第13話「受けない仕事」
鷹村蓮司は、殺し屋より殺し屋らしくない。
派手なネクタイ。柔らかい笑顔。人当たりのいい声。
その口から、人の値段を告げる。
「今回の標的。篠塚梓、三十二歳。出版社勤務」
カフェのテーブルへ写真が滑る。
「一般人だな」
「表向きはね。依頼人は、組織の帳簿を持ってると言ってる」
「裏は取ったか」
「まだ」
俺は写真を返した。
「受けない」
鷹村の眉が上がる。
「早いね」
「一般人はやらない」
「昔から一応その線はあったけど、証拠が出れば?」
「証拠を出してから持ってこい」
以前の俺なら、報酬と危険度を先に聞いた。
相手が裏社会に片足を入れているなら、残り半分は気にしなかった。
藤森の鍵。
久瀬の電子レンジ。
死んだ後で、相手がどこに足を置いていたか確かめても遅い。
「変わったな、凛」
「変わってない」
「そういう台詞を即答する奴は、だいたい変わってる」
鷹村は窓の外を見る。
道路の向こうに、赤いカーディガンのシオンが立っている。
百メートル制限のせいで、完全に一人にはなれない。
「あの子が原因?」
「関係ない」
「ふうん」
「変な探りを入れるな」
「探ってないよ。仕事の品質管理。最近のお前、帰宅時間を気にしすぎる」
テーブルの下で、端末が震えた。
『現在、三十八メートル』
画面を伏せる。
鷹村は見逃さなかった。
「時間だけじゃなく距離も管理されてる?」
「規則だ」
「結婚より厳しいね」
「その単語を出すな」
鷹村は楽しそうに笑ったが、すぐ仕事の顔に戻った。
「篠塚の件、裏は俺が取り直す。それで黒なら?」
「内容を見る」
「白なら」
「依頼人を切れ」
鷹村の目が細くなった。
「依頼人の方を殺せって意味?」
「取引をだ」
「分かってる。念のため」
以前の俺なら、誤解されても訂正しなかった。
席を立つ。
外へ出ると、シオンがこちらへ歩いてきた。
「仕事は」
「断った」
「なぜですか」
「標的が決まってなかった」
「写真はありました」
「人間は名前と顔だけじゃ決まらない」
自分の口から出た言葉に、俺自身が一番驚いた。
シオンは何も言わない。
ただ端末を取り出す。
『帰宅しますか』
目の前にいるのに送ってきた。
「する」
口で答える。
シオンは画面を見て、わずかに口元を緩めた。
「篠塚梓は、死期が確定している人間ですか」
帰り道、シオンが聞いた。
「知らない」
「私の担当ではありません」
「なら、おそらく違う」
「凛が依頼を受ければ、死期が確定します」
「そうなる」
「死神の宣告より先に」
妙な言い方だった。
「お前たちは、決まった死を知らせる。俺は決める」
「はい」
「どちらも同じだと思ってた」
黒い上着。
仕事道具。
死者のそばに立つという共通点。
「違います」
「分かってる」
シオンは少し歩調を落とした。
「私も、同じではありません」
「何が」
「他の死神と」
赤い袖を見る。
「味を感じ、凛の帰宅を待ちます。資料上の標準個体と一致しません」
「初期化の話か」
「通知はありません」
「なら今は気にするな」
「凛は、篠塚の情報が不足しているため依頼を拒否しました」
「そうだ」
「私は、自分の情報が不足しています」
「じゃあ調べろ。お前が何になってるのか」
「凛も協力しますか」
答えは最初から決まっていた。
「百メートル離れられないからな」
規則を言い訳にする。
「はい」
シオンも、今はそれで納得した。
依頼人へ返却する資料を整えていると、シオンが一枚を抜いた。
「標的の勤務記録と、依頼内容が一致しません」
「どこが」
「横領が行われたとされる日、標的は入院しています」
九重へ確認を入れる。
返事は短い。
『依頼人の説明。深入り不要』
「裏の仕事に監査なんかない」
「だから凛が確認します」
「俺は裁判官じゃない」
「殺すかどうかを決めるなら、裁判官より結果が重いです」
腹が立った。
正しいからだ。
病院の入退院記録、会社の送金履歴、依頼人の借金。
二人で公開情報を洗う。
結果は単純だった。標的は横領犯ではなく、不正を告発しようとしている経理担当。依頼人が口を塞ぎたかっただけだ。
「断る」
「報酬は」
「要らない」
「依頼人が別の実行者を探す可能性があります」
「資料を告発先へ送る」
「それは業務外です」
「お前も業務外の検索を手伝った」
シオンは画面を閉じた。
「百メートル離れられないためです」
「便利だな、その規則」
「凛も使用しています」
匿名で証拠を送信する。
明日から仕事が一つ減るかもしれない。裏切り者扱いされるかもしれない。
「怖くないのですか」
「怖い」
「殺し屋は恐怖を感じないのでは」
「誰から聞いた」
「映画です」
「教材を変えろ」
夕食の米が炊ける。
依頼を断った日にも腹は減る。
「今日は何を作る」
「親子丼」
「名称に殺傷を含みます」
「鶏肉と卵だ」
「親子を同時に」
「説明すると物騒になるな」
仕事を一件失って、献立で一件疑われた。
収支は悪い。
食卓は前よりまともだった。
【宣告課・案件四〇七 経過報告】
対象、殺害依頼を拒否。
理由は情報不足。
感情変化との因果関係は認められない。
認めた場合、私の業務継続性に影響するため。




