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24: サモレリスクの戦い①――時を裂く号砲――

 統一暦六一二年、六月二四日の朝。


 初夏の心地よい風が駆け抜けるサモレリスク郊外の丘の上で、私はぎゅっと杖を握りしめて眼前の光景を注視していた。周りの誰もが同じように一点を見つめている。

 

 ルヴェール王国軍が戦場に選んだこの地に、『怪物皇帝』の軍勢が陣を敷いたのはつい昨日のことだった。

 帝国軍の偵察隊は街の外れにある区画を占拠し、街の中を横断するドンゼル川の安全な渡河地点を探ろうとしたが、ドンゼル川沿いに大きく広がって展開するルヴェール王国軍が何とか追い散らした。


 その小競り合いを境に『怪物皇帝』は何度も散発的な攻撃を仕掛け、ルヴェール王国軍が必死に耐え忍んで一日が過ぎた。夜間の急襲のような目立った動きも無く、お互いに出会い頭の決定打をお見舞いすることができずに時間が経ち、今に至っているわけだ。

 全軍を率いる『怪物皇帝』ウィルゴドウィンは、小規模な戦闘の繰り返しではらちが明かないことを早々に悟ったらしく、より組織だった攻勢のために一晩かけて部隊を再配置した。


 そして今、ルヴェールの大地を覆い尽くさんほどの帝国軍が、全面攻撃の号砲を今か今かと待ちわびている。私たちが息を呑んで見守る先には、さまざまな色の人の群れがひしめいていた。見慣れた濃紺の群れもあれば、愛憎入り混じる真っ白な群れもある。彼らは一様にサモレリスクの街を取り囲むかたちで配置されており、あたかも巨大な獲物に群がるアリを彷彿とさせた。


「いよいよだな」


 私の隣に立って同じ景色を見据えるクラウスが、恐怖と期待の入り混じった声色で呟いた。

 見上げてみると、その面持ちは明らかに緊張感に満ちていた。彼のような純粋な軍人でも戦いを目前にしたらこうなのか、と少し意外に思いつつ、そのことがかえって私に安心感を与えた気がした。誰だって、怖いものは怖いのだ。


「俺は本営の参謀団と一緒に全軍の指揮に参加するが、場合によっては連絡のために前線まで出ると思う。そっちはどうだ」

「えっと……。治癒隊に加わって負傷者の手当てにあたるように言われてます」

「そうか。後方支援に専念するなら俺も安心だ。間違っても戦場まで出てくるんじゃないぞ」

「いやいや、出てきませんって」

「アラギノを発って一週間くらいだったか。馬車が野盗に襲われた時も『出てくるな』と言ったが、お前はホイホイ出てきたからな」

「うっ……。ごめんなさい、それは忘れてください……」


 クラウスがじっとりと非難めいた視線を向けてくるので、思わず目を背けてしまった。


「……結構、根に持ちますよね」

「何だ?」

「いや、何でもな……いたたたたた! ごめんなさいごめんなさい!」


 小声で軽口を飛ばしてみたらしっかりと聞き取られていたらしく、頭をわしづかみにされた。生粋の武人の握力でギリギリと頭を締めつけられたのでたまらず謝り倒すと、クラウスは手の力を緩めてフッと一息笑いをこぼした。


「こうやって話すだけでも、緊張がほぐれるな」

「私の頭はグチャグチャにされかけましたが……」

「いま痛い目を見ておけば、あとはもう安心だ」


 クラウスが理屈のわからないことを言うものだから、私は何だか笑ってしまった。


 それにしても、考えてみれば何とも数奇な状況だ。

 大陸の北の果て、ルヴェール王国の丘の上で、ルークイ王国の元軍人とイリオス帝国の元法官が談笑しているのだ。ひとつ間違えれば片方、あるいは両方が丘の下で『怪物皇帝』の尖兵としてサモレリスクの包囲軍に加わっていたかもしれない。


 眼下でうごめくあの白い群れの中に、私の姿があったかもしれないし、あの濃紺の群れの中にクラウスがいたかもしれない。私たちは、ひとつ間違えればお互いに殺し合う関係だったのかもしれないのだ。


 ある意味、『怪物皇帝』の手でかき乱された私たちの人生が、このサモレリスクの丘の上で合流したと言って良いのかもしれない。それで『怪物』ウィルゴドウィンに感謝しようとは微塵も思わないが、彼の存在無くして私たちが出会うことはあり得なかった。良くも悪くも、不思議な縁だ。


「テスタ」


 などと感慨にふける私に、クラウスが先ほどまでと打って変わって、まっすぐに目を合わせて真剣な声色で呼びかけてきた。

 いきなりそういう感じで話されると色んな意味でドキドキするので正直やめてほしい。……もちろんそれはアラギノのテスタという身体が過剰な反応をしているに過ぎないのだが!


