表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殺すまで一緒にいてやる ~殺し屋の俺、死の宣告に来た死神となぜか同居をはじめました~  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/35

第32話「死神、規則を盗む」

ヨミは、通知から三分で来た。


「何やったの、あんたたち」


「虚偽報告です」

「九件も?」

「確認されたのは九件です」


「確認されてないのもある言い方やめて」


 先輩死神が頭を抱える。


 テーブルには異議申立書。

 俺の願い放棄書。

 シオンの退職申請書。


「普通に出せば、退職審査へ行く」

「成功率は」

「出せないって言ったでしょ」


「〇・六%よりは高いのか」

「多分」


 多分で命を決めるな。


 シオンが黒札を出す。


「初日の受理記録を、昨夜から読み直しました」


 白い文字が三層に分かれて浮かぶ。


 願い原文。

 受理判定。

 対象定義。


「『お前を俺の手で殺す』。お前とは誰だ」

「私です」

「名前は」

「当時、ありません」

「身体の識別は」

「死神庁識別番号四〇七」


 裏社会では、名義と人間は別物だ。

 戸籍の上で死んだ男が、別の名で仕事を続けることもある。

 殺す対象を間違えないため、依頼書では名前ではなく、何を同一人物と判定するかを先に読む。


「受理判定は、何を殺害対象に結びつけた」


 シオンが記録を拡大する。


『宣告担当識別番号四〇七』


 肉体とも、人格とも書いていない。


「初期化後も四〇七は残ると言ったな」

「はい。私的差分だけが消去されます」

「なら初期化は、死神庁にとって死亡じゃない」

「番号が継続するためです」

「退職は」


 シオンが退職規程を開く。


『身分核を破棄し、識別番号を死亡登録する』


 二人とも、同じ行で止まった。


「これです」

「ああ。俺の願いが殺す相手は、最初から身体じゃない」


 俺が規則の文言を読み、シオンが照合条件を追う。

 片方だけでは届かなかった。


「身分核を俺が壊す。四〇七は死亡。個別化したお前は、人間として残る」

「残存保証はありません」

「禁止されてるか」


 シオンは全条項を検索する。


「記載がありません」

「なら、禁止されてない」


 ヨミが初めて口を挟んだ。


「規則にない手続きを審理へ出せば、存在消去を早めるだけかもしれない」

「方法を教えろとは言ってない」

「じゃあ、なぜ呼んだの」

「制度側の証人が要る」


 ヨミの顔から、いつもの軽さが消えた。


「私は賛成しない。前例がない」

「前例を作るかは、俺たちが選ぶ」


 シオンが頷いた。


「二人で発見した手続きとして、異議へ記載します」


 ヨミは書類に触れなかった。

 止めもしなかった。


 シオンが退職規程の注記を指した。


「この手続きを申請するには、対象の死命札が必要です。初期化決定時、監査室が回収します」


「死命札とは」


「凛の死期そのものです。宣告日、保留、再始動を管理する原本」


「監査官が持っていったのか」


 シオンが答えない。


 赤いカーディガンのポケットへ手を入れる。


 黒い紙片を出した。


 俺の名前。

 死亡予定、三十日後。

 状態、保留。


「シオンちゃん」


 ヨミの声が低くなった。


「監査官の黒札から抜いたの?」

「はい」


「それ、死命簿隠匿。初期化じゃ済まない。存在消去だよ」


「理解しています」


 俺は紙片を取ろうとした。


 シオンが引く。


「返せ」

「返しません」


「お前が消える」

「返却すれば、凛の死期を監査室が即時再始動できます」


「俺は三十日ある」

「監査室の裁量で保留違反期間を加算された場合、即時になる可能性があります」


「だから盗んだのか」


「はい」


 自分を消去の対象にして、俺の死を止めた。


「勝手なことを」

「第二十二話で通知すると約束しました」


「これは通知じゃない。事後報告だ」


「先に言えば、凛は止めました」


「当たり前だ」


