第15話「爆発後の家計簿」
小手先では無理だ。
なら、規模を変える。
「本日の殺害チャレンジは、屋外で行う」
「前回のクッション損害を学習したのですね」
「あれと一緒にするな」
場所は、取り壊しが決まっている郊外の倉庫。
周辺の立入確認も済ませた。
方法の説明はしない。
俺の仕事を教本にする気はない。
シオンを中央へ立たせる。
「避難しなくてよいのですか」
「お前を殺すのに避難してどうする」
「凛自身の安全について質問しています」
「計算済みだ」
シオンは俺を見た。
「今の発話は、信用度四十一%です」
「黙ってろ」
距離を取り、起動する。
轟音。
光と粉塵が視界を奪う。
倉庫の一部が崩れ、用意した機材がまとめて吹き飛んだ。
俺は伏せたまま、耳鳴りが収まるのを待つ。
煙の向こうから、赤い色が歩いてきた。
シオンは無傷。
カーディガンにも埃一つついていない。
「結果」
「言うな」
「失敗です」
「言うなと言った」
立ち上がる。
俺の上着は焦げ、左の靴底が半分剥がれていた。
機材は使いものにならない。
シオンが黒い札へ数字を打ち込む。
「何してる」
「損害算定です」
「不要だ」
「機材、衣類、交通費、倉庫利用料。合計四十八万三千六百円」
「細かい」
「今回の殺害チャレンジを月二回実施した場合、食費を含む生活維持が困難になります」
「月二回もやらねえ」
「では、分割返済計画を作成します」
「誰に返すんだよ」
「家計へ」
死神が家計を守ろうとしている。
帰りの電車で、焦げた俺の上着を見た子供が泣いた。
シオンは隣で、返済表を作り続けた。
「交際費、月額ゼロ」
「元からだ」
「被服費を削減」
「お前の服はもう買った」
「食費」
「そこは削るな」
シオンの指が止まる。
「なぜですか」
「お前が食うからだ」
「私は不要です」
「不要でも食うだろ」
シオンは表から食費削減の項目を消した。
「では、殺害費を削減します」
「そんな費目を作るな」
「最優先の削減対象です」
反論できなかった。
帰宅後、俺は焦げた上着を捨てた。
今度はシオンも止めなかった。
夕食は、冷蔵庫の残り物で作った。
爆発で疲れ、いつもの品数はない。
焼いた魚と、味噌汁。
「家計改善献立ですか」
「手抜きだ」
「美味しいです」
「何でも美味いって言うな」
「昨日の料理より、出汁が薄いです」
「分かってるじゃねえか」
シオンは家計表を食卓へ置いた。
「殺害費をゼロにした場合、年間で」
「食いながら金の話をするな」
「重要です」
「お前を殺す願いをどうする」
シオンが箸を置く。
「継続中です」
「費用ゼロで?」
「殺意は金銭を必要としません」
「それらしいこと言うな」
「凛の殺意は、現在どの程度ですか」
答えられない。
大金を使い、倉庫を壊した。
それでも爆発直前、避難しなくていいのかと聞いたシオンの方が、俺の安全を気にしていた。
「次の予算を考えてる」
「虚偽です」
「会計監査か」
「接触規則と同じです。発話より、身体反応を優先します」
「俺に触ってないだろ」
「凛は先ほど、食費を削減するなと即答しました」
殺害費より、二人分の食費。
数字にされると、言い訳が難しい。
「家計表、捨てろ」
「保存します」
「何のために」
「次回、凛が大規模殺害を計画した際、提示します」
最も有効な防犯装置は、死神の家計簿かもしれない。
爆発で焦げた壁紙を見に、管理会社の担当が来た。
「電気系統の事故ですか」
「調理中の事故です」
「寝室で?」
「出張調理です」
自分でも苦しい。
シオンが横から補足する。
「凛が私を殺害しようとして失敗しました」
担当のペンが止まった。
「冗談です」
「事実です」
「最近の若い人の冗談は難しいですね」
笑っているが、目は笑っていない。
修理見積もりは十二万八千円。
シオンが作った家計表では、味噌汁二人分が約百八十円。
「七百十回分です」
「換算するな」
「一日一回なら約一年十一か月」
「毎日味噌汁だけ食わせる気か」
「おかずを含めると期間は短縮します」
「悪化してる」
担当が帰った後、翠が消火器を持ってきた。
「隣から不穏な会話が聞こえたので」
「壁に耳を当てるな」
「当てなくても聞こえます」
シオンが消火器の説明書を読み始める。
「殺害に使用できますか」
「防火用品だ」
「鈍器として」
「翠の前で検討するな」
翠は俺から消火器を遠ざけ、シオンへ渡した。
「危ないと思ったら迷わず使ってください」
「凛にですか」
「火にです」
基礎から教える必要がある。
その夜、殺害計画用のノートを開いた。
方法の横へ、シオンが勝手に費用欄を増やしている。
家具損害。
清掃費。
近隣への迷惑。
夕食準備への影響。
「最後は何だ」
「実行後に調理時間が不足します」
「死神を殺した日に夕飯を食う前提か」
「凛は食べます」
否定できなかった。
計画名を二重線で消す。
代わりに、修理代の支払予定を書く。
「中止ですか」
「延期だ」
「理由は」
「敷金」
初日の合意が、最初の命を救った。
【宣告課・案件四〇七 経過報告】
大規模殺害チャレンジ、失敗。
対象の金銭損害、四十八万三千六百円。
食費は維持。
殺害費を削減することで家計は改善可能。
合理的解決策として提出する。




