを動かしているのはうらやましく見える。
そう思っていた時だった。
「や、山本君!どうして学校にまだいるんだい!?」
すこし上ずった声が聞こえる。声が聞こえる方を見るとそこには男子生徒が立っていた。
少々土で汚れているものの、清潔な服装をしている。小脇になにやらブルーシートのようなものを抱えている。
私はその生徒をよく知っていた。
「委員長」
そう、私のクラスの委員長である。成績優秀、品行方正、そしてやや頭が固い。委員長、という言葉をそのまま言い表したような男である。
周囲からの評価も、ちょっと固いけれど、良いやつであるというものである。
まあ、それゆえに煙たがれることもやや多い。恵もたまにうっとおしそうに見ていることもあるし。
ちなみに、周囲から委員長としか言われないので、名前はあまり覚えてもらえない。なお、私も覚えていない。
「こんな時間まで学校に残ってどうしたんだい?」
私を咎めるように言う。
「笹本先生のお仕事を手伝っていたの」
嘘を吐く必要もないので正直に答える。まあ、褒められこそすれ、怒られることもないだろう。
「前もしてなかった?」
「恵が理科委員だからね、それの付添で手伝ってあげてる」
「……山本君はいい子だね」
「別にそんなことはないよ、仕事って言ってもホッチキスで書類を留めるだけとかだしね」
まあ、笹本は好きではないが、奴の話は暇つぶしにはなるのでそれほど苦ではない。
「委員長は?」
何をしていたの?と尋ねる。まあ、いつも清潔にしている服が少し汚れていることから大体分かるが。
「ああ、明日の収穫のための準備さ!明日には美味しいトマトをご馳走してあげられるよ!」
胸を張って委員長が答える。ちっ、余計な真似を。
「そう、美味しいといいね」
完全に他人事である。実際、私のトマトは恵の胃袋に収まる予定だ。美味しかろうが、不味かろうが私の知ったことではない。
「山本君、くれぐれもトマトを相沢君に食べてもらうなんてことは駄目だよ?」
と思ったら釘を刺してきた。
「そんなことするわけないじゃない。私委員長のトマト楽しみにしてるんだから!」
とりあえず出まかせを並べる。まあ、明日体調が悪いとかなんとか言えば切り抜けられるだろう。
「そ、そうかい!?」
委員長が喜んでいる。少し気の毒かもしれない。
「今回のトマトは苦手な人でも食べやすいように品種改良されているトマトなんだ!
山本君も楽しみにして貰えているようで嬉しいよ!」
委員長の目が子犬のようにきらきら輝いている。胸が痛い。だが私は食べない。
「それにね、今回のトマトにはリコピンが沢山含まれていてだね……!」
「そ、それじゃあ、私まだ仕事が残っているから行くね!委員長もまだ作業が残っているんでしょ?」
何が悲しくてトマトの話を聞かねばならないのだ。とっとと退散することにする。
「う、うん、山本君も頑張って。もうすぐ大雨が降るそうだから気をつけるんだよ!」
委員長は少し話し足りなさそうな顔をした。お前は一体どれだけトマトが好きなのだ。
私は足早にそこから立ち去った。




