32話 クエス大作戦・決行②
夕暮れ時。
リディアとサイスは無事、ティアムの入口に到着した。
リディアは地位の高い魔法使いであり、その特権で町の出入りに関しては無条件である。
幌付き荷馬車の中身が何かまで、検められることはない。
そのことは理解していたものの、無事通り抜けられたことにリディアはほっと胸を撫で下ろした。
かと言って、これで終わりではない。
これからドワーフ領に向かい、リディアが説明して、さらに協力を仰がなければならない。
クエスがいればいいのだが、現在は別行動中。
そのことを思えば胃がしくしくと痛む。
リディアは熱心なエスラ信者である。
幼少期からエスラの冒険譚を聞き育った。エスラに憧れ、魔法使いになりたいと勉学に励んだ。
幸いにも、才能のあったリディアは幼くして頭角を現す。
魔法大学の首席卒業。それに伴う論文。功績が認められ、ダンジョンの障壁担当にまで。
大学卒業後、リディアは魔法使いとして最上位にいる魔法ギルドの長、ゴルドーの部下となる。
ゴルドーのもと、リディアは魔法や魔道具の研究に勤しんだ。
エスラと同じく、誇り高い魔法使いになるために。
それが身を結び、いまでは大魔法使いと呼ばれるまでになった。
魔法ギルドに所属しているリディアだが、魔法ギルドと軍部はつながりがあり、戦争の情報も耳に入る。
戦争の目的として、魔族を労働力として使う計画は知っていた。
人間の村を滅ぼした魔族。それならば、逆に滅ぼされても仕方がないと思っていた。
しかし、それは虚偽の情報だった。
「私はなんのために魔法を学び、魔道具開発に協力していたのか……」
リディアは嘆くように零し、馬車をドワーフ領へ進める。
勝手知ったるもの。
何日も通い詰めたドワーフ領の門扉前に、リディアは馬車を止めた。
門番のドワーフにクエスからの命令だと伝え、馬車を領内に進める。
辺りを窺うようにリディアは御者台から降りると、布がかけられ中身が見えないように細工した荷台に顔を近づける。
「サイス陛下。私はこれから説明に行ってきます。もう少々お待ちください」
そう言い残し、館の入口にリディアは足早に向かった。
リディアは館の応接室に通される。
ルコがお茶の入ったカップをリディアの前に置く。
「間もなくゴンベが来ますので、少々お待ちください」
ルコが退出し、間もなくしてゴンベが入室してくる。
その顔つきはドワーフ領代表者としてのものに相応しいが、松葉杖を突きながらぴょこぴょこ歩く姿は滑稽に見えた。
杖をかたわらに置き、ゴンベがリディアの対面に座った。
「それで? あのクッ……エスさんの伝言とは?」
険しい顔つきのゴンベが目の前のカップを持つと、途端に緩んだものに変わる。
手にカップを持つものの、両手で抱えるようにしたまま飲む気配はない。
不審に思いながらも、リディアは言葉を伝える。
「魔族の国を助ける。またドワーフの国には迷惑かけるから頑張って、と。」
腕組みをしたまま眉間に深いしわを寄せ、難しい顔をするゴンベ。
ゴンベが口を開いた。
「とりあえず持っている情報をすべてくれ。悪いようにはしない」
リディアは馬車に魔王サイスがいること。それからティアムが魔族の国にしていたことを話す。
リディアが話し終えると、無言で聞き入っていたゴンベがうなるように声を出す。
「うぬぅ……。それやりすぎじゃないか? 我が国が被害を受けかねないのだが……」
「魔族にはある程度復興したら何かしら返してもらうって言ってました。それから……」
「それから?」
「よくわかりませんが、接近禁止を解除する? とも言っていました」
「よしっ!」とゴンベは松葉杖を手に取り、勢いよく立ち上がる。
「魔王陛下のところに案内してくれ。我がドワーフ国が協力すると宣言しよう」
「いいのですか?」
「確かに魔族の国を支援すれば、我がドワーフ国は危険に晒されるかもしれない。しかし、義を見てせざるは勇なきなり。同じ大陸に、共に生きる者として見捨てておけん。それに……」
「それに?」
「何かあったらあのクソエルフがどうにかするだろ?」
顔を明るくしたリディアは立ち上がり、扉を開けた。
そしてゴンベと共に、サイスの待つ馬車に向かうのだった。
「本当にドワーフの国から協力が得られるとはな……」
「さすがエスラ様のお弟子様です」
ドワーフ領に匿われてから一日経過している。
夜の帳が降りた頃、リディアとサイスは動き始めた。
