第16話「死神、枯れかけを買う」
休日とは、何もしない日だ。
そう説明したら、シオンが処理を停止した。
「何もしないことを、予定として設定するのですか」
「そうだ」
「予定を実行した場合、何もしないことに失敗します」
「屁理屈を言うな」
「では、何をすれば休日は成功ですか」
「好きにしろ」
最悪の答えを出した。
「好き、とは」
知っていた。
こいつにとって一番難しい命令だ。
結局、外へ出た。
何をするか決めるために出かける。すでに何かしている。
商店街の園芸店前で、シオンが止まった。
店頭の隅に、小さな鉢植えが並んでいる。
葉がしおれ、値引き札がついていた。
「これは死期が近いですか」
「植物に宣告するのか」
「担当外です」
シオンは一鉢を持ち上げた。
弱ったミントだった。
「元気な方にしろ」
「なぜですか」
「そっちは枯れるかもしれない」
「元気な個体は、私が選ばなくても生存確率が高いです」
「植物に合理性を適用するな」
「合理性ではありません」
シオンは、しおれた葉へ指を触れた。
「これが、いいです」
店員に育て方を聞き、土と鉢も買う。
四十八万円の損害を出した直後に、三百円の植物を救う。
金額と命は、同じ秤に乗らないらしい。
帰宅後、植え替える。
シオンが根を強く掴みすぎる。
「優しく持て」
「落下防止です」
「守ろうとして潰すな」
俺は手を重ね、力を緩めさせた。
触れる。
「この程度だ」
「弱いです」
「弱いから扱いを変える」
「弱いものは、非効率です」
「だからって捨てるのか」
シオンは首を横に振った。
「捨てません」
植え替えを終え、窓辺へ置く。
「名前は」
「植物に必要か」
「個体識別には有効です」
シオンは考えた。
「ミント」
「種類そのままだ」
「凛に言われたくありません」
「俺の名前は種類じゃない」
「死神と同じ音です」
業界の異名を言っている。
「あんな呼び名、好きでつけたんじゃねえ」
「では、嫌いですか」
答えに詰まる。
誇りだと思っていた時期はある。
今は、よく分からない。
「休みの日に考える話じゃない」
「休日は何もしない日では」
「水をやれ」
シオンは小さなじょうろを取った。
水をやりすぎる。
「多い!」
「生存資源を供給しています」
「限度がある」
この調子では、救われる前に根腐れする。
休日は、思ったより忙しい。
翌朝。
シオンは起きる必要がないのに、窓辺にいた。
「何してる」
「変化を確認しています」
ミントの葉は昨日と同じように見える。
「一日で元気になるか」
「死期が近いと判断した根拠が、葉の角度と水分量だけでした。評価を更新します」
「生存確率は」
「昨日より三%上昇」
真顔で植物の余命を計算している。
「毎日測る気か」
「私が選んだため」
便利な理由だ。
朝食後、俺が食器を洗う。
シオンはミントの葉を一枚ずつ拭く。
「そこまでしなくていい」
「埃が光合成効率を低下させます」
「触りすぎるな。葉が傷む」
俺が指を添える。
「先端じゃなく、根元を支えろ」
シオンの指と俺の指の間に、薄い葉がある。
「弱いものは、扱いが難しいです」
「そうだな」
「強くすればよいのでは」
「全部が強くなる必要はない」
「凛は強いですか」
「少なくとも、ミントよりは」
「比較対象が不適切です」
数日後、小さな新芽が出た。
シオンは笑わなかった。
ただ、その日の水やりを忘れなかった。
俺も、仕事から帰るたび最初に窓辺を見るようになった。
ミントを買った園芸店では、店員が元気な鉢ばかり勧めた。
「こちらは初心者向けです。丈夫ですよ」
「弱っている方をください」
シオンが値引き棚を指す。
「そっちは根腐れしかけていて、回復しないかもしれません」
「なら、なおさらです」
店員が俺を見る。
「お連れさん、植物に詳しいんですか」
「死にかけには詳しい」
「言い方」
鉢、土、受け皿、肥料、霧吹き。
シオンは必要物を全部揃えようとする。
「鉢より道具の方が高いぞ」
「生存確率を上げます」
「効率なら元気な方を買え」
「それでは、この個体は残ります」
助けられるものを選ぶのではない。
誰にも選ばれないものを、自分で選ぶ。
帰宅後、シオンはネットで育て方を調べ、分単位の水やり表を作った。
「水は毎日やるな」
「乾燥します」
「根が呼吸できなくなる」
「植物は呼吸するのですか」
「死神より生き物の知識がないな」
翌朝、土の表面が少し乾いている。
シオンが霧吹きを構えたので取り上げた。
「今日は待て」
「枯れる可能性が」
「やりすぎても枯れる」
「何もしないことが生存へ寄与する場合がある」
「そうだ」
シオンは鉢の前で五分待った。
「見ていても変わらないぞ」
「何もしない作業をしています」
夕方には葉が一枚落ちた。
「失敗ですか」
「まだ分からない」
「回復しなかった場合は」
「埋める」
「次を買いますか」
俺は答えに詰まった。
「お前が決めろ」
「では、この個体が生きる間は決めません」
数日後の新芽は、ほんの二ミリだった。
シオンは定規で測り、黒札ではなくスマートフォンへ記録した。
『ミドリ一号。新芽。生存継続』
「一号って、二号も買う気か」
「枯らした場合に備えます」
「縁起でもない」
「凛が言うと説得力があります」
殺し屋は、鉢植えの生存戦略に口を出す資格がないらしい。
【宣告課・案件四〇七 経過報告】
休日における任意行動を実施。
枯死確率の高い植物を選択。
選択理由は「助けるべきだから」ではない。
私がこれを選びたかった。




