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25: サモレリスクの戦い②――なぜ戦うのか――

「皇帝でなければ、余は音楽家を志していたかもしれないなァ」


 城壁を打つ攻撃魔法の破裂音が轟くのに耳を傾けながら、イリオス帝国を体現する男が馬上で心地よさげに呟いた。

 彼につき従う参謀たちはみな口を真一文字にぎゅっと結んで沈黙を保ったまま、緊張した面構えで彼を見ている。


「魔法が城砦を打ち崩し、立て篭もる敵に襲い掛かる音は格別だ。死にゆく怨嗟の断末魔を聴けないのが残念だよ。早くもっと近づきたい」


 自身の肩を抱いてうっとりと聴き入るさまに、彼ら側近たちは背筋がぞっと凍るのを感じずにはいられなかった。明らかに、皇帝は彼らと異なる世界観で生きている。その隔絶が彼らにとっては恐ろしくもあり、また頼もしくもあった。


「伝令。攻撃隊に伝えよ。『目標は都市の攻略にあらず。敵主力を根絶やしにすべく、まずこの街を徹底的に破壊せよ』と」

「はっ」


 彼の命令で、呆気なくこの街の命運は決した。サモレリスクは一両日のうちに灰燼に帰し、その守り手たるルヴェール王国軍は無惨な死に様を晒すことだろう。彼はこれまで幾度となく同じように屍の山を築いてきたのだから、ゆく先々で『怪物』と呼ばれるのも合点がゆく。


「ここまで逃げ続けたルヴェール軍をようやく戦いに引きずり出せたのだ。ここで皆殺しにしてやるぞ」


 少し苛ついたように見える彼の口元から紡がれる言葉こそが、何よりの死の音色だ。

 彼に忠誠を誓って付き従う参謀たちですら、一様にそう思わざるを得なかった。






◆◆◆






 統一暦六一二年、六月二四日。正午を少し過ぎた頃。


 青白い閃光の塊が、何度も何度も城壁をぶち壊そうと弾ける。その勢いは衰えるどころか一層激しさを増し、大地をがたがたと揺らすほどだ。かすかに響く絶叫や、時折パンパンと空を裂く銃声が折り重なって不安を煽る。


 サモレリスクの背後から、王都へ続く大街道。いざという時の退路となるこの道に面した都市区画を殊更に選んで構えられた救護所には、すでに何人もの兵が軍服を血塗れにして横たわっている。


 防御魔法を突破したり、すり抜けたりした魔法の大槍は、それ自体が致死的な威力を持っている上、建物に当たれば瓦礫を撒き散らしながらそこらじゅうで爆ぜるのだ。その矢面に立つなど、想像するだけで背筋が凍る。


「士官を優先して治癒しろ!」


 治癒隊の指揮官が大声で無情な命令を発した。

 救護所に担ぎ込まれるけが人の数は増す一方で、既に全員をきっちりと治しきることは不可能な状況に陥っている。法官として勤めていた時期でさえこれほど悲惨な事態に直面したことはなかった。


 額を滑り落ちた汗が目に入って沁みたが、それを拭う瞬間さえ惜しい。私も、ほかの治癒隊の魔法使いたちも、ありったけの気力を振り絞って治療に専念している。


 救護所に負傷者が運び込まれてからしばらくの間、あふれ出た血肉やそれらが焼け焦げて発する『死の臭い』が充満するのを感じていたが、もはや慣れ切ってしまって何も感じない。本格的な戦場に居合わせるのは久方ぶりだが、早くも順応してしまう自分に対して複雑な気持ちを抱かなくもない。


「呼吸し続けてください! 手で傷口を強く押さえて、必ず治しますから!」


 ところどころで苦悶のうめき声をあげる兵士たちに声をかける。先の命令の通り、士官でない彼ら兵卒の命の価値は低く、治療も後回しにせざるを得ない。

 それは一種の合理性であると同時に、残酷性の発露でもある。私たちの眼前に、帝国や『怪物皇帝』と争うということの現実がどうしようもなく大きい影を落としているのを、否が応でも意識させられる。


