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29話 魔王城にて②

 戦争が始まる前、魔族は人間の村と交易をしていた。規模で言えば、とても交易とは呼べないほどのもの。

 魔族は食料や酒、民芸品を。人間は食料や加工した金属、魔石を。それぞれ物々交換をしていた。

 魔族の見た目は人間に近い。その時は恐れられることもなく、平和的に交流が行われていた。


 エスラのもとを発ったサイスは、魔族の国へと戻る。

 かの大魔法使いの修業を終えたサイス。その腕を買われ、交易の担当として任命された。


 サイスが人間の村に訪れるようになってから、しばらく経った時のこと。

 ティアムから打診があった。国として交易をしないか、と。


 少しずつながら数が増えつつあった魔族はそれに伴い、食料の生産量も増えた。しかし、食料を過剰に抱えたとしても暮らしはよくならない。

 暮らしを豊かにさせるいい機会だと、魔族側は快諾した。


 国同士の交易が始まる直前、ティアムから援助の話が出る。

 交易だけでなく、国としても交流がしたい。親善の意味を込めて、ティアムから加工した金属、魔石を無料で提供するという話だ。

 ティアムの特使はのたまった。

 提供できる物品は大量にある。運搬に人員が必要なため、多くの魔族を村に連れて来て欲しいと。


 もちろんサイスは二つ返事で了承した。

 自分が担当として着任してから、すべてがよい方向に向かっている。

 ティアムからの援助を受けて、魔族の国はこれからますます発展する。

 サイスは未来の展望に思いを馳せた。


 しかし、その考えは甘かった。

 甘言には裏がある。


 援助の物資を受け取るため、サイスが多くの魔族を従えて村に訪れると、そこにはいつもとは違う光景が広がっていた。

 家屋の中や大地が、血で赤く染まっていた。

 村人は斬り刻まれ、無残にも虐殺されている光景。

 それを見て驚いたサイスたち。

 サイスたちが気がつけば、いつの間にか多くの兵士たちに囲まれていた。


 そして、なぶり、いたぶり、まるで遊んでいるかのように、魔族たちは殺されることとなる。


「ん? ちょっとおかしくないですか? サイスがいて負けたんですか?」


 ここで私は違和感を覚え、質問する。

 数で囲まれれば、身体能力強化ができる魔族でも苦戦するだろう。

 しかし、その中にいるのはサイスである。

 対人戦闘で後れを取る姿は、とても想像できるものではない。


「ああ、やっかいな魔法使いがいてな……。手も足も出なかった」


 なるほど、と私は頷いた。


 サイスは強いが肉体強化系の魔法しか使えない。

 接近戦では、私ですら勝てないだろう。

 かと言って、それで私が負けることはない。

 魔法の真髄(しんずい)は遠距離攻撃にある。

 それでもサイスに勝てるなら、よほど力の強い魔法使いがいたのだろうが。


「あいつらは俺たちをバケモノだと呼んだんだ! 何を言う!? あいつらこそがバケモノだ!」


 サイスは悲壮感にまみれた顔で叫ぶ。

 怒りをぶつけるように、握った拳をテーブルに叩きつけた。


 魔法に。

 逃げ惑う者は弓に。

 腕をもがれ、足をもがれ、杭に磔にされた魔族は剣や槍に。

 サイスの目の前で惨殺されていく仲間たち。


「あいつらはいい訓練ができたと笑っていたよ」

「……そんな状況で、サイスはよく生き残りましたね」

「身ぐるみはがされ、何も持たされず荒野に放り出されたんだ。頑張って国に戻って伝えてみろってな」


 そこから無事、サイスは国へと戻れたのだろう。

 それを無事と言えるかどうかはわからないが。

 なんの準備もなく荒野に放り出される。

 戻るまでも苦難の道のりだったのは想像に難くない。


「……なぜエスラに相談しなかったんですか?」

「これは俺たちの問題だ。エスラ様は関係ない」

「……そうですか」


 もし、戦争を止めるとなった場合、その魔法使いが障害になる可能性が高い。

 それが誰か、聞くのにちょうどいい人間がいる。

 私がリディアを見ると、顔を青ざめさせ、肩を震わせていた。


「リディア。その魔法使いって誰だかわかります?」

「……おそらくギルド長です。魔法ギルドの……」

「あのたぬきじじいですか」


 ローブをはおった初老の男。

 それほどの魔法使いとは思えなかった。

 さすがティアムの魔法ギルド長ということか。私にも探知させないほどの技術で魔力の操作をしていたとみえる。


 私はサイスの険しい顔へと目を向けた。


「もし、戦争を止めてって言ったら、どう思いますか?」

「仲間が大勢殺された。もう止められんよ」


 その言葉を皮切りに、リディアが嗚咽を漏らし始めた。


 窓から外を見れば、いつの間にか暗くなっている。


「長旅で疲れました。今日泊まる部屋を用意してもらってもいいですか?」

「……すぐ用意する」




 簡単な夕食を終え、私はベッドに横になる。

 粗末な部屋だ。それでも魔族の国ではいい部屋なのだろう。

 リディアと同室なのだが、それもしかたがない。


「戦争の始まりがこんな話だとは思いませんでした。魔族はもっと獰猛(どうもう)で狡猾(こうかつ)で卑劣(ひれつ)な者たちかと思っていました」


 真っ暗な部屋の中、リディアがぽつりと言った。


 ティアムが流布していたのだろう。

 それを聞いて育っていれば、そう思うのもしかたない。


「魔族はもともと人間ですよ。エスラの言葉を信じるならですが。私はその通りだと思ってますけどね」

「えっ!?」


 その言葉にリディアが驚愕の声を上げた。


「ダンジョンの話くらい知ってるますよね? 魔素を多く体内に取り込んだ生き物がどうなるか。人間が魔素を取り込んだのもの。その末裔が魔族です」


 よほどショックを受けたのか、リディアは口をつぐんだ。


「自分たちと異なる見た目の者を排除、攻撃しようとするのは当然です。本能に近いものでしょう。かと言って許される行為とは思いませんけど」

「……」

「生き物が殺されるのは弱いからです。それは自然の摂理。でも今回のは違いますね」

「……師匠、今日は一緒に寝てもいいですか?」


 暗闇の中、私は小さな光の玉を浮かべた。

 体を少し動かして、一人が寝られるくらいの場所を空ける。

 立ち上がったリディアがベッドの中に潜り込んだ。


 光りが消え、真っ暗になった部屋の中、嗚咽が入り混じる。


 お花畑には酷な話だったようだ。

 私はリディアの頭をそっとなでた。

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