第11話「死神、年齢確認される」
料理酒が切れた。
それだけの理由で、俺たちはスーパーに来た。
俺が買い物かごを持ち、シオンが横を歩く。
百メートル制限があるから一緒にいるだけだ。
そう説明する相手は、もういない。
「これは何ですか」
シオンが梅干しの試食を指した。
「梅」
「果実に塩分を加え、長期保存したもの」
「知ってるじゃねえか」
「味は未登録です」
一つ取る。
口へ入れた瞬間、シオンの目が見開かれた。
「酸性攻撃」
「食品だ」
「舌が収縮しています」
「酸っぱいって言え」
試食係の店員が笑いを堪えている。
シオンは二つ目へ手を伸ばした。
「嫌なら食うな」
「再現性を確認します」
気に入ったらしい。
セルフレジで問題が起きた。
料理酒を読み込ませた途端、画面が止まる。
『年齢確認が必要な商品です』
「店員を呼ぶ」を押す。
すぐに若い店員が来て、俺とシオンを見る。
「お二人とも二十歳以上でよろしいですか」
「俺は二十五だ」
店員の視線がシオンへ移る。
「私は、死神庁の稼働記録上では百八十七――」
「二十歳です」
俺が被せた。
「証明書はありますか」
ない。
死神庁の黒い札を出すわけにもいかない。
「忘れました」
「年齢確認できない場合、こちらの商品は販売できません」
店員は正しい。
シオンが首を傾げる。
「私は百八十七年以上稼働しています。虚偽はありません」
「人間の年齢で答えろ」
「外見年齢の算定方法が不明です」
後ろに列ができ始めた。
その時、隣のレジから声が飛んだ。
「栞さん、二十歳ですよ!」
翠だった。
買い物かごにカップ麺を山ほど入れ、こちらへ手を振っている。
「同じ大学の先輩です! この前二十歳のお祝いしました!」
嘘が滑らかすぎる。
店員は少し迷い、料理酒だけ俺の年齢確認で通した。
会計を終える。
「助かった」
「黒崎さんが素直にお礼! 録音すればよかった」
「今のは忘れろ」
翠はシオンへ顔を寄せた。
「栞さん、次から誕生日決めておきましょう。いつがいいですか?」
「誕生日」
「生まれた日です」
「私は生まれていません。配置されました」
「じゃあ、好きな日にしましょう」
翠は簡単に言った。
シオンは少し考える。
「凛と会った日」
「却下だ」
反射で言った。
「なぜですか」
「お前が俺の死を宣告した日だぞ」
「同時に、私がシオンと名乗った日です」
言い返せない。
翠は目を輝かせている。
「記念日ですね!」
「その言葉も却下だ」
帰宅後。
料理酒は肉じゃがに使った。
梅干しは、なぜかシオンの皿に二つ乗った。
「酸性攻撃では」
「再現試験です」
一つ食べ、やはり目を細める。
それでも二つ目へ箸を伸ばす。
「無理して食うな」
「不快と、再度摂取したいという信号が同時にあります」
「梅干しはそういう食い物だ」
「矛盾を食品として販売しています」
「人間は設計段階で矛盾してるんだろ」
「食品も同様です」
肉じゃがへ料理酒を使った理由を説明する。
アルコールを飛ばし、香りとコクだけ残す。
「不要成分を除去し、必要成分を残す」
「そうだ」
「死神庁の初期化に似ています」
箸が止まった。
「何だ、それ」
「長期滞在で業務に不要な反応が増えた場合、差分を削除する処置があります」
「味覚も」
「業務不要です」
「赤い服を選んだことも」
「おそらく」
シオンは淡々と言う。
「予定はあるのか」
「現時点で通知はありません」
肉じゃがを口へ運ぶ。
「これは美味しいです」
初期化されれば、その評価も消える。
「もっと食え」
「なぜですか」
「残すと傷む」
また俺が気になるとは言えなかった。
年齢確認の問題は、酒売り場だけで終わらなかった。
携帯電話の契約、図書館の利用証、病院の受付。
人間の社会は、紙の上に存在しない人間を簡単に追い出す。
「死神庁発行の識別票はあります」
「見せるな。一般人が見たら黒い板だ」
「公印付きです」
「公印の発行元が死後世界なんだよ」
シオンは黒札を光へかざした。
「四〇七という番号では不十分ですか」
「ここじゃ名前と生年月日と住所が要る」
「生年月日はありません。製造日なら」
「ますます見せるな」
俺名義で格安端末を契約しようとすると、店員が関係を聞いた。
「ご家族ですか」
「監督対象です」
「妹だ」
同時に答えた。
店員が困った笑顔になる。
「妹さんの利用分、ということで」
「年齢差の整合性が」
「黙れ」
契約後、端末へ名前を登録する画面が出た。
「四〇七でいいか」
「人間名を入力する欄です」
「お前、人間名ないだろ」
シオンは少し考えた。
「仮の名称なら、選べますか」
「お前が使うなら、お前が決めろ」
結局、その場では空欄にした。
選択肢が多すぎるらしい。
帰宅後、栄養成分を調べるために端末を渡すと、最初の検索履歴が残っていた。
『人間 名前 決め方』
『赤 花 名前』
『しおり 意味』
見なかったふりをした。
番号で十分だと言っていた死神が、自分の名前を探している。
肉じゃがをもう一皿よそった。
【宣告課・案件四〇七 経過報告】
人間界における外見年齢を二十歳へ設定。
誕生日候補日を設定。
当該日は対象の死期宣告日と一致するが、私の命名日でもある。
どちらを優先するかは、私が決める。




