28話 魔王城にて①
また、ひたすら東へと荷馬車は進む。
魔族たちとは別れ、リディアとの二人旅である。
そもそも私が魔王の知り合いだと、確たる証拠もない。
随伴を申し出る者がいるかと考えていたのだが、それはなかった。
実力が違い過ぎる。止められすべがないことを理解していたのだろう。
それに魔族たちは疲弊していて、ついてくる力もないようだ。
すべてに対して、諦念の表情が見て取れた。
積んでいたいくばかりかの食料のを与え、そのまま私たちは馬車で出発した。
馬車が走るこの場所は、もう魔族の国土である。
魔法の多重発動は、思った以上に疲れるので解除中だ。
何かあれば、魔王の名前を出せばどうにかなるだろう。
そんな私は幌の上に座る。
魔族からもらった酒を飲みつつ、ほろ酔い気分である。
ましら酒と交換したのだ。
顔に当たる風が心地よい。
最高である。
前線には補給もほとんどなく、魔族は飢えに喘いでいるようだ。
しかし、わずかだが酒はあった。
その酒は勝利を味わう美酒ではない。
死の恐怖を和らげるための最後の嗜好品。
墓前の酒とでも呼べるもの。
ティアム側の言っていた通り、戦争はもうすぐ終わる。
いや、いつでも終わらせられたと言うべきか。
それほど魔族は風前の灯火だった。
「敵ながら悲壮たる感じでしたね……」
リディアの言葉に私は何も返さない。
酒瓶を直接呷って、喉に熱を流し込んだ。
レッドクライ平野を抜け、ついに魔族の町へとたどり着く。
ティアムの地図に、魔族の町は載っていなかった。
平野で遭遇した魔族から、ここの町の場所を聞けたのは幸運だったと言える。
遠目に見える町。
城壁はなく、質素な木造の家屋が立ち並ぶ。
それを見て、私は故郷の村を思い出していた。
「これからどこへ向かったらいいんですか?」
「とりあえずは、あの大きな建物ですね」
私の指差す方向には大きな建物がある。
しかし、大きいと言っても、周りにある建物よりは、だ。
ドワーフの国の宿屋に毛が生えたくらいのもの。
あれがこの国の王城だろう。ハリボテの王城である。
そこを目指して馬車は進む。
もちろん道は整備されておらず、進むたびに馬車が大きく揺れ動く。
道の両脇には、掘っ立て小屋のよな長屋が続く。
そこからは、こちらの様子を窺う魔族たちの顔があった。
どの顔もやせこけ、栄養失調のようなその体。
戦争の影響であろう。
リディアもそれに気がついているのだろうが、何もしゃべることなく馬車は進んだ。
大きな建物の前で、私たちは待つ。
クエス方式である。何かしていたら、向こうからやってくるだろう理論である。
私はしゃがみ、リディアを見つめていた。
「これっ! どうやってっ! 飛ぶんですかっ!」
「気合ですよ気合。根性を尻から出してください」
リディアは杖にまたがり、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。
飛行魔法の練習である。
リディアは風を噴射して飛ぶ方法しか知らない。
これは魔力運用効率が悪すぎるし、操作も不安定だ。
仕組みを理解できていなければ、自称大魔法使いでもこんなもの。
まるで魔法少女に憧れて真似をする、馬鹿な女にしか見えない。
「無理です師匠! ちゃんと教えてください!」
「いまは教官と呼びなさい」
人生は勉強の毎日である。
近道は許されない。
適当に根性論を展開して、リディアで時間を潰す。
「クエスッ!」
リディアをからかうことに夢中だった私は、迫り来る気配に気づけなかった。
懐かしい声を聞いた私は振り返る。
そこには2メートルを超す大男が立っていた。
短めの黒髪に、額には大きな二本角が生えている。
「お久しぶりですね。サイス」
「ああ、久しいな。どうしてここへ?」
久しぶりにあったサイス。
私の記憶の中では巨躯で筋骨隆々といった感じだったが、その体は酷くやせ衰えていた。
「ずいぶんと痩せましたね。積もる話もありますから、どこか部屋を用意してもらえませんか?」
「色々あってな……。部屋はすぐに用意させよう」
建物の一室に案内された。
私たちはテーブルを囲む。対面にはサイスが座る。
やせたとしても大きな体だ。部屋が狭いこともあってか、圧迫感が凄まじい。
「会うのは十数年振りか……。しかしクエスはいつまでも小さいな」
感慨深そうに、サイスが私を見つめてくる。
サイスがエルフの村を出たのは、私が5歳になる前。
最後に会った時から、10年以上は経っている。その間、私は背丈だって胸だって成長しているのだ。
いまや立派な淑女であると自負している。
「前よりもずいぶんと背も伸びてますよ。いつまでも子供扱いは止めてください」
「何を言うか。俺にとって、クエスはまだ子供にしか見えんよ。また肩車でもしてやろうか? 好きだったろう?」
当時を思い出しているのか、サイスはくつくつと笑う。
確かに私が子供の頃、肩車されることが好きで、よくサイスの肩に乗せてもらったものだ。
あの見下ろす感じがいいのだ。
それにサイスには、二本の角が額から生えている。
肩車をしてもらうと、ちょうどいい具合に握る角があるのだ。
それはまるで命令を聞く巨大ロボットを操縦しているようであり、楽しかった記憶が幼心に残っている。
「冗談はよしてください。そんな話しをするために来たわけじゃありません」
「そうか……。それで? なぜここに?」
「人間と戦争しているんですよね? その件で来ました」
笑っていたサイスの顔が、その言葉で厳しいものへと瞬時に切り替わる。
「なぜ戦争が始まったのか。いまどうなっているのか。話してください。内容によってはこの私が手を貸します」
「クエスが戦争に協力するってことか?」
「えっ!?」
驚いた声を上げたのはリディアだ。
ここに来た目的を、私はきちんと告げていない。この反応はしかたがないと言える。
一緒に来たのに知らなかったのか? とサイスが怪訝な表情を浮かべている。
サイスがリディアを見ているが問題ない。頭にはターバンが巻かれ、耳を隠している格好だ。
私の弟子のエルフであると伝えてある。
「そいつは無視していればいいです。それよりも。昔、人間の村と少なからず交易があったと言っていましたよね? それがどうしてこんなことに?」
早く言いなさいと、指先でテーブルをとんとん叩く。
私はしつこいのだ。
言い出すのを渋っていたサイスは、諦めたように口を開いた。
「俺がエスラ様のもとを出て、国に戻ってからのことだった――」
サイスは一つ一つ、当時を思い出すように語った。




