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殺すまで一緒にいてやる ~殺し屋の俺、死の宣告に来た死神となぜか同居をはじめました~  作者: 他力本願寺


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12/23

第12話「百メートルの既読」

「持て」


 古いスマートフォンを差し出す。


 シオンは黒い板を裏返し、側面を見て、光へ透かした。


「武器ですか」

「連絡手段だ」

「私たちは百メートル以上離れられません」

「百メートルでも壁がある。声が届かない時に使う」


「叫べば」

「近所迷惑だ」


 電源を入れ、基本操作を教える。

 吸収は早い。


 十分後には文字入力。

 二十分後には地図。

 三十分後には、俺の端末へ最初のメッセージが届いた。


『試験送信』


「届いた」


 向かいのソファから、シオンがもう一通送る。


『確認しました』


「口で言え」

『通信試験中です』


「口で言うな」


 死神は無表情のまま、少し楽しんでいる。



 午後、仕事の下見へ出た。


 シオンは建物の外。俺は百メートル圏内の上階。

 距離は近い。壁と床が何枚かあるだけだ。


 端末が震える。


『現在位置、九十二メートル』


 警告か。


『承知』


 返信する。


 一分後。


『八十七メートル』


『分かってる』


 さらに一分。


『凛』


『何だ』


 既読がつく。

 返事は来ない。


 下見を切り上げ、外へ戻る。


 シオンは建物の壁際に立っていた。


「何を送ろうとした」

「忘れました」

「死神が二分前のことを忘れるか」

「入力前に削除したため、記録がありません」


 嘘だ。


 帰宅後、セキュリティ確認のため検索履歴を見る。


『待つ 長く感じる 原因』

『帰宅予定を聞く 迷惑』

『既読 返事が短い』


 俺は画面を閉じた。


 見なかったことにする。


 その夜、寝室へ入ってから端末が震えた。


『凛』


 リビングまで五メートル。

 声なら届く。


『何だ』


 返す。


『明日の朝食は何ですか』


『魚』


『了解しました』


 それで終わりかと思った。


『楽しみです』


 文字なら、平坦な声も無表情もついてこない。

 死神が送った四文字だけが、妙にまっすぐ届く。


 俺は「分かった」と打ち、消した。

 代わりに、魚の横へ出す卵焼きの写真を送った。


 数秒で既読がついた。


 翌朝、シオンの端末が鳴った。


 翠からだった。


「どうして番号を知ってる」

「昨日、玄関前で交換しました」

「いつの間に」


 画面には、翠が作った三人用のグループ。

 名称は『四〇三号室見守り隊』。


「抜けろ」

「四〇三号室は凛の部屋です」

「だからだ」


 翠からメッセージが届く。


『栞さん、黒崎さんがちゃんとご飯食べてるか報告してください!』


 シオンが俺を見る。


「報告対象が追加されました」

「するな」


『朝食は焼き魚、卵焼き、味噌汁です』


 送信が速い。


『完璧すぎる! やっぱり黒崎さんがお母さん!』


 端末を伏せる。


「そのグループを消せ」

「安否確認に有効です」

「俺の尊厳に有害だ」


 シオンの端末がもう一度鳴る。


『お母さん、今日の帰宅予定は?』


 ブロックした。


「凛」

「解除しない」


「私はまだ返信していません」

「何て返す気だった」


「午後六時。遅延時は私が通知」


 監視が二重になった。


 だが、帰宅予定を聞かれること自体は、以前ほど嫌ではなかった。


 端末を持たせた初日、通知が三十七件来た。


『現在、廊下』

『現在、エレベーター』

『現在、建物前』

『距離二十七メートル』


「逐一送るな」

『通信試験です』

「一回で終われ」

『了解』


 五分後。


『距離八十九メートル』

『距離九十一メートル』

『距離九十三メートル』


 走って外へ出る。

 シオンは百メートル境界の手前で、道路標識を見上げていた。


「何してる」

「拘束範囲の実測です」

「言え」

「通知しました」

「目的を書け」


 シオンが一歩進む。

 輪郭が薄くなった。


「止まれ」


 腕を掴む。

 触れた。


 引き戻してから、息を吐く。


「九十九・二メートルです」

「そういう問題じゃない」

「超過しても消滅はしません。強制的に引き戻されます」

「試したことは」

「ありません」

「初回を一人でやるな」


 俺の声が思ったより大きくなった。


「心配しましたか」

「端末代が無駄になる」

「所有権は凛にあります」

「お前の端末だ」


 シオンが画面を見た。


「先ほど、所有を認めました」

「そこだけ記録するな」


 帰り道、シオンから初めて用件のないメッセージが来た。


『凛』


「隣にいるだろ」


『呼び出し試験です』


 既読をつけて、返信する。


『いる』


 シオンは隣で画面を見た。

 それだけで実験は終わったらしい。



【宣告課・案件四〇七 経過報告】

通信端末を取得。

百メートル制限下において追加連絡手段は不要。

本日の送信回数、二十七。

不要という判定に変更はない。

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