第9話「毒は調味料ではない」
刃は抜ける。
打撃も抜ける。
なら、内側から壊す。
俺は昼食へ、死神には不要なものを加えた。
人間なら致命的になる。量も種類も書く気はない。
表面上は、ただのクリームシチューだ。
「今日は香りが違います」
シオンが一口食べる前に言った。
「分かるのか」
「味覚発生後、嗅覚情報も統合されています」
計画が早くも崩れた。
「食わないのか」
「食べます」
シオンはスプーンを口へ運んだ。
ゆっくり飲み込む。
「美味しいです」
「それだけか」
「舌先に刺激があります」
もう一口。
「心拍、呼吸、神経伝達に変化なし。殺害チャレンジは失敗です」
「分析するな」
「凛」
シオンは皿を見た。
「これは、毒物を摂取させる行為ですか。食事を提供する行為ですか」
「前者だ」
「では、なぜ具材の大きさが、昨日私が食べやすいと述べた寸法に統一されていますか」
スプーンが止まる。
「火の通りを揃えるためだ」
「塩分は〇・八%。味噌汁と同じです」
「偶然だ」
「皿は、私が赤色と相性が良いと選んだものです」
「うるさい」
こいつを殺す料理へ、俺は食べやすさと好みを入れた。
殺意は本物だと言い張れる。
だが、皿に盛る最後の瞬間、一番強かった意図は何だ。
食わせる。
できれば、美味いと言わせる。
毒より先に、自分の世話焼きが回っている。
「凛も食べますか」
シオンが自分のスプーンを差し出した。
「食えるわけないだろ」
「では、これは私専用の料理です」
勝ち誇る表情はない。
それでも負けた気がした。
「毒を調味料みたいに言うな」
「私は言っていません」
「顔が言ってる」
「表情は変化していません」
その通りだ。
腹が立つ。
シオンは最後まで食べた。
「次回は、毒物を入れない場合との比較試験を希望します」
「次がある前提か」
「食事は毎日あります」
殺害チャレンジを、夕食の献立相談に変えられた。
「死神に毒が効かない理由は」
「生命活動が人間と異なるためです」
「人間化が進めば、効くようになるか」
シオンのスプーンが止まった。
「不明です」
笑えない答えだ。
味覚は発生した。
体温もある。
くしゃみのような反応まで出れば、いつか毒も「食事」では済まなくなる。
「吐け」
「効果はありません」
「いいから」
椅子から立つ。
背へ手を伸ばしかける。
「凛」
「何だ」
「私を殺すために入れました」
「そうだ」
「今は、助けようとしています」
矛盾を声にされる。
「効かないと分かるまでだ」
「すでに変化なしと報告しました」
「黙って水を飲め」
コップを差し出す。
シオンが受け取る。
指が触れた。
「接触成立」
「報告するな」
シオンは水を飲んだ。
「次から毒は入れない」
「殺害チャレンジを中止しますか」
「比較試験だ」
言い訳の形だけを整える。
「了解しました」
シオンは空の皿を見た。
「次回を楽しみにしています」
毒を抜く約束を、楽しみと呼ばれた。
俺の敗北は、さらに明確になった。
翌日、シオンは買い物メモを作った。
『豆腐、ねぎ、卵、毒物ではない調味料』
「最後の一行を消せ」
「区別に必要です」
「店員に通報される」
スーパーで、シオンは調味料の表示を一つずつ読む。
「保存料は毒物ですか」
「量による」
「塩も量によっては有害です」
「そうだな」
「では昨日の味噌汁も殺害未遂では」
「俺の血圧だけを狙うな」
試食コーナーで唐辛子入りの漬物を渡された。
シオンは一口食べ、完全に停止した。
「どうした」
「口腔内に熱源があります」
「辛いんだ」
「火傷では」
「違う。水飲め」
ペットボトルを渡す。
シオンは一気に飲んだ。
「毒です」
「お前が自分で食った」
「提供者に殺意はありませんでした」
「なら触れられるな」
「食品と接触規則は別です」
店員が心配そうに見る。
「彼女、辛いの苦手だった?」
「今日発覚しました」
「じゃあ甘い卵焼きもどうぞ」
今度は慎重に食べる。
目がわずかに見開いた。
「これは」
「甘い」
「先ほどの苦痛を相殺します」
「味は会計処理じゃない」
試食を二周しようとするのを止めた。
「検証回数が不足しています」
「普通に買う」
買い物籠へ卵と砂糖を入れる。
「毒物は」
「買わない」
「殺害計画は中止ですか」
「今日の献立を先に決める」
シオンは黒札を開いた。
「対象、優先順位を変更」
「報告するな」
「重要な変化です」
殺人より卵焼きが上に来た程度で、死神庁へ速報されたくない。
【宣告課・案件四〇七 経過報告】
経口毒物、効果なし。
対象は殺傷目的を申告。
料理工程には、対象申告と一致しない配慮が十四件。
主目的の判定は保留する。




