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11: テスタの過去③

「……それで、この者が夜の間に馬を盗んでタタラスクへ向かっているところを騎兵隊が捕らえた、と。朝まで待てずに飛び出したか? ずい分とせっかちなことだな」

「…………」


 統一暦六〇八年。年明け早々、私は静寂に包まれた法廷に引き出されていた。

 無駄に高い天井、無駄に広い空間、無駄に設けられた座席、無駄な時間、無駄な審議……。これ程までに全てが無駄で構成された法廷があっただろうか。


 法官府の地下で例の命令を受領した日の夜、私はほとんど無策のままに都を抜け出し、あっけなく逮捕された。たかが十二歳の少年とて、『裏切り者』の汚名を着せられてしまえば二度とそれを返上することはできない。私は数日か数週間(少なくとも時間の感覚を失ってしまうほどの期間)固く冷たい牢獄の中で過ごすことを余儀なくされ、その後いきなり引きずり出されたかと思えば、驚くほど無駄な裁判に出廷させられていた。


 裁判長を務める老年の法官が呆れ果てた口調で私を何度もなじり、その周囲を固める連中がそれに乗っかる。法官府の地下で会った三人のお偉いさんたちもその中にいた。

 私は杖を含む持ち物の全部を取り上げられてしまったので、捕まった時に負った傷を治療することもできず、まだところどころが痛んだし、身体や衣服の汚れがいよいよ我慢ならなくなっていた。そして何より、こんな法廷で何を話し合ったとしても、自分が『裏切り者』として処刑されてしまう結末には変わりがないことを既に理解していた。


「タタラスクのテスティリス。貴様は神にも等しい皇帝陛下とその帝国に背く行いをした。同じく陛下と帝国に対して裏切りをはたらいた町タタラスクに制裁を加えよとの命令を忠実に実行せず、夜間独りで抜け出してタタラスクの住民を逃がそうと動いたのだろう」


 法官の一人が、手元の紙をまるっきり読み上げるのを隠そうともせず、機械的に尋ねた。

 私が彼を睨みつけたまま黙っていると、その不遜な態度が逆鱗に触れたらしい。彼は持っていた紙の束をがさがさと漁り、お目当ての書類を見つけるとにやりと笑った。


「貴様が穴倉に閉じ込められている間に、タタラスクの住民は一人残らず処刑された。住民たちの首は一つ残らず帝国各地の都市に送られて、今頃広場かどこかに晒されているところだ」


 私を取り囲む連中が一斉に低い笑い声をあげた。彼らは、「結局お前は何もできなかった」と私を嘲笑っていたのだ。

 私は乾ききった唇を噛み、手錠を留められた両手に視線を落とした。


「……『裏切り者』はどっちだって話だよ」


 口をついてでた言葉に、法廷がしんと静まり返った。私自身も驚いていたが、連中も驚いていたようだ。顔を上げると、目の前の全員が私を奇異の目で見つめていた。


「タタラスクのテスティリス、何が言いたい」

「……タタラスクは国境の町で、人は少ないし豊かなわけでもない。強大な軍隊も持っていないし地形も平坦だから敵の攻撃を受けたらひとたまりもない、そんなこと誰だって分かってるはずだ。だから歴史上タタラスクの町は統一以前は近隣の有力都市に、アラグノイア統一帝国崩壊後はイリオス王国に臣従を誓い、貢納と引き換えに軍事力による保護を享受してきた。そうやって生き延びてきたのがタタラスクだ」


 呼吸が荒くなり、足が震えた。視界が小刻みに揺れ、今にも倒れてしまうのではないかと思ったが私の口はひたすらにしゃべり続けた。悪あがきなのか、ヤケクソなのか、とにかく止まることを知らなかった。


「イリオス帝国に対しても課せられた税を払い、人柱まで捧げた。俺は七歳の時に法官にさらわれたし、他の家も兵隊を供出しているはずだ。だからイリオス帝国はタタラスクを守らなければならなかった。しかしその義務を怠った! ルークイ王国との戦端が開かれるという時、タタラスク近郊には帝国の部隊が全く配置されていなかった。当然タタラスクは宙づりになったから、目の前に迫るルークイ王国軍に単独で対処しなければならなかった。力の無いタタラスクがルークイ王国軍を撃退するのは無理だ。となれば、出すものを出して穏便に通過してもらうしかない。合理的な判断だろう。取りも直さず帝国がその臣民をまともに守れなかった帰結だ! これが臣民に対する『裏切り』でないのなら何だ!」


 法廷中に私の叫び声が響き渡った。

 大きく肩で息を吸っては吐き、吸っては吐きを繰り返した。今さらこう色々と不満を並べ立てたとて何が変わるわけでもないのだが、言わずにはいられなかったのだ。

 私に死刑の判決を下す為に集まった連中は自分たちの本来の目的を思い出したのか、私をなじるのをやめて揃って「無礼者」「今すぐ処刑台に送れ」と喚き散らした。


 法廷の気取った大きな両面扉が音を立てて開き、傍らに控えていた兵たちが私の両腕を掴んで連行しようとした……、


 ……が、私は連行されず、無理やりその場に跪かされた。

 そこにいる筈の無い人物が、ずかずかと法廷にあがりこんできたからだ。


「外まで響く程に絶叫しているのは誰かと思って来てみれば、なかなか面白いことを言っておるので驚いた。帝国が『裏切り者』ということは、帝国そのものである余も『裏切り者』ということか?」


