第20話「殺す理由、離さない理由」
「なぜ、まだ私を殺そうとするのですか」
夕食後。
シオンが唐突に聞いた。
テーブルには、二つの空いた皿。
窓辺には、少し葉を起こしたミント。
俺の手元には刃物も毒もない。
「最近はやってない」
「爆発から五日経過しています」
「十分最近だ」
「頻度ではなく、理由を聞いています」
逃げ道を塞がれる。
「願いだからだ」
「願いは、望むことです」
シオンはまっすぐ俺を見た。
「凛は今も、私の死を望んでいますか」
以前なら即答した。
今はできない。
「最初は」
声が自分のものではないように聞こえた。
「死にたくなかった」
認める。
「お前を殺すなんてのは、規則を止めるための穴だった。俺は死神なんか殺せない。だから願いは終わらない。俺も死なない」
「はい」
「ついでに、本物の死神を殺せるか試したかった。自分の腕が、死より上か」
「今は」
「分からない」
「嘘です」
平坦な声だった。
だから余計に、逃げられない。
「お前が死ねば、願いは終わる」
「はい」
「俺の止まっている死期も動く」
「はい」
「お前は百メートルから解放される。俺の担当も終わる」
「はい」
「だから、続けてる」
言ってしまった。
シオンを殺すためではない。
シオンをここへ縛るために、殺害チャレンジという形だけを残している。
「俺は、お前を殺したいんじゃない」
喉が乾く。
「離したくない」
シオンの指が、膝の上で小さく動いた。
「それは、支配ですか」
第七話の夜、肩を押そうとした手が抜けた。
規則は知っていた。
俺より先に。
「そうかもしれない」
「凛」
「何だ」
「私は規則でここにいます」
分かっている。
「ですが、食事をすること。名前を選ぶこと。帰宅時刻を求めることは、規則ではありません」
シオンは自分の胸へ手を置いた。
「私が選択しました」
「だから何だ」
「離れたくないのが、凛だけとは限りません」
心臓を正確に刺された。
触れられていないのに、逃げられない。
「業務日誌に書くな」
やっと出た言葉が、それだった。
「なぜですか」
「恥ずかしい」
「了解しました」
シオンは黒い札を手に取った。
「書くなと言った」
「公式記録には書きません」
白い文字を入力する指が動く。
何を書いたか、見せなかった。
「お前は」
シオンが札を閉じた後、聞く。
「俺が願いをやめたら、どうしたい」
今度はシオンが答えに詰まる。
「担当終了後、死神庁へ帰還します」
「規則を聞いてない」
「希望を」
「そうだ」
ミントの葉が、エアコンの風で揺れる。
「味噌汁を、もう一度飲みたいです」
「死神庁に持って帰ればいい」
「凛が作ったものを」
「レシピを教える」
「同じ味になりますか」
ならない。
同じ材料、同じ分量でも、作る人間が違えば微妙に変わる。
「赤い服を着たいです」
「持っていけ」
「凛に、似合うか確認してほしいです」
「端末で送れ」
「百メートル制限がなくなった後、通信が届く保証はありません」
一つずつ、代替案を潰される。
「要するに」
シオンが自分で結論を出した。
「ここにいたいです」
業務ではなく。
俺の願いでもなく。
「そう言え」
「今、言いました」
「最初からだ」
「感情の言語化には処理時間が必要です」
「便利な言い訳だな」
「凛も使用してください」
俺はすでに使っている。
離したくないと認めるまで、六十日近くかかった。
願いを撤回できるか、シオンに聞いた。
「受理後の撤回はできません」
「変更は」
「できません」
「俺が殺す気を永久になくしたら」
「願いは未達成のままです」
「お前は永久にここか」
「対象の死期も永久に保留されます」
不死と同居。
初日なら最高の取引だと思った。
「死神庁は放置するのか」
「長期未達案件は監査対象になります」
「いつ」
「基準は非公開です」
シオンの返答が少し速い。
「知ってるな」
「非公開です」
「お前にも」
「回答できません」
黒札へ手を伸ばす。
シオンが背中へ隠した。
「見せろ」
「業務機密です」
「俺の命の話だ」
「私の処分にも関係します」
触れようとした手が、胸の手前ですり抜けた。
「今、何を考えましたか」
「札を奪う」
「支配意図です」
規則が、俺の本音を告げる。
「見せろじゃない。見せてくれ」
「言葉の変更では判定は変わりません」
「分かってる」
手を下ろした。
「お前が話せる時に話せ」
シオンはしばらく動かなかった。
やがて黒札を前へ戻す。
「長期未達案件では、担当死神の機能検査が行われます」
「人間化も」
「異常として扱われる可能性があります」
「初期化か」
「可能性です」
離したくない。
だが、そのために願いを引き延ばせば、シオンを消す。
殺せば願いは終わり、シオンはいなくなる。
「最悪の願いをしたな」
「受理時に確認しました」
「止めろよ」
「死にたくない対象は、合理的判断をしません」
「お前も最近は人のこと言えないぞ」
シオンは否定しなかった。
「監査が来る前に、二人で決める」
「何を」
「殺すか、離すか、それ以外か」
シオンの目がわずかに揺れた。
「命令ですか」
「相談だ」
その違いを、今度は手に判定される前に選べた。
【宣告課・案件四〇七 経過報告】
対象は願い達成への意欲を維持。
殺害意図に変化なし。
案件継続に支障なし。
【未送信追記】
上記は虚偽。
対象は私を殺したくない。
私は、この虚偽によって案件が継続することを望んでいる。




