第4話「死神、赤を選ぶ」
五日目。
シオンは、初日に着ていた黒いワンピースのままだった。
「着替えは」
「不要です」
「洗濯は」
「汚れません」
「俺が気になる」
この五日で何度目か分からない言葉が出た。
「それは凛側の問題です」
「お前の問題にする。外へ行くぞ」
駅前の商業施設。
死神は陳列棚を、武器庫でも点検するように見て回った。
「この上着は防寒機能が低いです」
「見た目で選べ」
「この装飾は用途がありません」
「用途のないものを楽しむのが服だ」
「人間文化は、無駄へ価格を設定する傾向があります」
俺も普段なら同意する。
だが、黒と灰色ばかり選ぶシオンを見ていると腹が立った。
白いブラウスを取る。
「これ」
「汚れが目立ちます」
「お前は汚れないんだろ」
「反論材料を転用されました」
試着室へ押し込む。
数分後、カーテンが開いた。
白いブラウスに、細い黒のパンツ。
似合っている。
それを口にする必要はない。
「サイズは」
「規格上、問題ありません」
襟が内側へ折れていた。
直そうと手を伸ばし、途中で止める。
店員が見ている。ここで手をすり抜けさせるわけにはいかない。
「何でしょう」
「襟。自分で直せ」
シオンは逆側を触った。
「そっちじゃない」
「視認できません」
仕方なく、襟へ指をかける。
布を外へ返す。それだけだ。
触れた。
白い首筋のすぐ近くで、指が止まる。
「完了しましたか」
「した」
すぐ離す。
店員が微笑んだ。
「お連れさま、赤も似合いそうですよ」
「黒でいいです」
「凛に聞いていません」
シオンが初めて、俺の言葉を遮った。
店員が持ってきたのは、暗い赤のカーディガン。
シオンは袖へ触れ、鏡の中の自分を見る。
「これにします」
「機能は」
「不明です」
「用途は」
「ありません」
俺は少し笑いそうになった。
「じゃあ、何で選んだ」
シオンは鏡から目を離さない。
「これが、いいと思いました」
必要ではない。
合理的でもない。
誰かに命じられたわけでもない。
死神が初めて選んだのは、血より少し明るい赤だった。
試着室へ戻る前、シオンは鏡へもう一度近づいた。
「どうした」
「初期装備以外の色を着用した自分を、認識に固定しています」
「写真でも撮るか」
「記録は不要です」
そう言いながら、離れない。
俺は店員へ目で合図し、姿見の横にあった小さな鏡を借りた。
背中側も見える角度へ置く。
「これなら全体が見える」
シオンは前と後ろを交互に見た。
「凛は、これが似合うと判断しますか」
「店員に聞け」
「凛が選んだ白との比較です」
逃げ道を狭めるのがうまい。
「赤の方が、お前が選んだ顔をしてる」
「顔は同一です」
「そういう意味じゃない」
「説明を」
「しない」
シオンは納得していない。
だが、赤い袖を指先で一度撫でた。
その仕草は、鏡の中の自分へ触れて確かめるようだった。
会計で店員に関係を尋ねられる前に、俺は口を開いた。
「この赤も包んでくれ」
「凛」
「何だ」
「私は一着でよいです」
「洗い替えだ」
「汚れません」
「反論材料を転用するな」
今度は俺が言い返した。
店を出た時、シオンは紙袋を胸の前で抱えていた。
「重くないだろ」
「重量の問題ではありません」
「じゃあ何だ」
「所有物を運搬しています」
買った服は、死神庁の支給品ではない。
誰かの命令で選ばれた制服でもない。
「嬉しいのか」
「所有物の増加を喜びと定義するのは、消費社会に偏っています」
「面倒な答えだな」
ショーウインドウに、赤いカーディガンを着たマネキンが映った。
その横へシオンの姿が重なる。
「試着した時、鏡を長く見てた」
「色の反射率を確認していました」
「黒より似合ってた」
シオンが止まった。
「評価ですか」
「事実だ」
「あなたは先ほど、評価を求めていないと言いました」
「俺の発言を全部保存するな」
「黒札は高性能です」
マンションへ戻ると、隣の安藤翠が廊下で宅配便を受け取っていた。
俺たちを見るなり、紙袋の店名を確認する。
「黒崎さん、女性服を買う趣味あったんですか」
「俺が着ると思うか」
「人の趣味は尊重します」
「尊重する顔で想像するな」
シオンが袋から赤い袖を少し出した。
「私の衣服です」
「へえ。黒崎さんが選んだんだ」
「最終決定は私が行いました」
「大事なところですね」
翠が俺を見る。
「ちゃんと本人に選ばせたの、偉いじゃないですか」
「幼児扱いするな」
「あなたを褒めたんです」
その日の夕方。
シオンは黒い服へ戻さず、赤いカーディガンのまま窓辺に立っていた。
「脱がないのか」
「洗い替えがあります」
「そういう意味じゃない」
シオンは袖口を一度つまむ。
「この色を選んだ状態を、もう少し継続します」
似合うと言われたから、とは言わなかった。
俺も二度は言わなかった。
【宣告課・案件四〇七 経過報告】
被服三点を取得。
うち一点は任務上不要。
選択理由は説明不能。
赤色を視認すると、処理速度がわずかに上昇する。
異常としては報告しない。