二人ともに、闇に紛れるように真っ黒なローブをはおり、ティアムの高級住宅街に潜伏していた。
見える位置にはティアムの魔法ギルドの長であるゴルドーの屋敷。
そして遠くに見えるのはティアムの王城である。
王城辺りの上空、光る球が夜空を流れる。
クエスの任務成功の合図だ。
「光が見えました!」
「うむ。成功したようだな」
リディアとサイスはお互いの顔を見合わせ、頷く。
サイスがリディアを抱え、塀を軽々と飛び越えた。
二人はゴルドーの屋敷内へと潜入した。
潜入した庭、塀から少し入ると、そこには障壁があった。
肉体強化魔法くらいしか扱えないサイスには見えていない。
「この手の先、拳一つぶんくらいから障壁が張られています」
「わかった。どいてろ」
サイスは体に魔力を巡らせる。
以前よりやせ衰えているとは言え、実力は申し分ない。
左手を突き出し距離を測る。右手を脇の下まで引き、拳に魔力をまとわせた。
「ロケットパンチ!」
リディアには拳が見えなかった。
気づいた時には障壁に亀裂が入り、瓦解し始めていた。
ちなみに、技の名づけ親はクエスである。
「うまくいったようだな」
残念ながら、リディアはクエスのように障壁の分析ができない。
ゴルドーの得意魔法が火であることから、純度100%の火属性でサイスは殴りつけた。
壊せるかどうか不安だったリディアは胸を撫で下ろす。
「結界が壊れたことは悟られただろう。さっさと行くぞ」
「え、ええ」
屋敷が慌ただしくなる前に、潜入した二人はゴルドーの部屋を目指す。
――コンコン
リディアはゴルドーの部屋の扉をノックした。
「だ、誰だ!?」
「私です。リディアです」
「な、なぜお前がここに!? まあいい、早く入れ! 賊だ! 屋敷に賊が侵入した!」
扉を開ければ、室内にはゴルドーのみ。
寝間着姿にローブをはおり、杖を持ったゴルドーが訝しむ視線をリディアに向ける。
部屋の扉を開けたまま、その場にリディアはたたずみ、ゴルドーに尋ねる。
「ギルド長。教えてください。10年ほど前、村人を、魔族を虐殺したのはあなたですか?」
「こんな時に何を言ってるんだ!?」
「教えてください!」
「お前、ふらっと研究所からいなくなって……。そうか! お前、魔族にたぶらかされおったな!?」
「答えてくれないのですか? これが……私たちが研究していた成果なのですか?」
リディアが袋から取り出したのは、腕輪、足輪、首輪の魔道具。
「研究所から勝手に持ち出しよったな!? 何をしているのかわかっているのか! ワシが目をかけてやったというのに……。お前も魔族と同じ目に――」
リディアの背後から、ぬっと姿を現したサイスに気づいたゴルドーが絶句した。
「お前はあの時――」
サイスが右手でゴルドーの首を掴み、左手で杖を叩き落した。
左拳を腹に叩きこまれ、ゴルドーはそのまま気を失った。
◇
ティアムから離れた道に、何台かの馬車が止まっている。
「本当にこのまま歩いて帰るんですか?」
「ああ、ちょっと時間はかかるかもしれんが、これくらいなんともない。それに、こいつとはこれから長い間苦楽を共にするんだしな」
サイスの持った鎖がジャラっと音を立てた。
その鎖の先は首輪につながっている。
こちらに視線を向けるのは、首輪がつけられ、恨めしそうな顔つきの男。
このまま見ていたら殴ってしまいそうである。
私はリディアへと顔をそむけた。
「リディアもお疲れ様でした。ドワーフの国に来てもいいんですよ?」
「いいえ、私はティアムの人間ですから」
「いま、スタンプカード持ってます?」
リディアは首から紐を外して、服の中からカードを取り出した。
それを受け取った私はサインを書き込んでいく。
36マスのうち、最後のマスを残して手を止めた。
「35個ですね。残り1個はまたいずれ。これからリディアはどうするんですか?」
「魔法ギルドの長を目指そうと思います。私が内部から変えてみせます」
「そうですか。それではギルド長になったら、残り1個のサインをしましょう。頑張ってください」
私たちは三方向に別れた。
サイスは東の魔族の国を目指す。リディアはティアムへと帰る。
そして私たちは西へ。ドワーフの国を目指して。
これからしばらく忙しい日々が続きそうである。
私のスローライフはどこにあるのか。
私はクエス号の中で布団に身をよじらせ、夢の世界へと旅立った。




