第33話「守るとは、閉じ込めることか」
審理まで十二時間。
シオンは死命札を離さない。
「返せ」
「拒否します」
「消去処分になる」
「承知しています」
「俺の命だ。俺が決める」
「私の処分です。私が決めます」
平行線。
俺は立ち上がり、シオンの手首へ手を伸ばした。
紙片を奪う。
監査室へ返す。
シオンを危険から遠ざける。
指が、抜けた。
「またか」
手首を掴めない。
シオンは動かず、俺を見る。
「現在の最強意図は」
「お前を守る」
「違います」
「何が」
「私を、凛の望む場所へ置くことです」
「同じだ」
「違います」
シオンは死命札をテーブルへ置いた。
逃げない。
「第二十三話と同じです」
「あの時、お前は傷ついた」
「はい」
「今回は消える」
「可能性があります」
「なら、言うことを聞け」
「守るとは、閉じ込めることですか」
ドラマの女は、相手のためと言って一人で去った。
俺は相手のためと言って、一人で残そうとしている。
どちらも、相手を選択から外している。
「凛は、自分が死ぬ方を選ぼうとしています」
「俺の命だ」
「では、私が消える方を選ぶのも、私の存在です」
「同じにするな」
「同じです」
声を荒らげない。
だから、言い返せない。
「凛は、私を失いたくない」
「当たり前だ」
「私は、凛を失いたくありません」
「でも」
「『でも』の後で、私の希望を小さくしないでください」
胸の奥へ、静かに刃が入る。
俺はいつもそうだった。
依頼人の希望。
標的の希望。
死者の最後の言葉。
価値を決めるのは自分だと思っていた。
聞かずに終わらせてきた。
「怖いんだよ」
やっと言えた。
「お前が消えるのが」
「私も怖いです」
「平気な顔をするな」
「顔面筋の制御が未熟です」
「今は笑うところじゃない」
「はい」
シオンは少し考えた。
「では、こうします」
死命札を俺の前へ置く。
「奪わないでください。私は隠しません。ここに置きます」
テーブルの中央。
二人の手が届く場所。
「審理まで、どちらも触れない」
「その後は」
「一緒に持っていきます」
「二人で決める」
「はい」
俺は椅子へ戻った。
死命札は、黒いまま動かない。
深夜。
シオンがミントへ水をやる。
「多い」
「適量です」
「前よりうまくなったな」
「次も水をやります」
「ああ」
次がある前提。
それを嘘にしないために、俺はもう手を伸ばさなかった。
スマートフォンが震えた。
安藤からだった。
『明日は燃えるゴミ。朝八時まで。監査とか知らんけどゴミは待ってくれないから』
シオンが画面を見て、返信を打つ。
『承知しました。おやすみなさい』
「お前、寝ないだろ」
「安藤さんは寝ます」
「相手側に合わせる挨拶か」
「はい。以前は不要な文言だと判断していました」
彼女はカレンダーを開いた。
明日の欄には、三つの予定が並んでいる。
朝食。
ゴミ出し。
異議審理。
その下に、空白があった。
「終わった後の予定は」
「まだ決めていません」
「空白だな」
「書ける場所です」
何もない未来と、まだ書いていない未来は違う。
死命札を共同管理する場所を決めた。
金庫ではない。
俺の仕事用引き出しでもない。
食器棚の二段目。味噌汁の椀の隣。
「防犯性が低い」
「俺が勝手に持ち出せない場所がいい」
「私は持ち出せます」
「だから、出す時は言え」
「相互条件」
透明な保存袋へ入れ、『使用時は相談』と書く。
「子供の薬みたいだな」
「凛は勝手に飲みますか」
「飲まない」
「過去の行動から信用できません」
「毒を盛った話と混ぜるな」
シオンが戸を閉める。
「凛の残り時間が再開した場合、死命札には死因も表示されます」
「見るな」
「共同管理です」
「死に方を先に知って、行動を全部変える気か」
「回避可能なら」
「それが俺の選択を奪うかもしれない」
今度はシオンが黙る。
「死にたいわけじゃない。知るかどうかを俺にも選ばせろ」
「私は、凛を生存させたいです」
「分かってる」
「保護意図です」
「それだけなら、さっき触れたはずだ」
シオンが俺の袖をつまむ。
触れた。
「現在は成立します」
「今、何を変えた」
「凛が拒否した場合、札を見ません」
「怖くても」
「はい」
相手を守るとは、相手の恐怖まで消すことではない。
怖いまま選べる余地を残すことだ。
「俺も、お前が人間になるのを止めない」
「三十日になります」
「怖い」
「私もです」
同時に言うと、少しだけ笑えた。
「感情の一致を確認」
「日誌に書くな」
「私的記録です」
「それなら好きにしろ」
共同管理の最初の成果は、死命札ではなく互いの恐怖だった。
【私的記録】
対象による拘束接触は不成立。
話し合いの結果、死命札を共同管理。
守られることと、従わされることは異なる。
私も、凛の選択を奪わない。