 とにかく、目の前の一人を救わなければ。そうしたら次の一人を助けられる。


 私は、運び込まれた将校たちの一人に駆け寄った。瓦礫で腕を潰されているが、今すぐ治癒を施せばまだ助けられる。即座にその場にひざをついて杖をかざし、治癒魔法をかけ始めた。帝国軍により間断なく魔法攻撃が繰り返されている今、一秒だって迷ったり悲嘆に暮れる時間は無い。

 苦痛のあまり呼吸のたびに錆びた扉がきしむような音を漏らす目の前の男に、何度も何度も声をかける。


「大丈夫、助かりますよ!」



 前腕の一部がちぎれて失われてしまっており、元通りに繋ぎ直すことは不可能だ。つまり治癒の方向性としては「いかに元に戻すか」でなく「いかに傷口を閉じるか」だろう。


 刃物でひと息に切断したわけでない傷口は、奇妙な言い方かもしれないが不揃いだ。露出した骨の切っ先、ぶら下がった血管や神経、皮一枚でくっついている肉の欠片。

 何も考えず治癒魔法を施しても、いびつな結果となって後々本人を苦しませることになる。出血を止めるのが最優先として、どこから手をつけるべきか――。


 限られた僅かな時間の中で、断裂した傷口が塞がるイメージを頭の中で必死に整える。あふれ出る魔力の温もりは、もはや熱いくらいだ。


「……死に、た……な……」

「死にませんよ! いま治癒してますからね」

「ぐ……。怖……い……」

「大丈夫! 必ず生きて帰れます! 私を見て! 呼吸し続けて!」


 浅い呼吸のまま弱音を吐く男に片方だけ残された手をぎゅっと握る。ぬめりとした赤黒い液体がこびりつくが、気にしている場合ではない。私も、治癒隊のほかの魔法使いたちも、一様に体じゅうを乾いた血に染めていた。

 清潔なローブに身を包んだ戦場の癒し手――などというよくある幻想とは程遠く汚れ切った様相が、うんざりするような戦場の現実を映し出している。


「法官殿!」

「ちょっと待ってください!」


 誰かが私に呼びかけたが、笑顔でハイ何ですかと悠長に応える暇があるハズもなく、振り向きさえせずに切羽詰まった返事をするので精いっぱいだった。

 目の前で死肉に蛆が湧いたようにモゾモゾと肉が盛り上がり、傷口をゆっくりと塞いでいく。鋭利に切り取られた骨の切っ先を再成形しながら、壊死を待つしかない切断面の一部を切除して傷を覆う肉の進路を確保する。傷が完全に見えなくなるまで、まばたきさえ出来ない。呼吸の仕方も忘れるほどだ。


「……もう大丈夫。よく頑張りましたね」


 生々しい血の跡を残しながらも、盛り出た肉が完全に切断面を埋めた。ひとまず安心してよい状態になり、私は大きく息を吐いて男に声をかけた。そんな私に釣られたのか、男も深い呼吸を数度繰り返した後、ゆっくりとまぶたを閉じた。上下する胸の動きは安定しており、単に眠っただけと分かる。極度の緊張状態から解放されたのだろう。

 私はそばにいた治癒隊員に「あとは頼みます」と一声かけて立ち上がり、腕で額の汗を拭った。


「すみません、お待たせしました」


 先ほど私を法官殿と呼んだ伝令役のルヴェール兵に改めて応える。

 彼も彼でそわそわしていたが、こちらの状況を理解した上で待ってくれていたらしい。とは言え我慢の限界に近かったようで、間髪入れずに話し始めた。


「法官殿。リーヴェン少佐がお越しですので移動の支度をしてお会いになってください」


 ほとんど息継ぎせずに言い切って救護所の曇り切った窓にあごを向けたので、私は促されるまま窓際に近寄って階下の広場を見下ろした。

 外には濃緑色の軍人がごった返していたが、ひときわ存在感のある人物が馬上で背筋をピンと張っていたのですぐ分かった。がっしりとした体躯に豊かなひげと眼帯、数本の剣と銃を携えた重武装。リーヴェン少佐だ。


