◆episode.02 静かに崩れ始めた平穏◆
今日も徹夜明けの俺は、自室に朝の日差しが差し込んでくると、
いつものように、彼女を起こしにシアの寝室へと向かった。
「シア」
今日もコンコンとドアをノックして声をかけると、
反応のない彼女の寝室へと入り、眠る彼女の頬を優しく撫でる。
「…ぁ…ラグナ…。」
しかし、目を開けた彼女の顔色が悪い。
「シア…どうしたんだ? …顔色が悪いな。具合悪いのか?」
心配そうに、優しく彼女の頭を撫でた。
「うん…。少し、体がだるくて…。
でも、大丈夫だよ。起きられる。」
ゆっくりと体を起こすシア。
しかし、触れた彼女の体内からは、魔力の酷い乱れを感じた。
「シア、体内の魔力がぐちゃぐちゃじゃないか…! なんでこんな…」
「あ…昨日ね、大聖堂でいつものお祈り以外に、特殊な儀式もしたの。」
「特殊な儀式?それはなんだ?」
聞き覚えのない言葉に、小首を傾げる。
「うん…私も初めて行ったんだけど…
大司教様が、『豊穣の女神様に捧げる大事な儀式』だと言って、
大聖堂の奥にある、女神像へ祈りを捧げるようにって。」
「女神像に祈りを? …そうか。
大司教様が言うのなら、必要なことなのかもしれないな。
でも、今日はお祈りを休んだらどうだ?
そんな顔色でわざわざしなくてもいいだろう?」
心配そうに彼女の頬を優しく撫でる。
「うん…でも、怪我をした人たちや、呪われた人たちを助けるのも、
聖女の私の役目だから、休んでなんていられないよ。
今日もちゃんと行く。」
少し顔を顰めながらも、何とか体を起こして、
シアがベッドから起き上がる。
「シア…」
彼女の両肩を掴んで引き留める。
「大丈夫だから、ラグナ。 ね?行かせて?」
そんな俺に、彼女が心配をかけまいと微笑んで言う。
「……はぁ。絶対無理はするなよ?
シアが倒れるなんてことがあったら、
大聖堂に乗り込んで、枢機卿に抗議しに行くからな?」
冗談交じりに言って、心配そうにし、彼女の頭を優しく撫でる。
「ふふっ。うん。わかったよ、ラグナ。」
彼女がクスッと微笑んで頷くので、
仕方なく俺は了承して、彼女を大聖堂へと送り出した。
…。
しかし、時間が経つにつれ、
日に日に彼女の容態は悪化の一途を辿っていった…。
…。
「シア…今日は休め。」
体を起こすのもやっとなほどに容態の悪くなった彼女の体を支えて、
俺は真面目な声色で言った。
「でも、今日は大事な儀式もあって…」
「いや、ダメだ。こんな体で行かせるわけになんていかない。
俺が大聖堂の聖職者たちには伝えておくから。
いいから、シアはゆっくり休んで体を治せ。な?」
シアの言葉を遮って、寝室のベッドへと優しく寝かせる。
「…わかったよ、ラグナ。今日は休むね。
…心配かけてごめんね、ラグナ。」
ベッドに横になったシアが俺を見て、申し訳なさそうな表情で謝る。
「いや、こんなことで謝らなくいい。
俺にとっては、シアの体が一番大事だからな。
休んで、また元気になってくれれば、
俺はそれだけでいいんだよ、シア。」
柔らかく微笑んで、そっと優しく、彼女の頭を撫でる。
「うん。ラグナ…ありがとう。
ゆっくり休んで、早く治すね。」
そうして、安心したように、ゆっくりと目を閉じるシア。
「あぁ、おやすみ。俺の可愛い、愛しい人…。」
彼女が眠りに落ちるまで、そっと頭を優しく撫で続けた。
シアが眠りにつくと、俺は、そっと彼女の寝室から出て身支度をし、
大聖堂へと彼女の報告へと向かった。
暫くして自宅へと戻り、僅かにドアを開けてシアの様子を確認したのち、
自室へと向かう。
魔術の研究に毎日明け暮れている俺の部屋はなかなかに悲惨なもので、
シアがいつも、毎日のように片づけても片づけても、
またすぐに荒れさせてしまう始末だった。
汚い字で殴り書きされた文字の並ぶ紙屑が、
部屋の床のあちこちに散乱している。
それらをかき分けて部屋の奥へと向かうと、
分厚い魔導書の置かれた机の前へと辿り着く。
(もうすぐ、今研究している大魔術の術式が完成しそうなんだよな…。
今日、あとは…あれをここに組み込んでみて、それから…。)
椅子に腰掛けると、早速、その分厚い魔導書を広げて、
ありとあらゆる術式をあーでもないこーでもないと書き込んでいく。
いつの間にか日が暮れ、辺りは暗くなり、
部屋の中も薄暗くなり始めた。
「あ、もうこんな時間か…。」
部屋の中が暗くなったことに気づき、
ふと、魔導書から視線を外すと、窓の外を見ながらぽつりと呟き、
机の上にランプを用意する。
(あ…そうだ。シアは起きただろうか?
あれからずっと、ぐっすりと眠っているようだけれど…
様子を見てこよう。)
魔導書を閉じ、自室を出て、シアの寝室へと向かう。
「シ…」
いつものように、ドアをノックして声をかけようとして…止まる。
(いや、寝てて起こしちゃったら悪いか…。
あんなに具合悪そうだったもんな…。)
結局、シアの寝室のドアをそっと開けて、隙間から覗くことにした。
その隙間から見えた彼女は、ベッドの上でスースーと吐息を立てて、
寝入っているように見えた。
(まだ、寝入っていそうだな。
邪魔せず、このまま朝までゆっくりと寝かせてあげよう。
…シア、早く治ることを願っているよ。)
ゆっくりとドアを閉めて、また自分の部屋へと戻っていく。
自室にて、また、分厚い魔導書にたくさんの術式を書き込みながら、
シアのことを考える。
(そうだ。明日の朝はシアの好きなハーブティーを入れて、
起こしにいってあげようか。
シア、きっと喜ぶだろうな。…明日が楽しみだ。)
そしてまた今日も、俺は朝まで徹夜をして、夜が明けたのだった…。
「はぁ…やっとできた。…俺の、最高傑作の術式の大魔術が…!」
眠たい目を擦りながら、満足そうに、その分厚い魔導書に敷き詰められた、
たくさんの魔術の術式の羅列を眺める。
「これでやっと…あ、そうだ。もうこんな時間だったな。」
ふと、部屋の窓から外を見やると、
いつものように朝日が差し込んでいた。
(あ、そうだった。朝にシアの好きなハーブティーを入れて、
起こしにいってあげようと思ったんだったな。)
分厚い魔導書をパタンと閉じ、部屋を出るとリビングへと向かい、
ポットにお湯を沸かしてハーブティーの用意をする。
そして、ハーブティーを入れたカップを手に持つと、
今日も彼女の寝室へと向かった。




