34話 新たな町を②
馬車が止まるとフラウが飛び下り、こちらに向かって駆けてくる。
フラウを追いかけ、後ろにガインが続く。
息を弾ませたフラウが私の前まで来ると、両肩をがっと掴まれた。
「お久しぶりです! ダンジョンではありがとうございました!」
「あ、お久しぶりです。怪我もなさそうでよかったですね」
私はよそよそしく返事をする。
そばに来たガインも同じような内容を口に出す。
「クエス、あの時は助かった。礼を言うのが遅くなった」
「いえいえ、礼を言われるほどのことはしていませんので……」
私はお礼を言われ慣れていない。
村では両親以外から褒められたことなどないし、お礼なんて言われたことはない。
逆に怒られるばかりで、逆にこちらから嫌がらせのお礼参りをしていたくらいだ。
それに、助けに行ったというのが気恥ずかしい。
私はクールキャラであり、損得勘定でものごとを見るタイプなのだ。
その心情は理解してもらいたい。
私はしかめっ面でもしていたのだろう。
フラウが、何かありましたか? と不思議そうな顔を浮かべている。
ここはひとまず退却である。
「あ、ルコさんお久しぶりです!」
馬車から下りてきたルコに、私は手を振りながら歩み寄った。
もうじき日が暮れることもあり、冒険者とドワーフが野営の準備をする。
ゲルのようなテントが建てられていく様子を、私とルコは眺めていた。
「なぜここに冒険者がいるのですか?」
「ここまでの護衛と野営の不寝番として、イーザさんが手配してくれました」
「はぁ、イーザさんですか……」
イーザは一時的にドワーフの国に軟禁していた。
私が無罪放免になってから解放されたと聞いていたのだが。
ティアムの現状を聞くためにも、会うべきだったかもしれない。
そうは思っていたのだが、面倒で実行しなかった。
とりあえず、すべてを忘れようと思う。
「最近忙しくて、ルコさんの手料理を食べられませんでしたからね。今日は存分に腕を振るってください」
「はい、お任せください」
「海でカニが取れますので、それを使った料理を所望します」
設営も終わり、夕食となった。
私はカニの身をついばむように食べている。今日は焼きガニだ。
カニは人を寡黙にさせる魔の食材である。
両脇にフラウとガインが座っているので、もくもくと食べているだけなのだが。
食べ終わった私は一息つく。
食後の余韻に浸りつつ、お茶を一口。
いつまでも無視を決め込むわけにはいかない。
ダンジョンで助けた件は放置として、それよりも聞きたいことがある。
私は隣りに座るフラウに顔を向けた。
「ティアムって、いまどうなってますか?」
もちろん、何も知らないフリである。
今回のことは、バレれば牢屋どころではない。国中引き回しにされて打ち首獄門もの。
逃げるか徹底抗戦するので、そんなことになるわけないのだが、極力火の粉は避けるべきだろう。
フラウが答えにくそうにしていると、逆隣りに座るガインが話し出した。
「ティアムは未だ厳戒態勢の状態だ。町に入ることも出ることもできない」
「へぇー、大変そうですね。何が起こったんですか? 最近ちょっと外出が多くて、詳しいことを知らないのですよ」
寡黙な男、ガインが静かに喋り出した。
魔族からの攻撃を受け、軍が戦地より撤退したこと。
そのすぐ後に、王城の障壁が破壊され、北のダンジョンも粉砕されたこと。
すべて魔族の仕業とみたティアムは厳戒態勢に移行。
魔族が国内に潜伏している可能性があると、ティアムは大騒動だそうだ。
「ん? 出入り禁止なんですよね? どうやってここに?」
「はい、それは大魔法使いリディア様のおかげです」
フラウが少し顔を赤らめて話す。
「あー、なるほど」
すっかりリディアの存在を忘れていた。
リディアとフラウは顔見知りの仲。
エスラの話で盛り上がったようで、仲間意識的なものがあるのだろう。
フラウは魔法使い。リディアにも憧れがあるのかもしれない。
実際は大魔法使いを名乗るのも、おこがましいへっぽこなのだが。
一通り聞いたところで、私の名前が出なかったことに安堵する。
私は部外者なので仕方のないことである。
すべてサイスとリディアが仕組んだことだ。
私には関係ない。
「クエスさんは最近何をしてたんですか?」
「えーっと……。ドラゴンの背に乗って遊んでました」
「ドラゴン!? なんですかそれ!? 話を聞かせてください!」
エスラの冒険譚を聞いて育ち、村を飛び出し冒険者を目指したフラウ。
この手の話が好物なのだろう。
ドドラも大きくなって、私を乗せて飛べるようになった。
魔法で飛ぶのと違い、大空をドラゴンで飛ぶのは爽快だった。
目をきらきらと輝かせるフラウに、不可侵の森に住むドラゴンの話を聞かせる。
話の食いつきはよく、夜遅くまで聞かれることとなった。
翌日も朝から大忙しである。