「すぐ行きます」


 伝令に手短に伝え、私は血まみれの手で鞄を掴んで部屋を飛び出た。

 リーヴェン少佐は――いつもそう呼んでいるにもかかわらず忘れそうになるのだが――ルヴェール王国軍の少佐という、かなり偉い階級に位置する人物だ。

 胸に垂らした金のモールが象徴するように参謀として勤務しているため実戦部隊の指揮に直接関わりはしないものの、ひとたび兵を率いるとなれば数百名規模の長となるべき地位にいる。ちなみに、クラウスの階級はその一つ上の中佐であるため、やはり相当偉い。


 ……話を戻すと、その()()()()()()()()()()()()が直々にやって来たというのだから、何か火急の用か、少なくとも単に声をかけに来た以上の何かがあるのだろう、と私は想像して、取るものも取りあえず彼のもとに向かうことにしたわけだ。

 廊下にまでひしめく負傷者――主に軽傷の兵卒たち――の群れを通り過ぎ、医薬品を満載した木箱が積まれた階段を駆け下りる。


「リーヴェン少佐!」


 救護所の扉を乱暴に押し開けて、馬上の軍人に小走りで近づきながら呼びかけた。少佐は私の方を見て少しぎょっとした表情になったが、すぐにいつもの微笑をたたえて応えた。


「おお、テスタ殿。ずい分と……べっぴんになりましたな」

「ちょっと、そういう冗談良くないですよ」


 私は顔をしかめて不服を表明した。確かに昨日までの私と違ってローブは血で汚れていないところを探す方が難しいほどだし、髪もぼさぼさなのだろう。ただ場所が場所、状況が状況なので彼の軽口に付き合う気になれない。そっけない態度かもしれないが、リーヴェン少佐はそれを気にするようなタチでもないだろう。実際、少佐はニヤッと口角を上げて「これは失礼」と言っただけだった。


「馬上からで申し訳ない。急ぎでしてな」

「いえ、お気になさらず。……あの、それでいったい何の用でしょう」

「おぉ、そうでした。テスタ殿、配置転換です」

「は……配置転換?」


 あまり想定していなかった事態に、思わず聞き返してしまった。

 私は治癒魔法の専門家で、治癒魔法の専門家がいるべき場所はここだ。配置転換とだけ聞くと簡単な話だが、いったいどこに行けと言うのか。


「街の西からドンゼル川を渡河しようと帝国軍の一部が機動しておるのです。我が第一軍の部隊もこれを阻止すべく対岸に向けて運動中でして、そちらに加勢していただきたいのです」

「い、いやいや! 川を挟んで野戦をするってことですよね、私が出る幕なんてありませんよ!」

「治癒魔法の使い手が出ぬ幕など戦場にありませんぞ」

「そりゃ極論そうでしょうけど! ぜ、前線に出たことなんて……前職でも後方支援でしたし」

「テスタ殿!」


 私に呼びかけるリーヴェン少佐の声色に、叱咤の念がこもっているのを感じた。思わず肩が強張ってしまう。馬上の少佐は目を大きく開いて私を見据えている。今までずっと隠し持っていたであろう彼の一面を映した表情だ。


周囲でせわしなく駆け回る濃緑色の軍人たちがそこかしこで怒鳴り声をあげているので、客観的に言えば少佐の声はその中にかき消えていったのだろう。しかし、彼の言葉を向けられた張本人たる私は、幾度も反響し続けてその度に増幅しているとさえ思えるほど強い情念を読み取った。


