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第9話 収穫祭

第9話 収穫祭


 世界が揺れていた。


 数万を超える魔獣の群れ。


 地平線を埋め尽くす黒い濁流。


 咆哮だけで空気が震え、温室都市の硝子がびりびりと鳴る。


 《奈落の菜園》の住民たちは、防壁の上からその光景を見つめていた。


「……こんなの、勝てるわけ」


 誰かが呟く。


 巨大な飛竜が空を覆い、地を這う魔獣たちが毒煙を吐き散らしている。


 絶望的な光景だった。


 だが。


 温室都市の中央広場だけは、不思議なほど静かだった。


 健が立っている。


 いつもの作業着。


 泥のついた軍手。


 鍬の代わりみたいに、片手を地面へ添えていた。


 風が吹く。


 トマト畑が揺れる。


 配信ドローンが赤いランプを点滅させながら、健の背中を映していた。


『おっさん……』


『頼む』


『生きてくれ』


 コメント欄が流れる。


 世界中が見ていた。


 王族も。


 冒険者も。


 貧民街の子供たちも。


 病院の老人も。


 みんな、この四十歳のおっさんを見守っている。


 健は静かに息を吐いた。


 視界には無数の情報が浮かんでいる。


『領地侵食率:91%』


『住民避難率:完了』


『敵性生命体:48723』


『収穫可能判定:承認』


 健は苦笑した。


「……収穫って規模じゃないな」


 老ドワーフが防壁の上から叫ぶ。


「おい馬鹿野郎! 本当にやれるんだろうな!?」


「わからん!」


「おい!!」


 住民たちから悲鳴混じりのツッコミが飛ぶ。


 だが少しだけ空気が和らいだ。


 エルフの少女が胸元で手を握る。


「でも……領主様、今まで全部なんとかしてきました」


 その言葉に、皆が黙る。


 そうだった。


 この男はずっとそうだった。


 誰も見捨てなかった。


 どれだけ泥だらけでも、最後まで投げなかった。


 だったら。


 今回も。


 健はゆっくり目を閉じる。


 意識が大地へ沈んでいく。


 感じる。


 土。


 水。


 根。


 温室都市で暮らす人々の息遣い。


 ここで笑う子供たち。


 働く住民たち。


 焼きたてパンの匂い。


 暖かな灯り。


 全部、自分が守りたいものだった。


 だから。


 健は静かに口を開く。


「【家庭菜園】」


 瞬間。


 《奈落の菜園》全域が脈動した。


 どくん、と。


 巨大な心臓みたいに。


 空気が震える。


 地面が唸る。


 そして健の瞳が、淡い緑色に輝いた。


「最終権能――」


 管理画面が一気に展開する。


 無数の光文字。


 世界そのものを書き換えるみたいに。


 健はゆっくりと言った。


「――《全自動・収穫の秋》」


 ゴォォォォォォォッ!!!!


 大地が裂けた。


 次の瞬間。


 無数の巨大な根が噴き上がる。


 それは樹木だった。


 いや、“霊樹”だった。


 天へ届くほど巨大な根が、魔獣の群れへ一斉に襲いかかる。


「グオオオオオッ!?」


「ギシャアアアア!!」


 咆哮が響く。


 だが根は止まらない。


 絡みつき。


 締め上げ。


 魔力を吸い上げていく。


 黒い瘴気が、金色の光へ変換されていく。


『うわあああああ!?』


『なんだこれ!?』


『神話じゃん!?』


 世界中の視聴者が絶叫する。


 巨大飛竜が空中で捕らえられた。


 次の瞬間、その肉体が光へ分解されていく。


 そして。


 ぽとり。


 空から落ちてきたのは、赤い果実だった。


 さらに。


 猪型魔獣が黄金の麦へ。


 毒虫型魔獣が青い果実へ。


 魔獣たちが次々に“収穫”されていく。


 赤。


 金。


 青。


 色とりどりのマナ果実が、夜空を埋め尽くした。


 それは戦争じゃなかった。


 虐殺ですらない。


 ただ。


 巨大な“収穫祭”だった。


 住民たちは言葉を失う。


 風が吹く。


 果実の甘い香りが広がった。


 さっきまで死臭に満ちていた空気が、一瞬で豊穣の匂いへ変わっていく。


 健は静かに立っていた。


 無数の根が彼を中心に脈打っている。


 まるで、大地そのものが彼へ従っているみたいだった。


『おっさん……』


『もう領主じゃない』


『神様だろこれ』


 だが健本人は、困った顔をしていた。


「いや、収穫量ちょっと多いなこれ……保管庫足りるか?」


『そこ!?!?』


『感覚どうなってんだよw』


 その時だった。


 管理画面へ新たな表示が浮かぶ。


『スタンピード発生原因解析完了』


『外部魔導干渉:確認』


『発信元:白銀の剣』


 健の目が細くなる。


 そして次の瞬間。


 配信画面へ大量の映像ログが展開された。


 旧ギルド地下施設。


 禁忌魔導具。


 魔獣暴走実験。


 会長の署名。


 命令記録。


 そして。


 エレナの姿。


『どうせ奈落の菜園ごと潰れれば終わりよ』


 冷たい声が響く。


 世界中が凍りついた。


『え』


『今の……』


『嘘だろ』


 コメント欄が爆発する。


 さらに映像が流れる。


 隠蔽工作。


 証拠改竄。


 違法実験。


 全部、健の鑑定能力によって記録されていた。


 もう逃げられない。


 数秒後。


 別視点の緊急速報配信が割り込む。


『王都騎士団、《白銀の剣》本部へ突入!!』


 怒号。


 悲鳴。


 扉が破壊される音。


「やめろ! 私はギルド会長だぞ!!」


「禁忌魔導犯罪で拘束する!」


 画面の向こうで、会長が引きずられていく。


 エレナも蒼白だった。


「違っ……私は……!」


 だが誰も聞かない。


 配信コメント欄には、怒りが溢れていた。


『最低だ』


『おっさん達を殺そうとしたのか』


『許せねぇ』


 エレナは震えながら画面を見る。


 そこに映っていたのは、健だった。


 温室都市の中央。


 果実舞う夜空。


 住民たちに囲まれながら、相変わらず泥だらけの作業着で立っている。


 怒鳴っていない。


 復讐に酔ってもいない。


 ただ。


 守り抜いただけだった。


 その姿が、何より眩しかった。


 エレナの膝から力が抜ける。


「……どうして」


 涙が零れる。


 昔、自分はこの男を“無能”だと思っていた。


 でも違った。


 健はずっと。


 誰かを守るために働き続けていたのだ。


 その頃。


 《奈落の菜園》では歓声が爆発していた。


「勝ったぁぁぁぁ!!」


「領主様ぁぁ!!」


「収穫祭だぁぁ!!」


 果実が夜空を舞う。


 温かな灯りが街を照らす。


 健は騒ぐ住民たちを見て、少し困ったように笑った。


「……だから言ったろ」


「投げないって」




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