もっとも、私は指示を出すだけで、たまに魔法を使う程度なのだが。
次はここ、その次はあそこと、ドワーフと冒険者を顎で使う。
柱が立ち、壁が立ち、屋根が乗せられていく。
数日間の作業でも、町の形にはなっていた。
区画整備され、家が建てられていく様は壮観だ。
魔法で無理矢理に造る家とは違う。
ゲームのように一瞬では造れないものの、町造りの様子は私の心を躍らせた。
ここが町として生まれ変わる中、食材にも変化があった。
魚である。ついに念願の魚をゲットしたのだ。
馬車に網を積んできたようで、それを使って漁をした。
地引網ではない。そんなことをすれば海の魔物がかかってしまうだろう。
川で使う小さな投げ網である。
浅瀬で私が空から網を放つ。それでも手の平サイズの魚が大量に捕れる。
網に絡められ、ぴちぴちと身を跳ねさせる魚。
待ち焦がれていた、恋焦がれていた海の魚を使った料理。
焼かれた魚をほぐし、口に入れては舌鼓を打つ。
川の魚と違い、香り、肉質、油の乗りがまったく違う。
醤油が欲しいところではあるが、塩焼きや野菜のすりおろしに果物の汁をかけたものでも十分に美味い。
周りの顔を見れば一目瞭然。
ドワーフも、ティアムの冒険者も、その味に驚いているのが見て取れる。
魚の味に驚いたのだろうフラウが話しかけてくる。
「クエスさん! 海の魚って初めて食べましたけど、こんなに美味しいんですね!」
「そうなんですよ! これが海の魚の味なのですよ! これから船で漁ができるようになれば、安定して供給できるようになるはずです」
「船で海に出るんですか? えっと、海って魔物が出るんですよね……。 危なくないですか?」
フラウが不安気な顔を浮かべる。
海には魔物が出る。初日に見たような大きな魔物だ。
船の上からは対処が難しいだろう。
しかし、私にはとっておきの秘策がある。
「船にはスクリューをつけて動力での航行可能にしますし、船体にはドリワナツリーの素材を使います。それで安全に漁ができるはずです」
「スクリュー? ドリワナツリー?」
船は魔道具による操舵にする予定だ。
帆船だと風次第になってしまう。スクリュー式にすれば、スピードも出て魔物から逃げることもできるだろう。
それに船体の素材も工夫する。
ドリワナという臭い果実をつけるドリワナツリーという魔物がいる。
嗅いだことはないが腐った生ごみのような臭いらしく、その素材を船底に使えば魔物が寄って来なくなるのだ。
「ドリワナツリーって魔物なんですか? 初めて聞きました。さすがクエスさんは博識ですね」
「まぁ、それほどでもありますけど。ただ問題はドリワナツリーがどこに生息しているのか知らないことなんですけどね」
「えっ!? それならどうやって入手するんですか?」
「実は魔族に知り合いがいましてね。長らく世界中を旅していたやつなんで、聞けば知っているかなと」
「魔族ですか……」
魔族と聞いて、今度はおびえた表情をフラウは浮かべる。
人間にとって魔族は怖いものなのだろう。
実際、怖いのは人間のほうだったのだが。
「そんなに魔族は怖いものじゃないですよ。その知り合いの魔族はエスラの弟子の一人ですし。魔族の国はそれほど危険ではないです。魔族の国にエスラが滞在していたこともありますしし」
「エスラ様のお弟子様!? 魔族がですか!? それにエスラ様が魔族の国にいたなんて……」
「あと数日もすれば、私は魔族の国に行くつもりです」
身をもじもじとさせるフラウ。
お小水かな?
するなら見張りくらいしますよ、と言おうとしたところでフラウが口を開いた。
「私も連れて行ってもらえませんか!?」
「はぁ!?」
「俺も行ってみたいんだが」
「ガインまで!?」
「ここに来たのはイーザさんから受けた仕事だからですよね?」
「依頼を受けたのは、ここに来るまでの護衛と寝る家ができるまでの契約です! いまはイーザさんではなく、ドワーフの国に雇われている状態です!」
今回は一人で行く予定だった。
ドリワナツリーの生息地を聞く件と、あともう一つ魔族の国でやるべきことがある。
「すみませんが、お断りさせていただきます」
「私も色々上達したんですよ! 料理とか! 今日の焼き魚のタレだって、私が作ったものなんです!」
それを聞いて、私はむむっとうなる。
魔法使いの冒険者が料理スキルを上げてどうする? と思わなくもないが、料理の腕は気になるところ。
今回も危ない旅になりかねないのでルコは連れて行けない。
フラウとガインは冒険者。多少の危険ならばどうにかできるだろう。
魔族の国のクソ不味い飯を思えば、料理のできる者を連れて行くのはやぶさかでない。
「美味しい料理を作ってくれるなら……。あと、魔族の国でのことは他言無用で」
この二人なら信用できるかと、私は許可を出した。