「だから、私が選びました」


 第二十四話で覚えた答え。

 今は笑えない。


「私の選択を、今から話し合います」


 シオンは紙片を胸元へ持つ。


「凛を即時に死なせない。私も初期化されない。身分核破棄の手続きへ進む」


「失敗すれば消える」

「はい」


「俺のために」

「私のためでもあります」


 シオンの声は揺れない。


「私はシオンとして、凛に生きていてほしい」


 ヨミが長く息を吐いた。


「死命札の件は隠せない。異議は自分たちで書き直しなさい。私は発見者にも発案者にもならない」


「先輩」

「審理では、二人が自分で条項へ到達したことだけ証言する。それ以上は助けない」


 シオンがわずかに口元を動かした。


「虚偽です」

「誰に似たの、その言い方」


 二人の視線が俺へ向く。


「俺じゃない」


 嘘だった。


 俺は身分核の記述を読み直した。


「核も、お前の一部だ。俺が壊したい、従わせたいと思っている間は触れない」

「接触規則が適用されるなら、そうなります」

「お前が選んだ退職を受け入れ、四〇七という身分だけを終わらせる。その意図なら」

「成立する可能性があります」


 ヨミは答えを足さない。

 前例がないことだけが、その沈黙で分かった。


 シオンは目を逸らさなかった。


「人間になった場合、私は怪我をします。病気にもなります。空腹、疲労、老化が発生します」

「死ぬぞ」

「人間は全員、死にます」

「俺の停止していた残り時間も戻る」

「三十日です」


 知っていた。

 口にされると、喉の奥が狭くなる。


「それでも選ぶのか」

「はい」


 即答だった。


「死なないことだけを優先するなら、私は初期化を受けるべきです。けれど、それは今の私が消えることと同じです」


 ヨミがため息をつき、異議申立書の証人欄へ名前を書いた。


「私は賛成しない。でも、二人が強制されずに選んだことは証言する」

「それで十分です」


 異議申立ての準備は、死神の死亡届を書く作業に似ていた。


 現識別番号。

 担当案件。

 死神としての稼働年数。

 消滅を希望する機能。

 残存を希望する人格。


「人格を欄へ分けられるのか」

「制度上は、分けられない前提です」

「じゃあ何で欄がある」

「ありません」

「なら、余白に書け」

「書式外です」

「書式にないことを禁止する条項は」


 シオンが検索する。


「ありません」

「なら書ける。規則は、書いてないことまで禁止できない」


 ヨミは口を出さず、証人欄へ書いた自分の名を見ていた。


 シオンが『残存を希望する人格』へ書き込む。


 四條栞。


 赤い衣服を選択。

 味噌汁を好む。

 猫個体・大福の写真を保存。

 植物個体・ミドリ二号を養育。

 黒崎凛との共同生活を希望。


「二号?」

「一号は枯れました」

「いつ」

「昨日」


 窓辺を見る。

 新芽が出た鉢は、根が弱り、今朝完全に倒れたらしい。


「言えよ」

「審理準備を優先しました」

「埋めるぞ」

「今からですか」

「今だ」


 三人でベランダへ出た。

 小さな鉢の土を庭園用の袋へ移す。

 マンションなので勝手に地面へ埋められない。


「人間は埋葬にも管理規約があるのね」

「黙って手伝え」


 枯れたミントを紙へ包む。


「失敗でしたか」


 シオンが聞く。


「新芽は出た。お前が水をやった。失敗だけじゃない」

「死亡しました」

「死んだら全部失敗になるのか」


 俺自身へ返ってくる問いだった。


「ならない」


 短く答える。


 シオンは人間籍の申請書へ一行足した。


『回復しないものを、回復しないまま覚えている』


 ヨミがそれを読んだ。


「死神には一番向かない機能ね」

「人間には」

「たぶん必要」


 新しい鉢の名が二号になった理由を、監査官は翌日知ることになる。



【私的記録】

対象の死命札を隠匿。

重大な規則違反。

後悔はない。

恐怖はある。

恐怖があっても選択できることを、初めて知った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