「勝敗は兵家の常、そして死も軍人にとってつきものだ」

「は、はい」

「この戦いで俺が死なない保証は無い」

「……それは……はい」


 いきなり現実を突きつけられ、喉元がぐっと締めつけられた。一気に口の中が乾いたような感覚が襲い、短い返事を絞り出すので精いっぱいになってしまった。


「そんな顔するな。死んだと決まったわけでもないんだ」


 クラウスは、微笑を浮かべて私の頭をぽすぽすと撫でた。努めて明るく振る舞っているようで、その気遣いがさらに心を突き刺すのだが、私は大きく息を吸って無理やり頷いた。


「だから、俺に何かあったらすぐ学会を頼れ」

「……クラウスさんこそ、何かあったら私を頼ってくださいね。絶対、死なせませんから」


 軍人というものは死と隣り合わせの仕事であるゆえか、他者や自身の死に意味をみつけたがるきらいがある。という偏見を私は持っている。彼らが揃いも揃って唱える「名誉の戦死」という言葉がその傾向を端的に表現していて、その精神はクラウスも共有しているものらしい。だから自分が死んだ後のことをいとも簡単に想像するのだ。


 図らずも私は少し腹が立つ思いがした。


 彼は自分が死んだ後、残された私がどう生きるべきかを心配している。そのこと自体はありがたいものなのかもしれないが、そもそも私は彼に死んでほしくない。

 いや、死なせたくない。ぎゅっと拳を握りしめる。

 死なせてたまるか。目の奥がツンと熱くなった。

 絶対に死なせはしない。何より強く心の中で訴えた。


 決意と抗議を半分ずつ込めてキッとクラウスをにらむと、彼は引きつった口角を無理やり少し上げた。困ったような、焦ったような、かつての仏頂面からは想像できないほど豊かな感情がこもっているように感じる。そんな彼を見て私は思わず吹き出してしまった。


 戦いなど起きなければ良い。こういう時間がずっと続けば良い。……そう思った途端に、青白い光が視界の端でチラチラと煌めいた。


「くる!」


 切羽詰まった叫び声がいきなり丘の上に響いた。

 戦場を見下ろす高台となっているこの場所には、シノン将軍をはじめとして軍の高級参謀たちが集まっている。その中の誰かの叫びだろう。


 直後、サモレリスクを守る城壁に大きな爆発が起こった。青い火花が稲妻のように走り、そこらじゅうに爆ぜる。


「魔法の大槍……!」

「副官、時間は」

「はっ……! 現在……、十一時二七分です」


 シノン将軍が時刻を尋ねると、副官が即座に答える。それを聞いたその場の全員が、懐から取り出した時計を一斉に合わせた。

 十一時二七分。この時を境に、本格的な戦闘が始まるのだ。


「では諸君、武運を!」


 馬上のシノン将軍が声を張り上げた。

 その場の何人かが馬の腹を蹴り、それぞれの持ち場へと駆けてゆく。ひっきりなしに青ざめた魔法の雨が押し寄せるサモレリスクの街へと、一切の躊躇もなく。


「テスタ、持ち場まで送ろう」


 突然の目まぐるしい展開に半ばポカンとしていた私に、クラウスが提案した。いつの間にやら自身の馬を曳いており、いつでも発てるという様子だ。


「あ……はい、お願いします」


 慣れた動きで馬の鞍に腰を下ろしたクラウスがこちらに手を差し伸べたので、引っ張り上げてもらって彼の手前に座った。ディスナの野戦築城を見に行った時もこうして二人乗りさせてもらったっけ、とそう遠くもない日のことを思い出す。


「はっ!」


 クラウスに腹を蹴られた馬が一目散に走り出す。丘を駆け降りて、サモレリスクの後方にある救護所までひとっ飛びだ。

 耳をつんざく雷鳴のような魔法の轟きがこだまする中、私は自分の心音も張り裂けそうなほどになるのを感じた。こんな時だと言うのに、いや、こんな時だからこそか。

 相も変わらず私の心と身体との間で調停が取れていない証左かもしれないし、自身の命の危険を感じ取っている印かもしれない。あるいは、大切な人を失いかねないことへの不安かもしれない。だけど、今はそのどれだって良い。背中にクラウスの確かな温もりを感じながら、私は改めてクラウスに釘を刺した。


「絶対、死なせませんから」


 背にいるクラウスはやはり、参ったような声色で「ああ」とだけ言って、手綱をぐっと握り直した。

 

お世話になります。お読みいただきありがとうございます。


愚か者なので資料を全く用意せず書いていたのですが、いちいち話を遡って参照するのが面倒になってきました。ちゃんと資料つくりたいなあ


以上!

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