「前線の中のさらに前線で戦うのは我々の仕事。テスタ殿には前線のやや後方に築いた簡易の救護所で治癒に専念していただく。貴女の不安も分かりますが……」


 リーヴェン少佐は一瞬だけ視線を馬の背に落としたものの、すぐに私をまっすぐ見つめて言う。


「自ら積み上げた屍の山に報いるために、貴女は戦場(ここ)にいるのでしょう」


 淀みなく放たれた彼の言葉が、私の胸中にある迷いを払拭した。

 ()()()()()()()()()()()()、お前は何をぼさっとしているんだ。お前は何のためにここまで来たんだ。そう自問せずにはいられない。学会に命じられたからではない、私自身の意志を。


 両頬をパチンと叩いて気合を入れた。思いのほか力が入っていたようで、ヒリヒリと頬が熱くなる。リーヴェン少佐は「おぉっ」と驚きの声を漏らし、いつもの朗らかな笑みを取り戻した。


「すみません。こう……キュッとなってました、視野が」


 両手のひらをこめかみのあたりに添えて、あたかも馬の目隠しのように視界が狭まった仕草をすると、リーヴェン少佐はどっと声をあげて笑った。戦闘の最中にこれほどの大声で笑う者など滅多にいないので、周囲の視線が刺さるのを感じる。私は思わずそのまま手で顔を覆い隠した。


「それでこそテスタ殿です」


 そう呟いた少佐を指の隙間から見ると、こちらに手を差し伸べていた。

 これは恐らく「乗ってけ」と言うやつだ。素直に手を取り、鞍まで引っ張り上げてもらった。少佐の後ろに跨って、濃緑色の軍服の腰巻あたりに手を回した。


 リーヴェン少佐の背中は大きかったが、剣や銃がガチャガチャしていて落ち着かないと少しだけ思ってしまった。とはいえ、こんな時なので仕方ない。


 発見だったのは、クラウスが私を馬に乗せる時にいつも自身の前に座らせる理由が分かったことだ。後ろに座らせては彼が背に忍ばせる様々な武器とぶつかってしまう、という懸念があったのだろう。相変わらず、寡黙なわりに妙な気遣いをするやつだ。口角がぷるぷると吊り上がろうとするのを感じ、私は顔を伏せて少佐の背に額を預けた。


「それでは参りましょう。先ほど申し上げたように急ぎですので、振り落とされぬようご注意くだされ」


 リーヴェン少佐は、大街道へ続く北の門に馬の鼻先を向けた。馬の常歩が石畳を蹴ってルヴェール兵の群れをかきわける。


「そういえば。西のドンゼル川方面に向かった第一軍部隊に、クラウス殿も同道しておるはずです」

「えっ……、それを先にっ……!」


 口を衝いて出かけた言葉を咄嗟に呑み込む。色んな意味で良くない発言だ。彼のいる場所にホイホイついて行く人間と高を括られるのは遺憾だし、私も自分の判断がぶれることを望まない。少佐もそれを分かった上で、あえて私に知らせるのを遅らせたのかもしれない。


 何と言うか、道を敷くのが上手い人だと感じる。背中ごしの推察だが、きっと今も彼はニヤッと笑みをたたえているのだろう。


 濃緑色の海を抜けた馬がブルルと息を吐きだして、勢いよく走り始めた。大街道からわきに逸れてドンゼル川沿いに西へ向かう。

 少しずつ離れてゆくサモレリスクの街へ振り返ると、青白い閃光がそこかしこで弾け、轟音と煙をまき散らしているのがかえってよく分かった。目下、戦況はどうなっているのだろう。押し殺せない不安が心の内で渦を巻いているが、考えたって仕方のないことだ。今はただ、一人でも多く治癒することに集中しよう。


「正念場ですね」


 誰に告げるでもなく呟いて、私は大きく息を吸い込み、吐いた。

お世話になります。

お読みいただきありがとうございます。


TS娘とその扱いが上手い人物はセットメニュー。


以上!

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