第18話「去る方が正しいのか」
シオンが恋愛ドラマを見ていた。
翠が「人間文化の必修科目」と言って送りつけてきたものだ。
画面の中で女が男へ別れを告げている。
『あなたを危険に巻き込みたくないの』
女は泣きながら去った。
残された男も泣いた。
「凛」
「聞かない」
「まだ何も」
「どうせ、なぜ離れるのが相手を守ることになるのか、とかだろ」
「はい」
当たった。
「ドラマの都合だ」
「説明になっていません」
シオンは停止ボタンを押す。
「危険源が自分である場合、距離を置く判断は合理的です」
「相手の意思を聞かずに消えるのは、ただの逃げだ」
「残ることで相手が傷ついても」
「二人の問題なら、二人で決める」
自分の口から出た言葉が、こちらへ返ってくる。
シオンがいるせいで、俺は百メートルに縛られている。
俺が願いを終わらせないせいで、シオンも縛られている。
二人で決めたことは、一つもない。
「では、この女性は間違っていますか」
「知らねえ。相手が話を聞かない奴かもしれない」
「凛なら」
「何だ」
「自分が危険源であると判断した場合、黙って去りますか」
殺し屋の俺は、誰かのそばにいるだけで危険だ。
藤森も久瀬も、残したものがある。
「去る相手がいない」
「現在は」
シオンが聞く。
画面の中では、男が雨の中を走っていた。
女を追っている。
「質問が多い」
「回答が不足しています」
「ドラマを見ろ」
再生ボタンを押す。
男は駅で女へ追いつき、勝手に決めるなと怒鳴った。
さっき俺が言ったことと同じだ。
「人間の脚本家は、凛の回答を予測しています」
「俺がありきたりみたいに言うな」
シオンは画面ではなく、俺を見ていた。
「私は、黙って去りません」
「ドラマに影響されるな」
「凛が、二人で決めると言いました」
そうだった。
俺は返事の代わりに、続きを再生した。
結末は、二人で危険へ向かうというものだった。
「合理性が低いです」
「でも途中で見るのをやめなかったな」
「結末を確認する必要がありました」
「面白かったか」
「評価は保留します」
翌日、第二話まで再生済みになっていた。
「勝手に見たな」
「第一話で結末が未確定でした」
「続きものだからな」
「第二話で二人は再び離れました」
「そういうドラマだ」
「非効率です」
シオンはリモコンを持ったまま、第三話のあらすじを読んでいる。
「見るのか」
「離脱と再接触を反復する構造の分析です」
「面白いって言え」
「評価は最終話まで保留します」
翠からメッセージ。
『どこまで見ました? 推しは誰ですか?』
シオンが俺を見る。
「推しとは」
「好きな登場人物」
「凛は」
「いない」
「私は、残された男性を支持します」
「理由は」
「決定から除外されたため」
シオンは翠へ返信した。
『勝手に去られた男性』
すぐ返事。
『わかる! でもその人、後で自分も勝手なことしますよ!』
「人間は相互に選択を奪います」
「ドラマを人類の統計に使うな」
第三話が始まる。
今度は男が、女を守るために何も告げず危険へ向かった。
シオンがこちらを見る。
「似ています」
「誰に」
「仕事の内容を話さず、帰宅予定のみを伝える人」
「裏稼業を恋愛ドラマと一緒にするな」
「構造は同一です」
反論できず、最後まで一緒に見た。
ドラマの主人公は、病気を隠して恋人の前から消えた。
残された側は、理由も知らず自分を責めた。
「保護目的なら、去る行為は正当では」
「相手が望んでない」
「危険を伝えれば、相手は止めます」
「だから黙って消えるのか」
「合理的です」
画面の中で、恋人が病室を探し当てる。
泣きながら怒っている。
「怒る理由は」
「決める権利を奪われたからだ」
「生存率を上げる判断でも」
「一緒にいる側が選ぶ分まで勝手に決めるな」
シオンはテレビではなく、俺を見た。
「凛は、危険があれば私を遠ざけます」
「お前は百メートル離れられない」
「規則がなければ」
答えが出ない。
仕事の現場へ連れていきたくない。巻き込みたくない。
だから、説明せず安全な場所へ置く。
画面の男と同じだ。
「その時は話す」
「すべて」
「言える範囲で」
「範囲を凛が決めます」
「細かいな」
シオンはリモコンで一時停止した。
「私の安全に関する判断なら、私も決めます」
「お前は死なない」
「消去や初期化はあります」
初めて聞く語だった。
「何だ、それ」
「死神庁の処分です。規則違反や機能障害が回復不能な場合、記録を初期状態へ戻します」
「戻したら、お前は」
「四〇七号として業務を継続します」
「今のお前は」
シオンは一瞬、答えを遅らせた。
「同一と判定されます」
役所の答えだ。
「俺は同一だと思わない」
シオンの指がリモコンの上で止まる。
「なぜ」
「赤を選んだことも、味噌汁をまずいと言わなかったことも、全部消えるなら別人だ」
再生ボタンを押す。
「だから勝手に決めるな。消える時は先に言え」
「凛も」
「何を」
「死ぬ時は、先に言ってください」
死期を告げに来た側の頼みとしては、矛盾していた。
【宣告課・案件四〇七 経過報告】
恋愛映像を視聴。
危険回避のための離脱は合理的。
ただし、対象の意思を確認しない離脱は不完全。
残ることが自己都合である可能性も含め、継続検討する。