 跪かされ、床に頭を擦り付けられていた私は声の主の顔を見ることが出来なかったが、それが誰であるかはすぐに察した。

 先ほどまで私を裁こうとしていた連中のうち誰かが、「陛下、このような場においでになっては……」と諫めようとしたが、彼が「今は余がこの者に問うている」と一言発するだけでもう口をつぐむしかなくなっていた。


「皇帝……陛下……」

「余が誰かは顔を見ずとも分かるようだな。しかし、今は余の質問に答えるのが先だ。……敵に与した田舎の町一つを制裁できずに牢に送られた若い法官がいるとは聞いたが、それはお前だな。お前、余が『裏切り者』と思うのか?」


 男が「離してやれ」と命ずると、私を組み伏せていた兵たちが私の上体を起こさせ、後ろへ下がっていった。

 目の前に立っていたのは、イリオス帝国を一手に掌握する時代の怪物、『皇帝』のウィルゴドウィンその人だった。

 イリオス帝国軍の将軍の制服に、紫色のマント。彼のトレードマークとも言えるいつもの服装だ。長い金の髪と鋭い眼光は獅子のようで、生命力に満ちた若々しい印象を覚えた。

 私は突然に帝国そのものが姿を現したことに呆気にとられたが、彼が何度も答えを迫ってくるので引くこともできなかった。


「畏れながら陛下は……。陛下は、申し上げた通り民衆に対する『裏切り者』です。そもそも権力者が民衆を抑圧するだけした一方で何も民衆に見返りを寄越さなかったためにイリオス王国は崩壊し、陛下の治めるイリオス帝国の世が始まったはず。それなのに貴方は、表面上は臣民を守るなどと言いながらその実、王国の権力者たちと同じ愚を今も犯し続けている!」


 私は明らかにヤケクソだった。天下のイリオス皇帝にこれほど挑戦的な主張を直接叩きつけたら、ただ処刑されて首が晒される程度では済まないだろう。両手両足もバラバラにされて各地で晒されたりするのだろうか、と何故かのん気に考えていたくらいだ。

 皇帝は、私の目をじっと見つめていたが、やがて堪え切れなくなったとでもいうかのように吹き出した。


「こいつ、面白いな。ここであっさりと処刑してしまうには惜しい逸材だ。もうしばらく眺めてみたい」


 くつくつといかにも楽しげな笑い声をあげ、皇帝は奇妙な注文をつけた。『もうしばらく眺めていたい』という言葉、これには私はいまいちピンとこず、彼の言葉を訝しむしかなかったのだが、私以外の連中は彼の意図を即座に理解したらしく、皇帝に問いかけた。


「陛下。つまり……()()()()()()のですか」


 私に地下室で命令を与えた法官――テドアールがおずおずと尋ねた。皇帝は「うん」とだけ答え、私の前にしゃがみ込んで私の顔をまじまじと見つめた。


「薄汚れているが、若いし素材が良い。お前、このまま育ったら中々の美青年になったろうになあ」

「は……、何を……」

「お前の主張、中々面白い説だった。殺すには惜しい。これからも生きて、死んだ貴様の仲間や家族の分まで苦しみ続けるが良い」


 皇帝が懐から杖を取り出し、私に突き付ける。


「……『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』」


 皇帝の瞳がチラリと光った。

 刹那、耳の奥がキンと鳴り、目の中に真っ白な光がなだれ込んだ。何も見えず、何も聞こえなかった。身体が自分のものでなくなったかのように重く、声をあげることもできない。皇帝が何か魔法を使ったのは明らかだったが、それが何であるかは全く分からなかった。未知の魔法が熱を持って身体中を駆け巡り、私という存在を作り替えてしまう、そういう感覚だった。






◆◆◆






 ……光が止んだ時、目の前の皇帝は穏やかな笑みをたたえていた。

 彼は心底嬉しそうに私の頭から足先までを見つめ、満足げに何度も頷いた。


「一丁あがりだ。後の教育は任せる。出来上がり次第で使ってみても良いが、殺すなよ」


 皇帝はそれだけ言うと少し億劫そうに立ち上がり、頭をぼりぼりと掻きながら法廷を去って行った。

 一方の私は、何をされたのか全く分からずにいたが、先ほどまで控えていた兵らが再び私を持ち上げた時、私の黒い髪がばさりと胸元に垂れてきたので驚いて「ひっ」と声をあげた。

 ……その声が、当時既に声変わりを経ていたはずの私のいつもの声とは程遠い高く澄んだものだったので、更に驚いた。極めつけに、ずっと着っぱなしだったローブがいきなり大きくて重く感じたのと、やけに視点が低いのとが相まって、うっすらと自分の状況を理解し始めた。


 恐る恐る背後を振り返ると、ついさっきまで私を殺せとカンカンに喚いていた連中が、今度は一様に下卑た笑みを浮かべているのが見えた。

お世話になっております。


TSしたて娘が身体の変化に気づいて青ざめるのが好きです。


以上!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読み易く、誤字脱字も見付からないしっかりとした文章。凄いです。 [気になる点] 後書にあるTSの好みが一緒で何だか嬉しかったです。今後の展開が楽しみ。 [一言] また読みに来ます。
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