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10: テスタの過去②

 統一歴六〇七年の冬、私は法官府の地下に設けられたある一室に呼び出された。

 暖房器でも誤魔化せないヒヤリとした空気に肩を縮こまらせて階段を降り、指定された部屋の扉を叩くと中から「何者か」と短い返事が聞こえてきた。


「支援魔法部局・治癒法官中央処理法官、タタラスクのテスティリスです。ご用命を受け参上いたしました」


 決まりきった口上を機械的に垂れ流すと、「入り給え」と偉そうな返事が扉越しに響いてくる。私は「失礼します」とまたもや機械のように発音し、入室した。


 豪華な服装を見てすぐに察しがついたのだが、部屋の中で私を待ち構えていたのは、当時果てしなく若造だった私にはほとんど話す機会など無いお偉いさん方だった。そりゃ偉そうに指図するだろう、と当時もイヤな汗を垂らしながら思った覚えがある。


「かけたまえ」


 お偉いさんその一が、手前にある椅子に座るよう私に顎で促した。彼らの雰囲気のせいで私はまさに借りてきた猫のようにカチコチになりながらも椅子に腰かけた。


「さて、まずは自己紹介といこう。……私は帝国軍第十一騎兵連隊の連隊長を務めている、クロネアルス大佐だ」

「私は法官府中央総務部局長のビヴィリアという。きみとは部局が違うが、遠目に顔を見たことがあるかもしれないな」

「……私は国務府警備部局長のテドアールだ」


 お偉いさんたちがその三、その一、その二の順に自己紹介をしたので、私は小さく会釈を返した。軍隊、法官、国内業務の三機関からそれぞれお偉いさんがやってきて一人と面会をするという状況で、イヤな予感がしない人間はいないだろう。私はイーノスから聞かされた話を忘れることが出来なかったから、イヤな予感以外の感覚を抱くことは到底できなかった。

 明らかに緊張している私の態度を全く意にも介さず、お偉いさんその三――騎兵連隊長のクロネアルス大佐――は話を切り出した。


「手短にいこう。きみは皇帝陛下と帝国に対する『裏切り者』かね」


 本題をいきなりぶつけてくる彼のスタイルは、いかにも軍人らしい論理的で迅速なものだったのかもしれない。内容が内容なだけに私はかなり面食らったが、この手の質問が飛んでくることは他方である程度予想もしていたので、恐らく表面的には冷静さというか、自然な感じを装うことに成功していたはずだ。


「……質問の意図が分かりかねますが、陛下と帝国に害をなす臣民を『裏切り者』とお呼びなのでしたら私はそれに該当しません」


 こう答えると、お偉いさんたちは互いに顔を見合わせて私が努めて模範的になるようこしらえた回答を吟味し始めた。灯りに乏しい地下室の冷たい雰囲気も相まって居づらいことこの上なかったが、とりあえずはあらぬ疑いをかけられることを回避しなければならなかった。

 しばらく(これは私にとっては長かったが、実際は案外短かったかもしれない)無言の時間が続いたが、お偉いさんその二――国務府警備部局長のテドアール――がいきなり私に語りかけた。


「タタラスクのテスティリス。きみの故郷は帝国北西部に位置する辺境の町タタラスクで間違いないな」

「はい。相違ありません」

「実はだな。先のルークイ王国との戦争の際、タタラスクを含む複数の町がルークイ王国と共謀し、主に食糧などの物資をルークイ王国に提供していたことが判明した。つまり、タタラスクという町は我々帝国に対する『裏切り者』だったわけだ」


 私は何も言えずにテドアールを見た。テドアールは私の瞳をまっすぐに捉え、私のどんな挙動も見逃さないといった様子だった。

 私は彼の話したことは既に知っていたし、だから何を言うべきか頭に浮かばず詰まってしまったところがあるのだが、それはかえっていかにも初耳らしい私の動揺を演出したようだ。テドアールは何事もなく話を続けた。


「帝国に対する『裏切り者』には制裁を下さねばならない。そうだね?」

「……その通りです」


 生唾を飲み込んで絞り出した私の返答に対し、テドアールが微かにいやらしい笑みを浮かべた。


「そして同時に、我々はきみが信用できる人物かどうかを知る必要がある」

「……ちょっと待ってください、それはつまり……」

「率直に言おう。タタラスクを焼却したまえ」


 テドアールの突然の命令に畳みかけて、クロネアルス大佐が口を開いた。


「明朝、私の部隊の一部がタタラスクに向けて出発するので、きみにはそれに同道してもらう。およそ三日の行程を経てタタラスク近郊でいったん停止し、きみだけが馬車に偽装した騎兵を伴ってタタラスクへ向かう。きみは法官府からの御触書を通告するついでに帰郷したと言い、夕食時に住民たちを町の広場か講堂へ集める。住民の処理は私に任せたまえ。ある程度の住民にはそこで制裁を下すことが出来るだろうが、何事にも取りこぼしというものはある。そこで、きみの魔法の腕を申し分なく発揮してほしい。専門は治癒魔法とのことだが、噂によれば魔法の腕は一級品だそうじゃないか。家々に火をつけて町全体を焦土に還すことくらいはわけないだろう」


 クロネアルス大佐の話しぶりは、ずい分と楽しそうだった。実際楽しいのだろう。お偉いさん方は揃いも揃って愉悦に満ちた瞳をぎらつかせていた。

 お偉いさんその一――法官府中央総務部局長のビヴィリア――は、私が返答に困っているのを見抜いたらしく、やや低い声で唸った。


「この命令を拒否することは許さない。もしそんなことがあればきみは帝国に対する『裏切り者』となるし、当然そうなってもタタラスクは焼却する。作戦の延期も駄目だ。きみはただ『分かりました。故郷を灰にして祖国に報います』とだけ言って退室し、明日の出発に備えたまえ。詳しい場所と時間は追って下達する」


 ……彼らお偉いさん方は、日ごろから付き合いがあったり、あるいは私に対してと全く同じように疑わしい人物を追い立てたりしているのだろうか、と思う程に連携がぴったりと取れていた。こうも威圧感たっぷりに言い立てられては為す術が無く、私は力なくうなだれてビヴィリアの要求通り、忌まわしい言葉を復唱して牢獄よりもタチの悪い地下室を後にした。


 だが、正直に白状してしまうと、イーノスが私の故郷の裏切りを伝えてきてからお偉いさんたちとの面会に至るまでの間に、私の中で一種の覚悟は既にできていたらしい。そもそも帝国が臣民の忠誠心を試すためにあえて同士討ちや親殺しを命ずることは私も当時から知っていたし、イーノスが情報を流してくれた時点で私に白羽の矢が立つだろうとは思っていた。恐らくイーノスもそれを見越して教えてくれたのだと思う。彼が「覚悟しろ」と言ったのは、全てを売って帝国に仕えるか、全てを投げ打って故郷の人々を救うか、いずれにせよさっさと決めておけという含みを持っていたのだと私は今も信じている。


 要するに私は、後者の道を進むことに決めたのだ。しかし、それを完遂するにはあまりにも幼かった。

お世話になっております。

お読みいただきありがとうございます。


聡明なTS娘がいいように扱われるのが好きです。


以上!

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