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13: 大要塞ヴィルノ

「……んで、何とか捕虜交換に便乗してルークイ王国まで逃げてきてから、学会の庇護の下でアラギノのテスタとして生きてきたわけです」


 私が話を締めくくると、馬の蹄が地面を蹴り、馬車が僅かに揺れたりきしんだりする音だけが残った。私のいきさつを人に語ったことは何度かあるが、ここまで詳らかに話したことはほとんど無い。


 恐らくリーヴェン少佐も学会からはもう少し漠然としたあらましを聞かされただけだったのだろう。先ほどまでの朗らかな笑みが消え、眉間に深い皺を刻んでいる。隣に座るクラウスをちらりと見やると、彼も彼で自分の手元を見つめたままじっと動かず、怒りと……同情だろうか、複雑な思いが入り混じったような表情だ。


 私は、何だか少し申し訳ない気分になった。頼まれたから話したといえばそうなのだが、思った以上に車内の雰囲気を重くしてしまった気がする。


「テスタ殿」


 リーヴェン少佐が重い口を開く。今にも泣きだすのではないかと言うほどに歪ませた目で、まっすぐこちらと見据えてくる。私が返事をすると、少佐はつづけた。


「戦争が終われば、貴女はどうされるつもりか」


 その問いに、私ははたと動きを止めて少し考え込んだ。

 何しろ、イリオス帝国は産声を上げる前は国内で、建国後は国外で、いくばくかの休戦期間を挟みながらもずっと戦乱にまみれてきた国だ。私にとっては、生まれる前から戦いの喧騒が響き続けている。だから、戦争が終わればどうするか、などということを真面目に検討したことが無かったのだ。


 しばらく唸った末に、私はぽつりぽつりと吐き出し始めた。


「正直……一度故郷に帰りたいとは思ってます。何も出来ずに逃げ出して来ちゃいましたし、その後の噂も耳に入ってこないので、どういう様子なのかも分かりませんから……。焼き払われて跡形も無くなってるかも知れませんが、そうだとしても帰りたい。そんな場所でも、故郷だから……みんなの、墓標も立てないと……」


 それは、帝国から逃げ出した私にとって、まさに帝国を討ち果たさなければ成し得ないことだった。話しながら俯く私の隣で、クラウスが頭を動かすのを感じる。こちらを見つめているらしい。


 学会に匿われてからというもの、アラギノでの生活は楽しかった。時折学会から無理難題を押し付けられて辟易するような目に遭ったりしたものの、何だかんだで仲良くやってきたと思う。ハルミアというよくできた生徒もいて、帝国で受けた仕打ちを思い出すことも少なくなっていた。


 けれど、こうして再び自分の過去を咀嚼してみて、自分がとんでもない数の屍の上を歩いているのだと気づかされた。

 私の両親は、恐らくすでにこの世を去っているだろう。故郷での顔見知りも、集落を出た者を除けばほとんどが帰らぬ人になっているはずだ。それは元を辿れば、私が愚かにも無策で都を飛び出そうとした帰結に他ならない。

 今までも、心のどこかでは理解していたことだったと思う。理解していたけれど、その責の重さゆえにそっぽを向き、気づいていないフリを決め込んできたのだ。


 学会からの突拍子もない命令にはほとほと呆れたものだが、幸か不幸か、そのおかげで気づくことができたのだ。私は自分の足元を見つめたまま、しかし、力を込めて言った。


「私が死なせてしまった皆に、報いたい……と、思っています」


 うつむき加減の私のローブで覆われた太ももあたりに、ぽつりと一滴の雫が染みを作った。何事かとぼんやり見ていると、ぽつぽつと染みが増え、ローブをじわりと湿らせる。どうやら思いのほか感じ入り、泣いてしまったらしい。

 そこまで気づいて初めて目と鼻の奥がツンと沁みた。心と身体の反応がいまいち噛み合っていないのがおかしくて、ニヘラと笑いながら顔を上げる。


 向かいに座るリーヴェン少佐は、失われていない右目を真っ赤にして大粒の涙をバラまいていた。

 何か感じるところがあったのか、私の両肩をガッシと掴む。私がギョッとして短い悲鳴をあげるのも構わず、食いしばった口元を大きく開けて叫んだ。


「ゴロドックのリーヴェン、貴女の覚悟に感服しましたぞ! 正直に申し上げて初めは帝国から落ち延びた小娘と高を括っておりましたが、いやはや! ……ルヴェール王国陸軍を代表して、貴女を戦友として歓迎いたす!」

「あ、ありがとうございます? ってうわっ!」


 感極まった様子のリーヴェン少佐がガクガクと私の身体を揺さぶり始める。かなり力がこもっているらしく、私がアワアワとなすがままで何も言えずにいると、隣のクラウスが話しかけてきた。


「おい」

「なんっ……ですかっ……!」


 リーヴェン少佐に揺すられながら、何とかクラウスの方を見る。

 ぶんぶん揺れる視界に映るクラウスは、今までの付き合いでほとんど見たことが無いような、優しい顔をしていた。


「お前の過去の清算、俺が付き合ってやる」

「え……! なっ! なんかっ……! 初めて、会った時、みたいなっ! こと、言いますねっ……!」


 クラウスは前後に激しくブレながら息も絶え絶えに返事をする私をもう一度見つめ、「ふん」と小さく息をついて窓の方へ向き直った。

 ちょっと、リーヴェン少佐を止めてよ!





◆◆◆






 ルヴェール王国軍が本営を構える大要塞ことヴィルノは、なるほど壮観だった。

 敵の魔法攻撃を受け流すために少し傾斜した壁は高くそびえ立ち、攻め込む者の意気を削ぐ。城壁の足元には深い空堀が横たわっており(水で満たすと秋や冬に凍ってしまうため、あえて空堀にしているそうだ)、油断して近づいた敵を何人も飲み込んできた歴史を想起させる。戦時のため、城壁の外周にはところどころに尖った木杭が打ち立てられ、騎兵や竜騎兵の迂闊な突撃を許さない姿勢を見せつけている。


 馬車に揺られたまま城壁を抜けると、その賑やかさに圧倒された。

 壁の先に広がる日没間際の夕空には炊事の煙がいくつも立ち昇り、どこか食欲を刺激する香りが漂ってくる。あちらこちらで剣を鍛えなおす鍛冶の槌が響き、戦を控えた男たちが集まって話し合ったり、酒を飲んで騒いだりしている。

 意外だったのは、彼ら戦う男たちが必ずしもルヴェール王国の軍人で占められているわけでは無い、ということだ。隣に腰掛けるクラウスはもとより、様々な国の軍服がこの要塞都市に集まっていて、さながら軍服専門屋の様相を呈している。クラウスと同じルークイ王国軍の濃紺もかなり見かけた。


 これから戦場になると思えないほど――いや、戦場になるからこそなのか――明るい喧騒を眺めつつしばらく馬車に身を預けていたが、やがて車体がずしりと停止した。


「到着です」


 穏やかな笑みをたたえたリーヴェン少佐が私たちに告げ、先に馬車から降りる。続いてクラウスが降りたかと思うとこちらに向き直り、手を差し伸べてきた。意図をすぐに汲み取れず面食らっていると、クラウスがちょちょいと手をこまねいて言う。


「ほら、降りろ」


 アラギノでは何かといがみ合ってきた仲だから、急にそういうことをされると何だか照れてしまう。彼は彼でさっきの私の述懐に何かしら感じるものがあったのかもしれないが、彼のこういう優しさに触れるのは本当に何年ぶりという次元なので、ちょっと顔が熱くなった。


「あ、ありがとうございます……」


 何だかばつが悪くて少し目を背けつつも、私よりずっと大きい手のひらを頼ってひょこひょこと馬車を降りる。ごつごつしてほのかに熱を帯びたクラウスの手は、まさに軍人といった感じだ。私には逆立ちしたって得られないような強さを持ち合わせた手。少しだけ離すのが名残惜しかった。


「さて、早速お二人には司令官閣下へのご挨拶をお願いしたいところですが……あいにく今は閣下が会食の時間ですので、我々も夕食を摂ってから伺うことにしましょう」

「分かりました。私たちもお腹がすいていたのでその方が助かります」


 私はリーヴェン少佐の提案に一も二も無く首肯し、促されるままクラウス共々食事へ向かった。

お世話になってます。

お読みいただきありがとうございます。


TS娘への周囲の接し方がだんだん変わるやつ好きです。


以上!

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